14・リーフさんの正体
「……うん! よし、成功だと思います!」
リーフさんの働くお店でお茶した、数日後。
私は、ゴールダム商会のキッチン(商会だけど、大切なお客様への応接の際、お茶やお菓子をお出しすることもあり、そのためにキッチンが付属しているそうだ)にて、あんこを試作していた。
隣で様子を窺っていたデリックさんが、興味深そうに小鍋の中を覗き込む。
「なるほど、これが『あんこ』なのですね。グリンピースによる『うぐいすあん』は食べさせてもらいましたが、黒いあんというのは不思議ですね」
「この国には『小豆』がないので、最初にうぐいすあんを作りましたが……。私が元いた世界では、黒いあんこの方が一般的だったんですよ」
とはいえもともと日本でも、白いんげん豆を使った白あんや、枝豆で作ったずんだあんがあったように。この国にある材料で、うぐいすあん以外のあんこを作れないかと思ったのだ。
デリックさんにも相談し、他国からの輸入も視野に入れた上で、いろいろ調べてみた結果――私は初級回復薬の一種の材料として使われることがある、レヴィヒールビーンズというものに目をつけた。
若干とはいえ回復効果があるため、値段は普通の豆より少しお高めだが、その分、食べると少し元気が出る。せっかくたくさんの人にお菓子を味わってもらうなら栄養面にも気をつけたいし、おいしいうえに健康になれるなら一石二鳥だ。
(この調子で、もっと和菓子の材料になるものを開発していきたいな!)
とりあえず今欲しいものは、もち米である。もち米があれば餅菓子が作れるし、他の和菓子の材料も作れる。
例えば白玉粉は、もち米を、水挽きといって、もち米を水に漬けたあと石臼で挽き、その際に沈殿したものを乾燥させて作った粉だ。
また、和菓子の材料として、寒梅粉というものもある。お餅を白く焼いたものを粉末にしたものなのだが、材料を固める性質があり、寒梅粉があれば落雁などが作れる。
(ゆくゆくはお団子とか、大福とか、いろんな和菓子を作るんだ……!)
「さっそく味見してみましょう、デリックさん」
前もってパン屋さんで買っておいた食パンを取り出す。この国では食パンは主にサンドイッチ用に使われるもので、普段の食事は富裕層なら小麦のパン、平民はライ麦パンを食べることが多い。
ともかく、切り込みを入れた食パンをフライパンで焼き、更に焼いている途中の食パンにバターを染み込ませる。そしてあんこを乗せれば――あんバタートーストの完成だ!
(和菓子としてだけじゃなく、パンやバターとも相性バッチリなんだから、あんこってすごいよなあ~)
おやつとして、デリックさんと一緒にあんバタートーストをいただく。
「お……おいしい! これ、すごくおいしいですよ、レティーさん! 果実のジャムを塗るのとは、また全然違った味わいですね」
「パン生地であんこを包んで焼く、あんパンってものもあるんですよ。それも今度作ってみたいなあ」
おいしくて幸せな昼食タイムを過ごし――食事の後は、デリックさんはまた仕事に出かけることになった。
「レティーさんは、この後どうするのですか?」
「建設中のお店の様子を見に行って、建設作業をしてくださっている方々に、せっかくだからこのあんことパンの差し入れしてきます」
「いいですね、きっとすごく喜ばれると思いますよ」
ゴールダム商会を出てデリックさんと別れ、予定通り建設中のお店で、皆さんに差し入れをして――
その後、お店が開店した時に使う食器類の下見など、なんだかんだといろいろ見て回っていたら、すっかり日も暮れてきた。
せっかくだから夕食もどこかで食べて行こうかと、まだ見ぬお店を求めて人気のない通りを歩いていた時のこと――
「誰か! 誰か――!」
「!?」
女性の悲鳴が聞こえ、振り向くと一人の男性がものすごい勢いで走ってゆく。
「ひったくりよ! その鞄には、祖母の形見の、大事な手鏡が入っているのに……!」
(っ、大変……!)
走り去ろうとする男性を追いかけるものの、既にかなり距離があって追いつけそうにない。
だけど、何の罪もない女性から大切なものを奪う卑劣な輩を、このまま逃がすのは癪だった。せめて、と思い、すうっと息を吸い込んで大声で叫ぶ。
「誰かー! その人を、捕まえてください! ひったくりなんです!」
私の大声で、大きな通りの方からも、ザワザワと人が寄ってくる。
しかし皆、好奇心から事件を見ようとする野次馬ばかりで、誰も助けてくれようとする人は現れなかった。諦めるしかないのだろうか、と胸が締め付けられた、その時――
背後から、目にも止まらぬ速さで、誰かが飛び出してきた。
「え……」
足が速い、なんてレベルではない。常人離れした――というか、人間の領域を超えた俊足。
次の瞬間には、その俊足の男性が、ひったくり犯に飛びかかり、覆いかぶさっていた。
「レティー様から盗んだものを返せ……!」
(えっ?)
ひったくり犯を捕まえてくれた人と、その姿、その言葉の全てに驚き、疑問符が浮かぶ。
「リーフさん……?」
だけど彼の姿は、この前見た時と違い――
頭には、犬のような耳、いわゆるケモミミが。そしてズボンの隙間からは、ふさふさの尻尾が生えている。
(リーフさん、獣人だったの……?)




