12・理不尽に怒鳴るタイプのリーダーは嫌だよね、という話
フォークで口にチーズタルトを運ぶと、チーズの風味が口の中にひろがる。濃厚なのにまろやかで、ほんのり塩気のあるサクサクのタルト生地との相性もいい。ベリーのソースと一緒に食べると、甘味と酸味のバランスが抜群だった。
(これは……何度も通いたくなるお味だ……!)
なのにこんなにお客さんがいないなんて、知る人ぞ知る穴場ということだろうか。こんなにおいしいお店が繁盛していないのは、もったいない気がしてしまうけど。
(まあ、空いているならゆっくりできるし。せっかくだから堪能させてもらおう)
いい気分で温かな紅茶に口をつけていた、そのとき――
「ったく、本当に駄目な奴だな、お前は!」
――厨房から、怒鳴り声が聞こえてきた。
(な、何?)
「俺に挨拶をするときは、もっと深く頭を下げろっての。菓子職人だからって、菓子だけ作ってりゃいいと思ってんのか? お前みたいな使えない奴を雇ってやってんだから、もっと俺に感謝しろってんだ」
どうやら厨房で、このお店の店主が、菓子職人さんを怒鳴りつけているようだ。
「いいか、俺はお前に、礼儀ってもんを教えてやってんだ。お前があまりにも駄目な奴だからな。これはお前のためなんだぞ。まったく、目上の者に敬意を示せないなんて恥ずかしい。そんなんじゃこの先やっていけないぞ」
(……営業中に、客にも聞こえるほどの大声で店員さんを怒鳴りつけるのも、恥ずかしいことだと思うけど)
私はこのお店の菓子職人さんがどんな人か知らないし、もしも職人さんが何か重大なミスをしたとかなら、注意されるのもわかるが……。聞こえてくる会話だけでは、店主が理不尽に職人さんにストレスをぶつけているように思える。
(お前のため、なんて言葉を使う人は、たいてい自分を正当化して相手を支配したいだけだしなあ)
これは注意や指導の域を超えて、パワハラだと思う。このお店では、こんなことが日常的に行われているのだろうか?
ちらりと、近くにいた女性の給仕さんを見てみるけれど、明らかに厨房からの怒鳴り声は聞こえているだろうに、涼しい顔をしている。こんな状況に慣れているようだ。
だとしたら、おいしいのにお客さんがいないのも納得だ。こんなふうに怒鳴り声が聞こえてくるお店で、ゆっくりお茶をすることなどできやしない。せっかくのいい気分も台無しだ。
(というか、職人さんが気の毒だよ……。うーん)
少し考えた末、私は近くにいた給仕さんに声をかけた。
「あの、すみません。このケーキを作った職人さんを呼んでいただけますか?」
「え? はあ……」
給仕さんは不思議そうな顔をしながらも、厨房へと職人さんを呼びに行く。
「店長。なんだかお客さんが、菓子職人を呼べって言ってるんですけど」
「何ぃ!? お前、何かミスしたんじゃないだろうな。きっと、客はお前の作る菓子が口に合わなくてお怒りなんだ。とっとと頭を下げて来い!」
「……かしこまりました」
「店長、私も一緒にお客さんに謝った方がいいでしょうか?」
「何言ってんの、メイリーちゃんはそんなことしなくていいんだよ。頭を下げるのは、使えない奴の仕事だ」
(なるほど。ここの店主さん、美人には甘いんだな……)
菓子職人さんに対するときと、給仕担当の店員さんに話しかけるときで、声が違いすぎる。今まで厳しくガミガミ怒鳴っていたのに、「メイリーちゃん」こと給仕担当さんに対しては、背筋がぞっとするほど甘い声だった。
ともかく、菓子職人さんが厨房からやってくる。後ろで、店主さんと給仕担当さんは、職人さんが怒られるのを拝んでやろうとするように、ニヤニヤと笑っていた。
菓子職人さんは、20代前半くらいの若い男性だった。職人帽を外し、不思議そうに私を見る。
「ええと、すみません。菓子に何かご不満が……?」
「いえ、違うんです。とてもおいしかったから、お礼が言いたいと思いまして。こんなにおいしいケーキが食べられて嬉しいです、ありがとうございます」
まさかこんな「シェフを呼べ!」みたいな真似をするなんて、前世の私では考えられないことだけれど。この国においては、貴族がお店で食事をした際、美味だったら料理人を呼んで褒めるというのはそれなりに有り得ることだ。
まあ、私は家と縁を切ったのでもう貴族ではないけれど……こうすることで、ほんの少しでも、この職人さんが店主から怒鳴られるのを回避できたらいいなと思った。
職人さんも、後ろの店主さんも給仕さんも「えっ」と目を丸くしていた。
「そ、そんな。お褒めいただき……こちらこそ、ありがとうございます」
「ふふ。だって本当においしいんですもの。偶然入ったお店で、こんなお味に出会えるとは思いませんでした」
「嬉しいです。ええと、俺はリーフと言うのですが、その……。俺、上流階級の方々のことは、あまり存じ上げなくて。あなた様は、どこかのご令嬢でしょうか?」
私の名は、品評会で一躍有名になったものの、この国にはカメラはない。つまり写真もないので、名前は知っていても顔は知らない人がほとんどだ。
王族レベルの方々なら、肖像画などで国民誰もが顔を知っているけれど、平民が貴族について知る機会というのは確かにあまりない。
服の品質や身に着けているものの豪華さで平民か貴族かの区別はついたとしても、情報収集や社交にいそしんでいなければ、貴族同士であっても、顔を見ただけでは誰がどこの家の者かというのは判断するのが難しいものだ。
「申し遅れました。私、レティーと申します」
「レティー……? そのお名前、まさか……品評会で国王陛下に認められて、優勝した御方ですか!?」
職人さんがそう言って驚き、後ろで店主と給仕さんも「えっ!」と目を剥いていた。
「えっと、はい。それで合っています」
「そ、そんな御方に、光栄なお言葉をいただけるなんて……ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方です。素敵なお菓子で、幸せな時間をくれてありがとう」
そう言って職人さんに微笑みかけ、続けて後ろの店主と給仕さんに声をかけた。
「――このお店は、このような素晴らしい職人さんに恵まれて、幸運ですね。お店のためにも、彼のことを大切になさるのがいいと思いますわ」
「は、はい、もちろん! レティー様がそうおっしゃるなら!」
ふらりと店に入って来た小娘が品評会の優勝者だったことと、そんな女に、ついさっきまで怒鳴っていた職人を絶賛されて、店主は顔を引きつらせていた。
品評会での優勝はデリックさんの協力あってこそのものだったし、権力を盾にするような真似は好きではない。けどこれで少しでも、この職人さんに対する待遇が改善されればいいな、と思う。
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