27・妖精達からの条件
「頼みたいこと? なんでしょうか?」
「少し待て」
妖精の長さんが、何か魔法を使う。すると――
「わあ……!」
一瞬にして周囲の景色が変わり、空と周囲がまるで、オーロラに包まれているような、虹色に透ける幕であるように変化する。
「ここが、妖精の領域だ。普段は結界によって、妖精以外の種族には立ち入れないようになっている。元異世界人であるというお前と、お前の連れには、特別に今回、足を踏み入れることを許可してやった」
「ありがとうございます!」
(これって、ものすごく貴重な体験なのでは……!?)
ふわふわと飛んでゆく長さんのあとについてゆくと、長さんの住処だという、美しい花の咲く大樹へと辿り着いた。長さんは、その樹の洞から、とあるものを取り出す。
「お前に頼みたいことというのはな。以前、我ら妖精が森にて偶然拾った、異世界の書物を解読してほしいのだ」
「異世界の書物……?」
「うむ。この世界のものではない言語で書かれていて、我々には少しも読むことができなかった」
(どうしよう。異世界の言語っていっても、日本語じゃないと私にも読めないけど)
せめて英語ならまだなんとかなるかもしれないが、それ以外の言語だったらお手上げだ。
ドキドキしていると、長さんは一冊の本を取り出す。
「この本だ。お前に異世界の記憶があるというのなら、解読してみせよ」
(えっ?)
長さんに渡されたのは、文庫サイズの、色鮮やかな表紙が美しい本で――
「これ……ラノベですね」
「らのべ? なんだ、それは」
「ライトノベルといって、異世界の小説の一種です。専門書とか、知識を得るタイプの書物ではなく……作者の空想によって執筆された娯楽作品になります」
「ふむ、娯楽小説か。だが異世界の作品というのは興味深いな。それに、表紙も挿絵もとても美しい。言語がわからなくても、この絵を眺めているだけで心が躍ると思っていたんだ。だがやはり、内容が知りたい」
「そうですよね。これ、すごく面白いラノベですから」
「内容を知っているのか?」
「はい。私がもといた国では、有名なラノベなんです」
某新人賞を受賞した、アニメ映画化もされているド名作だ。内容としては、現代日本に生きる男女の青春ラブストーリーがメインだが、SFミステリ要素もある。短編連作で、1話1話しっかり謎の解決と感動要素がありながら、全編読むと更に驚きの仕掛けがあるのだ。
そんな話をしていると、長さんのもとに、あちこちから、他のたくさんの妖精さんが飛んでくる。
「長様! その人間と獣人は一体なんなのです」
「あの幻の書を、読むのですか?」
(わあ……たくさんの妖精さんがいる光景って、綺麗……)
自然豊かで、周囲には見たこともない花も咲いており、その中で美しい羽のある妖精さんがくるくる飛んでいるのは、すごくファンタジーな光景だ。
「人間なんかに、本当に幻の書が読めるのですか?」
「私達にも聞かせてください!」
「ああ、いいぞ。皆でこの異世界人が書を読むのを見守ろう」
妖精さん達は、本当に私にこの本が読めるのか半信半疑ながらも、ドキドキしている様子だ。そんな中、私は最初のページを読んでゆく。
「あの夏、僕らの運命は、一通のメールによって変わった――」
すると、妖精さん達がザワッと声を上げる。
「な……っこの幻の書を、本当に読んでいる……!?」
「おい、『めーる』とは一体なんなのだ!? 説明しろ!」
「いや、待て! この人間、どうせ我々にはわからないと思って、デタラメなことを口にしているだけかも!」
「えーと、落ち着いてください。皆さんにわからない単語があったら適宜説明しつつ、納得してもらえるまで読みますから」
(ラノベっていうのは予想外だけど、日本語の本で本当によかった。これなら私にも読めるし)
そういえばなんで私この国の言葉がわかるんだろう、と一瞬だけ思ったけれど、そもそも私は赤ちゃんの時からこの国で育って、貴族としての教育も受けたのだから当然だった。最近前世の記憶が戻ったとはいえ、やっぱり私もこの国の人間なんだなあ。
そうして私はそのまま、妖精さん達の求めるままに、名作ラノベを音読し――
◇ ◇ ◇
「うわあああああ! この二人の絆、なんて尊いんだあああああああ!」
「まさか、何度も時間がループしていたなんて驚きだったな」
「それに、あんな方法でループから抜け出すなんて……!」
短編連作の1話目を読み終えると、大勢の妖精さん達は拍手喝采、感動によって滂沱の涙を流しながら歓声を上げてくれた。
「短編1話でこの満足感、すごいですよね。でも、2話目、3話目と読み進めていくと、更に物語の仕掛けに驚くし、泣けるんですよ」
「な、なんと……! は、早く続きが知りたいぞ……!」
「まあ、さすがに1冊丸々音読するのは時間がかかりますし、今日はこのあたりにしておきましょう。それで……私が異世界人だということは、信じてもらえたでしょうか?」
「ああ。これほどの物語を、即興で創作したとは考えづらいしな。それに、お前が話した内容は、表紙や挿絵とも一致していたし、わからない言語についての解説も筋が通っていた。お前が異世界人だと、信じるに値する」
(よかった、これならお米を譲ってもらえる……!?)
心の中でガッツポーズをしていると、妖精の長さんはまだ興奮している様子ながらも、顎の下に手を当て真剣な顔で呟く。
「にしても、お前はこれを娯楽小説だと言っていたが。これは異世界の文化を知るうえで、重要な書物ではないのか」
長さんの言葉に、他の妖精さん達も、うんうんと頷く。
「『スマホ』や『パソコン』、『テレビ』……この世界にはない摩訶不思議な道具が、作中で当たり前のように使われていましたね」
「それに、食事文化も我々とはまったく違いましたね。『味噌汁』や『海苔』など……」
「『オムライス』もだ! 流星の粒を使って、そんなものができるのか?」
妖精さん達は作品のストーリーのみならず、作中に登場した何気ないものにまで、興味深く考察していた。
(確かに。私にとっては面白いラノベだけど、この世界の住人にとっては、異世界についての貴重な資料にもなりえるのかも?)
「それに、そういった小道具が、物語の非常にいいスパイスとなっている。特に『スマホ』で届く『メール』……。あれが最初と最後で、あんなふうに繋がっているとは……!」
「うむ。『メール』という、顔がわからないからこそできた仕掛けであるな!」
「なあ、予想なのだが! 『テレビ』の『ニュース』でやっていた事件が、この先の物語に大きく関わっていくのではないか……!?」
妖精さん達は、またワイワイと物語の感想・考察を始める。本当にすごい興奮っぷりだ。名作は世界を越えるんだなあ。
(いっそ、この世界でこの作品を舞台化とかしたら、流行るかも? うちのお店で、演者さんを雇って特別なショーとして行うとか……。甘い物を食べながら舞台を観られるなんて、贅沢だよねえ)
しかし異世界とはいえ、既にある作品を勝手に使用するのは著作権的にどうなのだろうか、とも思ってしまう。いやもちろん、異世界だから誰も咎める人なんていないだろうが、モラルの問題として。
(元の世界の作品でも、著作権が切れていたり、フリーだったりするものを使った方がいいかな……)
「さて、元異世界人……レティー。お前に、『流星の粒』を渡す約束だったな。来い」
「あ、はい」
妖精の長さんにそう言われ、ワクワクしながらついてゆくと――




