第38章―9
そうしたことから、ダンツィヒ(グダニスク)からワルシャワ解放を目指そうとする日本海兵隊、及びユダヤ人部隊の進撃を、ドイツ軍が阻止しようとすることは、極めて困難な事態が生じることになった。
そもそも論になってしまうが、ドイツ軍最上層部にしても、まさかバルト海沿岸部、それもポーランド西部地域に、日本海兵隊とユダヤ人部隊が上陸作戦を展開すると言う事態を、全く予期していなかった、と言っても過言では無かった。
確かにポーランド西部の内陸部に、良質の徒歩歩兵師団の集団とはいえ、主力部隊と言えるだけの部隊が居たのは事実だが、これは英仏日等の連合国軍の進撃に呼応して、ポーランド西部地域を中心とする武装抵抗組織、いわゆるパルチザン、ゲリラ部隊が大規模に蜂起した場合、それを武力鎮圧するために居たと言っても過言では無かった。
ひょっとして、ポーランド西部地域のバルト海沿岸部に、英仏日等の連合国軍が上陸作戦を展開することがありうるやも、と考えるドイツ軍最上層部の人間が、皆無だったことは無いが。
そうは言っても、上陸作戦を展開するとなると、それなり以上の事前準備等が必要不可欠の筈だ。
だから、耳を澄ませて、連合国軍が上陸作戦を展開する疑惑が濃くなった段階で対応すれば良い、とそう言った面々も考えていた。
だから、予め入念な準備をして、デンマークから更にポーランド西部へと上陸作戦を展開する等、そうした面々でも思いも寄らない事態で、戦略的奇襲に日本海兵隊とユダヤ人部隊は成功したと言えたのだ。
そして、日本海兵隊とユダヤ人部隊は、ワルシャワを目指して進撃を果たしていくことになった。
これに対して、ポーランド西部地域に展開していたドイツ軍の面々は懸命に対処したが、(それこそ既述の繰り返しになるが)航空優勢を失っていたドイツ軍の抵抗は、極めて困難だった。
それこそ予め日本海兵隊とユダヤ人部隊が、ダンツィヒ(グダニスク)近郊に上陸作戦を展開し、それに成功した上で、其処からワルシャワに掛けて進撃を行なうだろう、とドイツ軍上層部が予期しており、それに対応した防御陣地を築いていれば、事態は大いに変わっていただろうが。
ドイツ軍上層部は、日本海兵隊とユダヤ人部隊が、ダンツィヒ(グダニスク)近郊に上陸作戦を展開して、更にワルシャワへの進撃を行なう等、全く予期していなかった、と言っても過言では無かった。
そして、航空優勢が完全に失われた中で、敵軍への進撃に対処して、防御陣地を構築する余裕がどれだけあるのか、というと。
更に言えば、英仏日等の連合国軍所属の戦闘爆撃機の進化、数の増大は、急激極まりない状況で。
(質量共に連合国軍の戦闘(爆撃)機は強化、増大する一方なのに、ドイツ空軍の戦闘爆撃機は劣化、減少する一方と言っても、過言ではない状況に、徐々に追い込まれていたのだ)
そうした状況にあっては、ドイツ軍が防御陣地を構築して、日本海兵隊とユダヤ人部隊の進撃を阻止しようとするのは、困難になるのが当然と言えた。
更に付け加えるならば、旧ポーランド軍の軍人が身元等を隠蔽した上で中核となって、積極的に展開している反独のパルチザン、ゲリラ活動だが、ポーランド系の住民の積極的な協力もあって、装備する武器が劣っているにも関わらず、地形等を活かして、ドイツ軍に痛撃を与える事態が頻発してもいた。
そうしたことから、20日余りの時間は掛かったが。
1942年9月半ばには、日本海兵隊とユダヤ人部隊は、ポーランドの本来の首都であるワルシャワまで後数日という地点にまで進撃することが出来た。
だが、このことはポーランドの愛国主義者が暴発する事態も招いたのだ。
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