第3章-4 無いと思う仕事でも、探せば片鱗は見つかる
で、もう言うまでもないが、その日の放課後。俺たちは若者の中心地たる原宿、ではなく、ファッションの中心と呼ばれる渋谷、でもなく巣鴨だった。
どちらかと言うと古風なイメージがある巣鴨にはどう考えても女子が、というよりも若者がこぞって寄りそうな店舗が少ない。
でも、そこに誤解がある。
占いと言うのは若者だけの者じゃない。
若者は気分が落ち込んだ時や何となくのノリで占いをする人が多い。
一方の大人は本当に困った時、人生の分岐点に占いを頼る人が多いという。就職、転職、結婚、子供の名前等々自身の生活や人生観に直接関係していくことを占いで決めるらしい。
そう考えると俺も大人たちの仲間入りかもしれない未来のことに今ものすごく悩んでるし。
それを解決してくれる人が、今目の前にいる男性だ。
俺の中の占い師と言うイメージは黒いベールの女性か奇抜な髪色をした化粧の濃い人をイメージしていた。
けど、蓋を開けてみれば性別は違うは、見た目も派手派手しくない黒のスーツを着ていたりと、俺の想像とは正反対だった。
「ようこそいらっしゃいました。私がここで占い師をさせてもらっています一ノ瀬富忠です」
そして今までと違い今回は上から指揮を取ったり投資している訳では無く、一ノ瀬さん張本人が店主をしていた。
「お久しぶりです富忠さん。此度は突然のお願いであるにも関わらず時間を作ってくださりありがとうございます」
いつも通り亀城さんが頭を下げる。本当に苦労人だな、この人は。
「お久しぶりです亀城さん。玲音さんもお元気そうで何よりです」
「私はいつでも元気だよ!」
それが原因で困ってる人がいるんですけどね。亀城さんはその代表的な一人だ。
「それで、今日は体験入社と聞いていたんですが、玲音さんもこちらの道を行かれるのですか?」
「私と言うよりもこの子が習いたくて来たんだ。十和子って言うんだ」
「我は秩序の影、タクスキア。その名は世に忍ぶための名に過ぎぬ」
俺ら以外でもその設定使うのか⁉
「もう通り名も考えているんだね。私も『巣鴨の道先案内人』と呼ばれているんだ」
「通り名では」
「凄いですね! 二つ名が広がっている何て大物の証じゃないですか‼」
山田さんの素性が暴走する前に宇梶さんが割って入る。
「単純に道を聞いてくる人もいますけどね。巣鴨ではいまだにスマホよりも地図よりも地元の人だからね。私がそう呼ばれているのは単純にお人好しだからなのかもしれませんね」
富忠さんが苦笑する。
占い師は人の将来を見る職業だから威圧的な存在かと思ったがそうでもないみたいだ。もしくはこれが演技なのか。
「さて、今日は夜の方に予約が入っているから――と言いたいところだけど、こちらもお金を払ってもらっている身ですし、それに基本占いは一人でやるものですから、コンビニのバイトや印刷業の従業員みたいな物は必要ありません。ですから、今回は占い師のノウハウを教えることにしましょう」
富忠さんが今から何を行うかをみんなに伝える。
けど、それは業務ではなかった。
まぁ考えれば当たり前なんだけど占いは基本一対一、多くなったとしても客の方が多くなるだけで基本占い師が増えることはない。一人で行うものを無駄に増やしても意味がないし、俺たちが出来る仕事何てない。雑用も力仕事も占いには無縁だ。
予約すらしてもらっているのに周りに無関係の従業員が見ているのはどう考えてもおかしい。おまけにこちらにはよく分からないことをする人とよく分からないことを言う人がいるから絶対に迷惑になること間違いなしだ。郷に入っては郷に従えと言うことか。
「あの。もしかして僕たちの部活動って一ノ瀬グループの皆さんに知れ渡ってるんですか?」
今さりげなく俺たちの体験入社のこと語ってたよね?
「面白い活動をしてるんだなって皆感心してるよ。私たちの時代にはスマホ何て物が無かったからリセマラと言う考え自体なかったからね。直感で行くタイプで、何かあっても途中で降りはしない人間ばかりだったからね。君たちの未来が明るいことを祈りながら、私も手伝うよ」
富忠さんが対面する人の不安を取り除いてくれる笑みで伝える。こんな人だからこそ誰でも心を許せるのだろう。
この真逆の存在を答えられるかと言われたら俺はすぐに答えられる。俺の親父だ。
人を相手にせず、言葉を発せない農作物だけを相手にしていたから、人の考え何て分からなくなったんだろうな。
「それじゃ最初に。占いにおいて一番必要な物は何だと思いますか?」
富忠さんが体験入社と言う名の占い講座を始める。そこで早速のお題が出る。
「深淵に近いか」
「普通に考えたら知識じゃないの?」
予想通りの答えをしてきた山田さんに代わってこういうのに興味が元からあった宇梶さんが答える。
「うーん惜しいけど、両方不正解だね」
「惜しいは付けない方がいいのでは……」
間違ってないと錯覚されたらめんどくさいですよ?
「でも、占いの仕方は知っておいた方がいいんじゃないんですか? タロットの種類とか、手相とかはかなり覚えることが多いんですよね」
最もらしいことを宇梶さんが尋ねる。前回の印刷業に関しては内容を深く理解していなかったが、占いはテレビでも見る機会が多いし、田舎とは違って都会では占いは一種の娯楽施設のような役割を果たしているみたいだ。
だから占いでどんなことをするのかは理解していて、それ故に難しさも熟知している。
「確かに。これを使うのであれば、そうでしょうね」
富忠さんは惜しいと言っていたからか、宇梶さんの反論を否定はせずに、代わりにある物を取り出す。
六芒星だろうか? いや、それ以上に複雑な模様が描かれた薄い札を何枚か見せる。見た目からしてこれはタロットカードに違いない。
「色んな種類がありますからね。皇帝、塔、吊された男。扱う起源が違うと存在しないカードすらあります」
一枚のカードを手に取ってタロットの難しさを富忠さんが語る。役職が出たかと思えば建物が出て、最後に至っては何でそれらと一緒に並んでいるのか疑問に思うほどのカードだ。
「けど、一番重要なのはそこじゃありません。それじゃ試しに君のことを占ってあげます」
「えっ⁉ あたし⁉」
指名された宇梶さんが慄く。
「習うより慣れよ、と言う言葉があります。今回はちょっと違いますが、実際どんな感じにやるかをお客様目線で体験してもらいましょう」
では、と一拍おいてカードを裏返しで広げる。
「そちらに座って一枚選んでください」
カードを広げている手とは反対の手で宇梶さんに席に座るよう促す。
宇梶さんが富忠さんの座る椅子とは反対側に座る。中央には赤いテーブルクロスが引いてあるテーブルが置かれていて、インテリア調のランプが仄かに照らされている。ここに骨の飾りとかカラスが飛んでいたら山田さん、いや、タクスキアのお店に一瞬で早変わりだ。
「そうですね……。じゃあこれで」
「あ、それ見ないでくださいね。それではもう一枚選んでください」
宇梶さんが選んだカードを一枚テーブルに伏せ、続けて選ぶように指示する。
「うーん。なら端の方で」
宇梶さんが右端の一枚を選ぶ。そして先ほど同様にテーブルにカードが伏せられる。
「それでは確認させてもらいますね」
残ったカードの束をテーブル外にしまい、富忠さんが伏せていたカードを見る。
「ふむふむ。それでは宇梶さんもリセマラ部の部員ですから、将来のことについて占ってみましょう。宇梶さんは将来をどのように考えていますか? 色んなことをやってみたいのですか?」
「あー。そうですね……でも、体力勝負なのはちょっと……」
この前もへばっていたからね。そもそも女性向きじゃない仕事内容だったから仕方ないか。
「最近は女性でも力仕事を好んでやる人がいますけど、宇梶さんはそのようなタイプではなさそうですね」
「あたしゲームコントローラーより重たいもの持ったことないので」
「そうなると鞄の中が空っぽですよ」
そういうボケだからツッコまなくていいですよ。
「ゲーム業界は今話題にもなっていますね。オリンピックの競技にしようという話もあがりましたよね?」
「あたしはそこまで求めてないんだけど……トップ目指せるほどの実力じゃないし」
「どの業界でもそこは変わりません。それなら別の角度から探ってみましょうか」
「別?」
「その世界の一番になるには並みならぬ努力が必要です。ですが、そこを狙わずある程度自分に見合った場所に落ち着くのも手です。そこなら自分を追い詰めたり、周りに追い詰められたりもしません。自分も楽しく、相手も楽しい環境は素晴らしいと思いませんか?」
「自分も、相手も。MyTubeの『好きなことして生きていく』に似てるわね」
富忠さんの占いは途切れることが無く、宇梶さんは何らかの結論に達する。
「まいちゅーぶ?」
「海外の動画投稿サイトですが、最近では日本にも浸透してきてるんですよ。そこに動画をあげている人をマイチューバーと言って、子供がなりたい職業の上位にあがるほどの人気な職業何ですよ?」
「動画をあげる?」
「ビデオカメラとかで撮った奴だよ。後、最近ではこれでも綺麗に撮れるよ」
「スマホ⁉」
一ノ瀬さんが取り出した俺も所持している現代科学の最先端に隠された高性能システムに恐怖する。
「うまい下手関係なく、見る人が興味を持ってくれれば仕事として成り立つ。あたしにぴったしね!」
明るい未来が見えて何かもう退部者が出そうな雰囲気なんだけど。これは喜ぶべきことなんだよね?
「水を差すようで悪いのですが、MyTubeは亀城さんが答えてくださったように今や人気のコンテンツです。毎日多くのマイチューバーが動画を出しているのですよね?」
「そ、それはそうね……。ゲーム実況者やグッズ紹介している人なんて星の数ほどいますから」
「流石人気職って訳か」
農家も星の数ほどいれば、親父が家業を諦めて俺にも自由な選択肢をくれるんだけどな。あんなきついだけの仕事人気出る訳ないけど。
「だから何ですね。実は副業から始めることを薦めるという結果が出ていました。どんな仕事も初めはうまく行きません。ライバルが多い事業は猶のことです」
「副業か……俺の親父もテレビで北海道の人が冬の時期に木彫りの熊を作っていたのを見て、冬に何かしようと考えていた時があったな」
「熊さん作ろうとしてたの? それ面白そうだからやらない?」
「言っとくけど、めっちゃめんどくさそうだったぞ?」
電動のこぎりとかグラインダーみたいな便利な道具じゃなくてノミでやってたからな。俺たちだと何カ月かかる――いや、そもそも完成するかも分かんねえや。
「有名なマイチューバーも副業、と言うよりも趣味から初めて成功したって言ってたわね。その人、今じゃ新作ゲームの広告に出たり、声優さんと対談したりしてたわ!」
「そうです。焦ってはいけませんよ? 初めは趣味程度に頑張らないと、途中で燃え尽きてしまいますからね」
富忠さんは落ち着きのある言葉で釘を刺す。
「いえ! やるなら今です! 期限は有限! 成功した人たちも若い頃から何度も投稿をしていました!」
けど、宇梶さんは落ち着くどころかやる気に満ち溢れる。テーブル上のランプが反射した瞳は、スポコン漫画の熱血野郎の如く燃え上がっていた。
「決めた! 次の活動はマイチューバー! 明日から、いえ今からやるわよ!」
「待てよ! 今日は山田さんの体験入社だから!」
元から影とか名乗っていたから全く話に入ってこなかったけど、今日の主役この人だから!
「すごい! 本当に占いやってるみたい!」
「玲音さん。実際にやってるんですよ」
人の未来を易々と決めた鮮やかな手法に、一ノ瀬さんは驚きのあまり大事なことを忘れてはしゃぐ。それをいつも通り亀城さんが宥めている。
その一連を見て、富忠さんは微笑ましく思ったのか、声を漏らす。
「亀城さんがそう思ってくれたなら、これは大成功かな?」
「えっ?」
けど、それはこの場を見ての感想ではなかった。
「では、種明かしと行きましょうか」
そう言って富忠さんは手に持っていたカードを二枚表向きにしてテーブルに広げる。
一枚は黒い尖った矢じりのような印が二個描かれている。
もう一枚には絵が描かれている。王冠を被った赤い老師、いわゆる王様と言うやつか。
そして俺は、これらを知っている。
「これってトランプ? タロットカードってトランプの別称?」
「いえ、都会でも田舎でもトランプとタロットカードは別物です。富忠さん、これは一体?」
また田舎の進化についていけなかったのかと不安になったが、そういうわけではないらしい。つまり、富忠さんが使っていたのは元からタロットカードじゃなくてトランプ。つまりは、トランプ占い。
「それでは答え合わせです。ここに先ほどの答えがあります」
「スペードの2、ハートの王――――二つの黒槍に抜かれ、血に染まった王……」
「今無理矢理考えたでしょ」
宇梶さんの答えが正しかったことを山田さんの長い沈黙が証明する。
「うーん。分かんない!」
「今のほとんど考えてませんよね⁉ 一ノ瀬さん」
「それじゃ河西君はどのように考えていますか?」
「え、ええっと………………そもそもこれって占いじゃない?」
「根本から覆してどうするのよ⁉ さっきの玲音とさほど変わらないじゃない!」
突然振られた俺は一ノ瀬さんと違い一生懸命考えて答えを振り絞ったが、宇梶さんに速攻でだめだしされる。
「ふふっ。実はあんまり考えてなかったんだね」
「はい……そもそも俺占いってニュース途中の星座占い位しかしたことなくて」
「それってしてないよね」
最もです。
「なら――君には才能がある」
……ん? どういうこと?
「ほぼ正解だよ、河西君。私は占いをしてなかったんだ」




