最強の馬鹿の乾杯戦争D組戦
俺――赤坂康太は、ワイングラス片手に妙な熱気に包まれた体育館にいた。
俺の周りにはE組の馬鹿共。視線の先にはD組の馬鹿共がいた。あいつらはバカと言っていい範囲の人間のはずだ。
両陣営、闘気を漲らせ、静かに其のときを待つ。
そう、いよいよ戦争、『下克上』が始まるのだ。俺の頬を一粒の汗が流れる。
その緊張感のなか、ついに――
「D組13番古島さん!身長が2ミリ伸びました!おめでとう」
『乾杯!!』
乾杯戦争の火蓋が切られた。
■
乾杯戦争の大まかな流れは、乾杯からどちらかの組長が、液を零すまでである。
対戦はトーナメント方式で行い、勝ち進んでいって順位づけをするのだ。
だが、この下克上には過酷なルールがあって、それは一度勝っても、戦うためにはそこで得た教室を手放さなければいけないというルール。
つまり、一回勝っても、次で負ければ、元の自分たちの教室に戻るのだ。
まさに下克上という名にふさわしいルール。
その戦争、乾杯戦争がこの文園学園で始まる。
■
「ボンソワール。フラペチーノぅ!」
俺の目の前で走る斉藤が奇声を上げながら、D組の男子二人組に襲いかかる。そんなにうごいてよく零れないな。
いきなり後ろから襲われた男子生徒二人はなすすべなく『乾杯』された。
そしてその瞬間体育館にホイッスルが響き渡る。
「加藤、佐藤アウト!」
――とまぁ、このように、『乾杯』され中身を零した者は名指しで失格とされる。失格になった生徒は体育館の余ったスペースで隔離され、試合に手出しができなくなるのだ。
「ふふふふふ。まだや。まだウチは本気を出しておらへんよ!」
どこぞの魔王のように高笑いを上げる斉藤。だいじょうぶかコイツ。
「康太もさ。男ならえーと、古島さんが身長伸びたことについて乾杯しようや」
あ、だめだ、こいつ。目が完璧にらりってる。
――と、そんなやり取りをしているといつの間にか隣からグラスが伸びてきていた。まずい!油断してた。
「古島さんはなぁ!142センチなんだよ!そんな彼女が2ミリ伸びたことを知ったときの小さいガッツポーズ。俺は忘れないぞおおおおお!乾杯!!!!」
「なんでそんなとこまで観察してんだよ!おまえ!」
伸びてきたグラスに、自分の腕の動きを合わせながら、やわらかくグラス同士を合わせる。
チン、ときれいに澄んだ音を鳴らし、相殺された威力。そのまま呆気にとられて固まるそいつのグラスに、斉藤が全力気合い注入乾杯を繰り出した。
「ピー!坂下アウト!」
すまない。君に恨みはなかった。ただ、乾杯の力加減を間違えてるだけなんだ。
と、目の前でがくりとうなだれる坂下君を見ながら、斉藤が話しかけてきた。
「康太は、合わせんのだけはうまいな」
「だけ言うな。平和主義者なんだ」
逆に、二億四(略)でここまで盛り上がるおまえらが怖いよ。
「まあ、いいや。じゃ、うちは行くから。康太はどうする?」
ワイングラスを西洋貴族の如く回しながら斉藤が尋ねてくる。うむ、俺はそんなに乾杯したいわけでもないし、隅っこにでもいようかな。
そうして、俺は斉藤と別れて、なるべく人のいないところまで空気となり向かった。
「あぁ、確かに俺は、隅っこに向かったさ。だがな。これはあんまりだと思うんだ」
体育館の隅っこで、俺は一人ぼやいた。だってさ、だってさ。
「なんで俺を狙うやつが一人もいないんだ!!!!」
さすがにさ!誰ひとりにも狙われないとさ!逆にさ!あんだがったどこさ!
畜生。俺ってそんなに存在感無いの!?
「お、康太。ここにいたのか」
――そんな負のオーラを吐き出している俺に、聞き覚えのあるイケメンボイスが聞こえてきた。この声は、
「隼人か。もう俺に気付いているのはお前だけかもしれない」
「は?どうしたんだ、康太」
隼人は怪訝そうな顔で首をかしげる。くそ、このイケメン野郎め。首をかしげる動作がカッコイイのは主人公だろうが、普通。
みたところ、こいつ失格したわけでもなさそうだし……。イケメンめ。馬鹿のくせに!
「――しかし、康太は楽だね。狙われないんだから」
隼人が苦笑いを浮かべながら言ってきた。くそ、この(略)。
「しってたのか……。なぁ、なんで狙われないいんだろうな、俺」
俺そんなに存在度低かったかな。たしかウランのなんちゃらが0.72%(これだけ覚えていた)だったから、そんくらいかな?
しかし、隼人は、
「いや、康太は絶対に組長じゃないからって理由で狙われないだけだよ」
「なーんだ。俺の勘違いか。よかったよかっ――よくねえええええ!!あいつらだって同じようなバカのくせに!」
D組のやつらめ。許すまじ。
「ははは。でも逆に、康太は狙われない今がチャンスなんだぜ?クラスのためにはたらいて……」
――ぴたりと。隼人は言葉を止めた。そしていつもより鋭い視線。あらやだかっこいい。
……じゃなくて!俺は、隼人の視線の先を追う。こんな真面目な顔の隼人、なかなか見ないからな。何があったんだ。
隼人の視線を追って、すーっと視線を移動させる。すると、そこには
「あれは、例の古島さんかな」
140センチ位の小柄な少女。周りを取り囲む何人かのD組連中(♂)。すこし飛び出た八重歯がかわいい、高校生にはみえない幼さをもつ――幼さ?
……まさか!
「隼人、古島さんは敵だよ。わかってる?敵だよ?」
「あぁ、わかってるとも」
さわやかイケメンスマイルで隼人は言った。よかった。古島さんを助けちゃうんじゃないかと思ったよ。
んー、、、しかし、、、あの子は少し危険要素だな。狙われなかった欝憤と一緒に乾杯してこよう。
「隼人、乾杯してくる。止めないでね」
俺は一言その場に残して、グラス片手に走り出した。まずは取り巻き5人!
あの5人は知ってる。隼人繋がりで知った知人たちだ。このロリコンどもめ!さぁ、一気に行くぞ!
「竹内!おまえ実は彼女いるんだってな!おめでとう乾杯!」
「な、赤坂!なにを!」
一人目のターゲットとなった小太りの竹内は、俺から発せられた祝辞にキョどる。なにキョどってんだ。お前に出来てるわけないだろ。
だがそんな全く根も葉もない嘘でも、取り巻き連中には効果があるみたいで、
「竹内!おまえってやつは!イエスロリコン!ノータッチ!」
「これは重大な裏切りだな、竹内」
「過ぎたるは及ばざるがごとし(ロリコン的な意味で)」
「おっぱい」
おもった通りディスられてるな竹内。そんな傷心の君には悪いが、乾杯させてもらうよ。
――ぎぃぃぃいいいいいいん!
「竹内、アウト!」
前のめりに倒れる竹内は無視して、俺は足を動かす。そう二人目を狩るためだ。
さて、じゃあ、次はにわかイケメンの木下。お前だ。
「木下。お前、最近、近所の年上のお姉さんといちゃこらしてるみたいだな。おめでとう」
「赤坂……!?なに」
「木下!あまつさえ年上だと!!貴様に誇りはないのか!」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず(音のニュアンス的な意味で)」
「おっπ」
「みんな、俺はそんなこと」
――ぎいいいいいいいいん!
「木下、アウト!」
俺は連れて行かれる木下を横目に見ながら、自分のグラスを床に置き、まだ回収されていない木下と竹内のグラスを両手に持つ。二人同時に狩るためだ。
さぁ、ひれふせ!乾杯。
「古賀、藤田!おまえら実は兄弟なんだってな!おめでとう!」
「河童の川流れ……!(河童たん萌え的な意味で)」
「オパイオ州……!」
俺の目の前で抱き合う二人。こいつらより俺がバカだと、信じたくなかった。
――ぎっぃぃぃぃぃいいいいん。
「古賀、藤田。アウト!」
よし!あと一人。俺は自分のグラスを拾い上げ、抱き合ったまま立っている二人を最後、田中に投げつけた。
「田中。特になし。おめでとう」
「特になし……!?」
どさ。
三人絡まって倒れるロリコンども。うん、こんな感じか。
「田中、アウト!」
――ロリコン戦隊Dレンジャイ、ここに敗れる。
「さて、最後は古島さんあなただ」
俺は少し離れた所にいる古島さんを指さす。そんな彼女は何が起こったのかまだあまり理解していない表情だ。まぁ、いきなり周りにいた5人が失格になったからな。無理もない。
ならばこそ、混乱してる今がチャンスなんだけど。ってことだ!
「先手必勝。乾杯してもらうぜ!」
だっ、と古島さんとの差を埋める一歩を踏み出す。そう、乾杯の祝辞を言いながら。
「古島さん。身長のびたんだね。おめでとう」
全力で突き出された俺のワイングラス。その軌道は、未だ動けない彼女のグラスへと一直線。そして――
「おめでたくなぁあああああい!」
ぎぃぃぃぃいいいいん!
直撃。
瞬間、鳴り響くホイッスル。
「藤村、赤坂アウト!」
うん、直撃。俺の、ワイングラスと隼人のワイングラスが直撃。
「ねえ、隼人!君さ、俺が乾杯するって言ったときにさ、わかったって言ったよね?分かりやすいように句読点多めな」
「背が伸びるのは、おめでたいことでは、ない」
「ふざけてんのか、てめえええええ!」
「背が、伸びる、のは、おめでたい、こと、では、ない」
「句読点の数に文句言ってるわけじゃねえよ!!くそロリコン野郎!」
「念のために言っておくぞ?康太。俺は別に古島さんのことが好きなわけじゃない」
「ふざけんなよこらぁああああ!何のためだよ!何のために出てきたんだよ!」
「背が、伸びる、のは、おめでたい、こと、では、ない」
「こぴぺええええええええええ!!!!」
――E組赤坂、藤村失格。
さくしゃのあとがき
更新遅れました