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26・妖精族の長様

 突然、目の前に妖精らしき存在が現れたことで、私とリーフさんも驚いて硬直してしまう。

 いやいや、神秘的な存在だから根気強く探す気でいたのに、そんな簡単に出てきちゃっていいんですか!?


「なあ、聞いているのか? それは一体なんなんだ」


 再び問われ、私ははっと姿勢を正す。


「こ、これは、緑色の飲み物の方が『抹茶』というもので、こちらのお菓子は『お饅頭』でございます」

「ふむ。飲み物と、菓子……? それにしては、初めて見るが……」


 妖精さんは、じっと、じーっと抹茶とお饅頭を見つめる。

 言葉にこそしないものの、その顔にははっきりと「食べたい」と書いてある。


「あのー……今更なのですが、あなたは、妖精さんですよね?」

「む? ああ、そうだ」

「私、妖精さんを探していたんです。お会いできて光栄です」

「ああ、我ら妖精族は、普段はあまり人間の前に姿を現したりしないからな。だが今日は、お前達が全然見たことのない、不思議なものを食していたから、どうしても気になってしまった」

「……食べたいですか?」

「食べていいのか!?」


 身を乗り出すようにして、妖精さんがずいっとこちらに顔を近付ける。その言葉を待ってました、と言わんばかりだ。


「いいですけど、でもその代わりに、お願いがあるんです」

「お願い?」

「確認したいのですが、妖精の領域には、『お米』や『もち米』というものがありますか? 穀物の一種で、麦に似ているけど少し違って……」

「ああ、妖精領域に存在する、我らの食物のことか? 我らは、空の星々のようなその見た目から『流星の粒』と呼んでいるが」

「そんなロマンチックな呼び方なんですね……!?」

「で、流星の粒がどうかしたか?」


 お米のことを流星の粒と呼ぶのはなんだかむずかゆい感じがするけれど、今はそれは置いておくとして。


「その流星の粒を、私達に分けていただけないでしょうか?」

「何? 無理に決まっているだろう。流星の粒は、妖精族だけが口にできる特別な食物だ。人間や獣人が口にするなど言語道断」

「そうですか。では私も、あなたにこの抹茶とお饅頭をあげるのはやめることにしますね」


 残っていたお饅頭を、リーフさんと一緒にパクパクと食べてゆく。


「この抹茶とお饅頭、本当においしいですね、レティー様」

「おいしいですよね~、リーフさん」


 おいしいおいしいとあえて大声で食べていくのは、少しわざとらしいかもしれない。

 だけど妖精さんは「あっ! あっ!」と慌てていて、効果てきめんのようだった。


「どうしたんですか? あなたは私達に流星の粒を分けてくれる気がないのですから、私があなたにお饅頭を分ける理由もないのですが?」

「むむむむむ」

「さ~て、抹茶もお饅頭も多めに持ってきていたんですが、まだおなかに余裕あるし、全部食べちゃおうかな~」


 これ見よがしにあ~んと大口を開け、お饅頭にかぶりつこうとすると――


「ちょ、ちょっと仲間達に聞いてみるから、一緒に来い!」


 ◇ ◇ ◇


 ふわふわと、蛍のように飛ぶ妖精さんについていって歩くこと、数十分。

 なんの変哲もない、ごく普通の森の景色の中で、妖精さんがピタッと止まった。


「ここで、しばらく待っていろ」


 すると、妖精さんの姿が消える。

 私とリーフさんは、言われた通り待つしかなかった。そうして、更に待つこと数十分――


「……っ!」


 濃厚な魔力を感じる。そして、存在だけで光輝くような、高貴な存在感の気配。

 瞬きの一瞬で、すっと私達の前に、さっきとは別の妖精さんが現れていた。

 その妖精さんは、雪のように白く、レースが何層にも重なった豪奢なドレスを纏っている。


「そなた達か。摩訶不思議な飲食物を持つ人間と獣人というのは」

「あなたは……?」

「私は、妖精族の(おさ)だ」


 長、なんていうと長老というイメージから髭の生えたご老人を連想してしまうが。今、目の前にいる妖精さんは、超然とした美しさの中に、大勢の上に立つ者としての気迫があり、長老というより女王のようだ。


「はじめまして、人間のレティーと申します」

「獣人のリーフと申します」


 頭を下げて挨拶すると、妖精の長さんは青い宝石のような瞳をじっとこちらに向けた。


「不思議な飲食物とやらを見せてみろ」


 促され、魔法鞄の中からお饅頭と、木の器に入れておいた、粉末の抹茶を取り出す。


「こちらが、『お饅頭』です。こちらは『抹茶』といって、この緑の粉末を、お湯に溶かして飲むのです」


 紹介していると、長さんの後ろから、ひょこっとさっきの妖精さんが顔を出した。


「長様! こんな食べ物、見たことないでしょう!? 中に、なんだか甘い匂いがする黒いものが入っているのですよ! 長様も食べてみたいと思いませんか!?」


 妖精さんは真剣に訴えていて、今にも涎を垂らしそうだ。

 対して長さんは、冷静な顔でじっと、お饅頭と私を交互に見る。


「お前……もしかして、異世界人か?」


「! ……どうして、そう思ったんですか?」


「私は妖精の長として長い間生きているが、このようなものは見たことがない。ただの人間の小娘が、これほど珍しいものを持っているのは、おかしいのではないかと思ってな。……それで、お前は異世界人なのか?」


「正確には、『前世が異世界人』でした。私は前世、異世界で命を落とし、この世界に転生したのです。生まれてからしばらくは、自分が元は異世界人だなんてちっとも思っていなかったのですが。最近になって、前世の記憶が戻ってきまして」


 私の言葉に、長さんと妖精さんもだけど、隣のリーフさんも驚いていた。


「レティー様、そうだったんですね……」

「そういえばリーフさんには、ちゃんと説明はしていなかったですね。すみません、言う機会がなくて」

「いえ、謝る必要なんて……。何と言いますか、納得しました。レティー様は本当に博識ですし、この国にはない発想ばかりで、驚かされていましたので」

「あはは。実は全部、前世の知識があったからこそなんです。別に、私がすごいってわけじゃないんですよ」

「すごいですよ」

「え?」


 リーフさんは真面目な顔で私を見つめる。

 まっすぐなその瞳は、雲一つない空みたいだ。


「知識があっても、行動しなければ何事も成し遂げられないでしょう。レティー様は抹茶を作り、品評会に出品し、優勝した。もとは異世界の知識であっても、全て、あなたが自分で動くことによって達成したことでしょう?」


「そ……そう、かもしれませんが」


「前世の記憶を取り戻して戸惑うこともあるだろうに、レティー様はいつも前に進んでいるじゃないですか。俺は、あなたを尊敬していますよ」


「あ……ありがとうございます」


(おおお、嬉しいけど、なんか照れくさいな……!)


 私がそわそわしている間、長さんはこちらのことを気にせず、じっと抹茶とお饅頭に見入っていた。こちらのことを気にされても困るので、助かる。


「異世界の製法による飲食物か。それは是非、食してみたいな……」

「抹茶とお饅頭でしたらお渡ししますので、妖精の領域にあるお米……いえ、『流星の粒』を、分けていただけませんか」

「……ふむ。そうだな。流星の粒は妖精だけの特別な食物だが……。異世界の食物と交換というのなら、考えてもいい」

「本当ですか!」

「ただし。お前に異世界の知識があるというのなら……頼みたいことがある」

次回から、更新が2日に1回になる予定です。

ですがまだまだ物語は続きますし、完結までは決して放り出しませんので、これからもレティー達をよろしくお願いします~!

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