第31章―1 1942年春の様々な想い
事実上の第4部の始まりになります。
尚、第31章は5話で終える予定で、1942年春が舞台になり、1話毎に語り手が変わります。
最初は、カナリス提督視点の話になります。
アプヴェーア(ドイツ国防軍情報部)部長であるカナリス提督にしてみれば、1942年春現在の状況、ドイツにとっての戦況は既に絶望的と言って良かった。
確かに史実と比較すれば、ソ連とドイツは交戦状態に陥っておらず、精鋭なドイツ軍兵士の多くが、特に陸軍では健在な状況にある。
だが、そうは言っても、それ以外の点に目を向けるならば。
既にドイツは、第二次世界大戦勃発後に勝ち得たポーランド西部以外の占領地全てを失陥していると言っても過言では無かった。
そして、英仏日等の連合軍の一部は、既にライン河の渡河に成功している、と言っても過言ではなく、ドイツの西方の最大の防壁と言えたライン河は、既にその役目を果たせなくなりつつあった。
こうなっては、ドイツ軍が連合軍の地上攻勢を阻止するのは、極めて困難としか言いようが無かった。
更に言えば、兵器の供給も困難になる一方だった。
例えば、スウェーデンとの関係だが、ドイツ軍のノルウェー侵攻作戦失敗に伴い、スウェーデン政府は表面上は中立を堅持し続けているものの、様々な理由を付けては、ドイツに対する鉄鉱石の輸出をほぼ拒む事態が起きていた。
このことは当然に、ドイツ国内の製鉄に困難をもたらし、ドイツ海軍を事実上の解散に追い込んだ。
(ぶっちゃけて言えば、Uボート等の海軍の軍艦を建造する余裕があれば、戦車等の陸軍の兵器を建造に回すしかない、という状況にドイツは陥ってしまったのだ)
そして、他の中立諸国との関係も大同小異としか、言いようが無いのが現実だった。
例えば、スイスだが、政府が人道的観点から戦禍に遭ったフランス本土の戦災復興に協力するという大義名分を掲げて、スイスの過剰電力について、ドイツへの売却を完全に中止して、フランスへの供給を行なうように、先日になった。
このことは、ルール工業地帯の工業生産に致命傷を与えたと言っても良かった。
ルール工業地帯にある様々な工場をフル稼働させる為に必要な電力の約2割は、スイスからの供給に依存していたからだ。
たかが2割が失われたに過ぎない、という強気な見方をする者もいたが、そうは言っても安定した電力供給の2割が失われては、それに伴う様々な波及効果が生じていき、ルール工業地帯の一部の軍需工場に至っては、完成品の生産が半分以下になる事態に陥っている。
既にイタリアは、ユーゴスラヴィア王国内戦勃発からその後始末の経緯等から、ドイツに非好意的な中立国になっており、様々な資源をドイツに仲介輸出するのをほぼ拒絶していると言って良かった。
又、ハンガリーやルーマニア、ブルガリアにしても、ここまでドイツの戦況が悪化していることから、スイスと似たような感じで、ドイツへの様々な協力を拒みつつある。
これに対して、ドイツ政府が軍事的な恫喝等を行なうことによって、そういった諸国に対して、自らへの積極的な協力を行なうように促しても、ハッキリ言って効果が現れなくなっているのが現実だ。
何しろドイツは完全に連合国の攻勢によって敗勢に陥っており、戦況を挽回できる見込みが立っておらず、恐らく後一年も経たない内に敗北するだろう。
そういった泥船状態のドイツに積極的に加担するような国等、存在する訳が無い。
そんな想いが、カナリス提督の脳内では浮かんでならなかった。
それでは、クーデターを起こして、例えば、ヒトラー総統を暗殺して、連合国とドイツが講和するのはどうだろうか。
そうカナリス提督は考えてもみたが、ユダヤ人虐殺等は連合国政府の完全な怒りを買っており、ドイツ政府の無条件降伏しか、講和はアリエナイとの状況にまで陥っているのだ。
カナリス提督は頭を抱え込むしか無かった。
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