13・菓子職人のリーフさん
ケーキと紅茶を味わった後、私はお店を後にした。
しかし少し歩いたところで、お店にハンカチを忘れてしまったことに気付く。
取りに戻って、少しだけドアを開けたところで、お店の中から話し声が聞こえてきた。
(この声は……店主と給仕さんだ)
「まったく、あのレティーとかいう女、変人だったな。リーフなんかを褒めて、大切にしろとか抜かすなんて。リーフみたいなゴミを雇ってやっているだけで、感謝してほしいのはこちらだというのに!」
「あはは、そうですよね、店長~。大体、1人で入店してくるなんて、恥ずかしくないんですかね~? 普通、恋人とかと来るでしょ」
「ふん。あんな変人だから、どうせ一緒に来るような男もいないのだろう。女のくせに品評会で優勝するなんて、可愛げの欠片もないしな」
(うっわぁ……)
何も反省していないどころか、いくら私が帰った後とはいえ、いつお客さんが来るともわからない店内で堂々と客の悪口を言う店主と給仕さんにどん引きしてしまった。
このまま店に入っていってまた青ざめさせてやるのもいいけれど……さっきのようにやんわり注意しても自分を省みる気がないのだから、この人達に何を言っても無駄だろう。こんな人達とこれ以上関わって時間を浪費したくないので、もうハンカチのことは諦めて帰ることにした。
しかし帰り道を歩きながら、モヤモヤした気持ちになる。
(1人で入店して恥ずかしいって何……。1人で外食しちゃいけないなんて法律ないでしょうよ。恋人と一緒じゃなきゃ気軽にお茶もできないなんておかしいって)
1人でおいしいものを食べて、何が悪いというのか。
それに、女のくせに品評会で優勝して可愛げがないというのも意味不明だ。女だろうが男だろうが、国王様に認められるものを作った人間が優勝する、それだけだろう。
(私が開くお店は、おひとりでも団体でも、女性でも男性でも、どんなお客様でも気兼ねなく楽しめるお店にするぞ……!)
ぐっと拳を握りしめて決意を固めていると――
「あの、レティー様」
「え?」
名前を呼ばれて振り返ると、さっきのお店の菓子職人、リーフさんが立っていた。
「これ、店にお忘れになったでしょう」
「あ、ハンカチ……! 持ってきてくださったんですね、ありがとうございます」
「いえ。さっきドアが少し開いたのに気付いて、どうしたのかと思ったら、レティー様が座っていた椅子にハンカチが落ちていたので。それで、その……」
「はい?」
「申し訳ございません。うちの店主と給仕が、失礼なことを……。聞こえていたんでしょう?」
「ああ……」
扉がかすかに開いたことに気付いていたなら、私が立ち去った理由もわかっているだろう。彼は、本当に申し訳なさそうに頭を下げてくれる。
「気にしていないと言ったら嘘になりますけど、リーフさんが謝ることではないですよ。……にしてもリーフさん、あのお店で働いていて、大変ではないのですか?」
もちろん、転職するというのも勇気がいることだとわかっている。だからといって、あのお店は店主のパワハラが酷すぎると思う。給仕さんは店主にいい顔をするばかりで、ちっとも彼を諫めようともしないし。
「大変……ではありますが。俺みたいな奴を雇ってくれる店は、他にありませんから」
「どうしてですか? リーフさんのお菓子は本当においしいのですから、他のお店でも重宝されるのでは?」
「それは……無理です」
「無理? ……なぜですか?」
「…………」
リーフさんは、黙って俯いてしまう。
「すみません。言いたくなければ、無理に話さなくて大丈夫ですよ。少し踏み込み過ぎてしまいましたね」
「いえ! レティー様はすごくお優しいです。今日初めて会ったばかりの俺に、親切にしていただいて……。俺、人からこんなに温かく接してもらったことなんてないので、本当に嬉しくて……」
彼の表情からは、大袈裟なことを言っているのではないと伝わってくる、切実な喜びが浮かんでいた。
「……リーフさんの周りの方々は、さっきの店主さんのような方ばかりなのですか?」
「そうですね。でも俺がそういう扱いを受けるのは……仕方がないこと、なのだと思います」
「……酷い扱いを受けて、仕方がない人なんていませんよ」
「それは……そうかもしれませんね。でも俺、やっぱりあの店で働かないといけないんです。妹のためにも……」
「妹さんがいるんですか?」
「はい。妹は優しいいい子なんですが、生まれつき身体が弱くて。でもたった一人の兄妹だし、俺にとってすごく大事な存在なんです。俺が職を失って、妹を飢えさせるようなことはしたくないから……。妹のためなら、頑張れます」
「リーフさん、妹思いなんですね」
私にも兄はいたけれど、貴族として男は跡継ぎで女は役立たずだと見下されてばかりだったので、正直、リーフさんのような優しいお兄さんは素敵だと思う。
「ありがとうございます。もともと妹においしいものを食べてほしくて、菓子作りをするようになったんです。だから菓子職人という仕事自体は気に入っていますし、自分に合っていると思うんですが……」
リーフさんは目を伏せ、憂いを帯びた表情を浮かべる。
「ただ……俺だけが我慢すればいいならともかく、せっかくいらしてくれたお客様を不快な気持ちにさせてしまうのは、嫌ですね。菓子を作ってるんだから……食べた人には、幸せになってほしい」
その憂いの中には、悔しさも滲み出ていた。
前世で料理関係の仕事をしていたわけではなく、まだお店を開店させていない私ですら、抹茶や和菓子を作って、できればいろんな人においしく味わってほしい、幸せな気持ちになってほしいと思うのだ。職人として働いている彼なら、店主のせいでお客さんに嫌な思いをさせてしまうのは、いっそう辛いだろう。
(……だったら、いっそ……)
「あの、リーフさん。もしよかったら――」
とある話を切り出そうとしたところで、彼の背後から店主が追ってくる。
「おい! いつまでサボっているつもりだ!? 今客がいないからって気を抜くな!」
「あ……すみません。あの、レティー様、本当にありがとうございました!」
リーフさんはお店の方へ戻って行ってしまう。
(それにしても……リーフさんがあれほど自分を卑下する理由はなんなんだろう?)
気になったものの、知られたくなさそうにしていたのだから、詮索するのはよくない。
そう考え、私は現在暮らしている家へ戻ることにした。
リーフが働くお店の店主と給仕には、もう少し先でざまぁ展開する予定です。楽しみだと思っていただけたら、広告の下の★★★★★で評価していただけると頑張れます~!




