28・異世界人のメモ
辿り着いた先は、木製の倉庫のような場所だ。扉が開くと、そこにあったのは……
「うわあーーーーーー!! これが欲しかったんですっ!」
麻袋の中に入っていたのは、大量の玄米だ。
「レティーよ。これを使えば、お前なら、おいしい食事や菓子を作ることができるのだな?」
「はい! それは自信を持ってイエスとお答えできます」
あああああ、和菓子用に欲したものだけど、普通にお米としても食べたい! 和食! おにぎり! お寿司!
「ちなみに妖精の皆さんは、今までこれをどうやって食べていたんですか?」
「そのまま、生で齧っていたが」
お米を生で……! よくそれでお腹を壊さないな!? 人間だったらやってはいけないことだ。妖精さんは、人間とは消化器官が違うのだろう。
「おい! 流星の粒のこともいいが、さっき食べていたものを分けてくれるという約束、忘れていないだろうな」
「ああ、そうでしたね」
お米の倉庫を出て、野外に魔法鞄から取り出した茣蓙を敷き、抹茶とお饅頭を用意する。
とはいえ妖精さんは人間とは大きさが違うので、人間用の茶碗では飲みづらいだろう。各自、普段使っている陶器の器を持ってきてもらって、そこに少しずつ抹茶を注ぐことにした。お饅頭も、ナイフで食べやすく切って提供する。
「なんだ、この『お饅頭』というもの……! しっとりとした皮に、中に包まれているのは……甘い豆か!?」
「不思議な食感に味……こんなもの、初めて食べた!」
「お饅頭の後に『抹茶』を飲むと、甘い口の中が、少し苦みのある爽やかな風味で洗われて……おいしい!」
妖精さん達は皆、お饅頭と抹茶を、おいしいと言って大満足な様子だった。
「うむ。異世界の菓子と飲み物、充分に堪能させてもらった。約束通り、流星の粒を与えよう」
流星の粒と、その亜種と言われる星影の粒――ようするに、お米ともち米を貰えることになった。
「ありがとうございます!!」
さっきのラノベの続きも今度音読するという約束で、多めにお米ともち米を貰うことができた。
「それにしても、妖精さんは人間よりも小さいのに、よくお米を育てられますね。田植えとか大変じゃないですか?」
「小さいからといって侮られては困るな。我ら妖精族は、魔法の力により流星の粒を守ってきた。魔力により魔道具を稼働させることで、流星の粒を育て、実らせることができる」
(魔道具を稼働させる……? それってもしかして、魔力式の田植え機とかがあるってことかな?)
さすがは異世界、前世の世界とはスケールが違う。
でも多分、人間が同じことをできるかといったら、できないのだと思う。妖精族は人間と違い、みんな魔法が使えて、魔力も潤沢だっていうしなあ。
(妖精さん達は、私の前世の知識をすごいと言ってくれたけど。今この世界の人間として生きる身からしたら、妖精さんの魔法も、本当にすごい)
妖精族は普段他種族と関わりを持たないものだけれど、彼女達と交流を深めていけば、もっと妖精族の文化や技術を教えてもらえるかもしれない。代わりにこちらも前世の知識を教えてあげられるし、悪い話ではないだろう。
「そうだ、レティー。さっきの書物だけでなく、他にもう一つ、異世界の言語で記されたものがあるのだが。これも書物と同じ場所で、偶然拾ったのだ」
そう言って妖精の長さんが持ってきたのは、さっきのラノベのような一般流通されている本ではない、ただの数枚の紙きれだった。そこに、日本語で何かが書き殴ってある。
「これは……この世界に転移してしまった人のメモ書きでしょうか。前世の私の国の言語で、必死にこの世界のことを理解しようとしている内容です」
メモには、『この世界について』『この国について』など、このメモを書いた人間が、この世界で暮らすにつれ知っていったのであろうことが、箇条書きで書かれていた。だけどこの世界の住人であれば一般常識のものばかりで、目新しい情報はない。
「ふむ、そうか。ならそれは、レティー、お前にやろう」
「え、私に?」
「さっきのは、不特定多数の者が読むことを前提に作られた書物だろう? だが、これは個人の覚書なのだろう。誇り高き妖精族として、見知らぬ人間の私物を持っているのは気が引ける。同郷のお前が持っていた方がいいのではないか」
「同郷と言っても、知らない筆跡ですし、私にとっても知らない相手だと思いますが……」
「だが、お前と同じ国の人間のものなのだろう? 私が持っていても単なる紙きれにすぎないし、お前に渡しておこう」
私が貰ってもどうすることもできないとは思うが、長さんがそう言うなら、一応貰っておこう。
(私は、転移者じゃなくて転生者だけど。私と同じように、日本からこの世界に来た人がいるんだって思うと、なんだか感慨深いしね……)
乱雑に書かれたメモだけれど、突然この世界に来てしまった人が必死にここで生きていこうという、努力が感じられて胸が熱くなる。
(このメモを書いた人が、今もこの世界で生きているのか、元の世界に戻れたのかはわからないけど……私と似た境遇の人が、確かに存在したんだ)
メモとお米を魔法鞄に入れ、私達は妖精の領域を出ることになった。
「レティー。流星の粒を使った料理や菓子ができたら、私達にも食わせてくれ」
「あの娯楽小説の続きも、また読んでくれ!」
長さんや妖精さん達は、皆さん今日の出来事を思い出して、ラノベの面白さや抹茶とお饅頭のおいしさに興奮しているように、羽根をぱたぱたさせている。
「ふふ、はい、もちろん! また来ますね!」
こうして私とリーフさんは、私達が暮らす街へと戻って――
「さああ、精米しますよーっ!」




