20・リーフ視点2
「お前の代わりなんか、いくらでもいるんだ。辞めたいならとっとと辞めちまえ!」
「……わかりました。先月分の給金はいりませんので、本日をもって辞めさせていただきます」
そう答えながらも、譲れない部分はある。
「ただし、この店では状態の悪い材料を使っていて、健康に被害を催す可能性があるという話は、注意喚起としてひろめさせていただきますので」
店長の方針は事実なのだから、今後この店を訪れるお客様達のためにも、警告は必要だ。知らないまま腐った材料を使われた菓子を食べたら、取り返しのつかないことになる可能性がある。
「お前……っ! 今まで働かせてやっていたというのに、この恩知らずが!」
とうとう怒りが爆発した店長は、こちらに殴りかかってくる。
「!」
咄嗟にその拳を避けたものの、その反動で、髪の中に引っ込めていた獣耳が飛び出してしまって――
「な……っ!? お前、獣人だったのか!」
店長は思いきり顔をしかめ、醜悪な化け物を見る目で俺を見る。
「寄るな、気持ち悪い! 理性のない野蛮な種族め! お前、俺に何かするつもりじゃないだろうな!?」
店長が俺に、傍にあった調理器具や、さっきの腐った卵を手当たり次第投げつける。
するとこの厨房に、客席の方から給仕のメイリーさんがやってきた。
「あ、あのー、店長。さっきから厨房の方から聞こえてくる声がうるさいって、お客様から苦情が……」
「メイリーちゃん、それどころじゃないんだ! あの男、獣人だったんだよ! 化け物だ! 殺されるぞ!」
続けて、メイリーさんの後ろからお客様が顔を出す。
「ちょっと。せっかくおいしくケーキを食べていたのに、いくらなんでもうるさすぎるわ。客にこんな罵声を聞かせるなんて、店として失格よ」
「すみません、全てこいつが悪いんです! ほら、見てください、こいつ獣人なんですよ! 気持ち悪い! 皆さん、逃げてください!」
店長は大声を上げ、客席の方へ行く。
俺も様子を見に客席へと行くと――大騒ぎしている店長を迎えたのは、お客さん達のひどく冷たい視線だった。
「いや、獣人獣人って騒いでるけど、さっきまで自分の方が動物みたいに理性なく騒いでいたじゃない……」
「そうよね。厨房での会話、丸聞こえだったけど……理不尽に職人さんに殴りかかったのも、店長の方だったみたいだし」
「営業中に店長があんな大声であんな下衆なことを言うなんて、最低……」
「ていうか営業時間外でも、暴力は駄目だし……」
「そもそも私達、職人さんが止めなかったら、腐った材料のお菓子を出されていたってこと? ありえないわ」
お客様方は、俺ではなく店長に責める視線を送っている。
(今、俺、耳も尻尾も出てしまっているのに。皆さん、気にならないのか……?)
そう疑問に思ったのは店長とメイリーさんも同じだったようだ。特に店長は、自分は悪くないというように、お客様達に訴えかける。
「皆さん、こいつは獣人ですよ!? 恐ろしくないのですか!?」
するとお客様方は、あくまで冷静に答えた。
「このお店の職人さんが獣人であることは、知っていたわ」
「ええ。先日盗みの犯人を捕まえた、勇敢な獣人さんがここで働いていると知ってね。お菓子作りの腕も確かだと聞いたから、食べに来たのよ」
「私は、前にも一度来たことがあるけど……このお店はせっかくお菓子はおいしいのに、いつも店長の怒鳴り声がうるさくて、最悪な気分になるのよね。以前来てからずいぶん時間が経ったから、少しは改善されたかと思って来たのに……まさか悪化しているとは」
お客様方から口々に責められ、店長は顔を青ざめさせている。
「い、いえ、それはその……。ど、怒鳴ったのは、あくまで店長として、店員への教育の一環です。野蛮な獣人を躾けてやるのは、人間として当然でしょう!? ねえ!?」
さすがの店長も、お客様相手にはあまり強く出ることはできない。それでもなお、自分は悪くないとの主張はやめない。俺が獣人であることなんて、たった今知ったのに、だ。
「おい、リーフ。お前が次に働く店の人間は、お前が獣人であると知っているのか!? 次の店で獣人だとバレたら、どうせお前は働けなくなるだろう。だから、今まで働かせてやっていた寛大な俺にもっと感謝して――」
店長がまた俺に対して目を吊り上げ、高圧的な態度をとっていたところで、キイ、と店のドアが開いて――
「こんにちは、リーフさん。……あれ、お取込み中ですか?」
「レティー様!?」




