決死と結末
潜り慣れた夕焼けのモール。その屋上から、4人はじっと下を見下ろし続ける。不気味なまでのか数になった人型の影は動かずにじっと佇んでいる。
が、4人は正しく理解していた。言うなればこれは嵐の前の静けさでしかないと。
先程の激戦で、息も絶え絶えであるし、能力も使いすぎている。たった一体倒す為の時間とりソースは明らかに存在していない。
「いやー、しんどいなぁ」
オレンジのオーラを全身に纏い直した、琉希は腰に手を当て天を仰ぎみなが言う。緋いオーラが見る影もない。出力が下がりきっている。
明の見据える先、移動を始めた人型の影が迫る。遠くから見ると、まるで黒い波が迫ってくるようである。そして、だんだん地面が小さく揺れ始める。
「だねぇ。こっちも出力が落ちてきたよ」
ほらと言わんばかりに、明は琉希を回復する。手のひらから溢れる緑の光は力なく明滅するだけであった。
「どうする?回復しきっちゃう?」
明は琉希にニヤリと笑いながら聞く、琉希は肩を竦めて言う。
「残しといて柔軟に使ってくれ」
「……負けイベじゃないってのが、困るね」
どこのタイミングで壊したのか、耳あての片方がぶっ飛んだヘッドホンを首から下げ、ちゃーは嘆くように言う。
ゲームで負ける事を1番嫌う質なのだ。悔しさも一際であろう。
そんな間にも黒い波は近づき続け、振動はますます増していた。黒い波の方から、ガヤガヤとお昼のフードコートのような音が聞こえる。そして、それに混じってモールの入口を叩く音も聞こえる。
「あの数だもんね。さほどしない内に破られちゃうね」
「出口は間に合わず、逃げ道もない。正しく背水の陣ってやつだ」
「3人とも時間が無いからよく聞くにゃん。ある程度近づいたら脳力で、全力で奴らを隔離するにゃん。けどそのうち、さっきみたいに……崩壊しちゃうにゃん」
三本足で震えながらも、何とかバランスを取りコタロウは言う。とても申し訳なさそうに……その言葉に3人は、納得の表情で答える。
「サイズ的に連中の3分の2……時間は保証できないにゃん。けど、五いや十分は持たせるにゃん」
「うん分かってる。やれるだけ削ってみせるよ」
「あぁそうだな。けどまぁ別にアレを倒しきってしまっても構わんのだろ?」
琉希はニカッと笑ってみせる。去勢だ。誰もが分かるが、それでも胸を張って言う。先程の戦闘の時のように、膝をおりそうな時にたって先頭にこの男は立つのだ。
「……あー、それいいね。すごくいい」
「似てるし、似合ってるよ」
琉希は最も攻撃を受け、全身は血で染まっている。そのせいもあり、かの筋力Bを彷彿させる出で立ちになっている。
「あーやっぱ逃げちゃわない?」
「別に逃げてもいいにゃんよ。私ともかく君たち3人にはその択を選ぶ権利があるにゃん」
コタロウは、この死地に巻き込むことになった責任感じているのだろう。
「言ってみただけだよ。もう腹は括ったんだ」
そもそも、出口は自分たちがたどり着くより先に、波に飲まれる。
「……ここで撤退は廃ゲーマー失格」
とっくにゲーム感覚ではなくなっているのに、膝が震えて居るのにちゃーも撤退しないという。
「じゃあ、そうだね。せっかくなら納涼床に行ってみようよ」
「それはなんにゃ?」
「明?……あぁいいな。それ、みなでコタロウに教えてやろう」
「……楽しみにするといい。コタロウ、昼寝が弾む」
そんな内に屋上へ上がるエスカレーターから続々と人型の影が上がってくる。そしてそのまま、ガンガンと屋内と屋外を隔てるガラス戸を叩く。とめどなく屋上へ上がってくる人型の影の圧力によって、破裂のような形でガラス戸は破壊される。
「来た。まずは距離取るぞ」
程なくしないうちに、コンクリートの塀の角を背負う形になる。その間も、影は屋上に登り続け、別の登り口からも合わせて200じゃ収まらない数が集まる。
「三人とも残ったヤツらは頼むにゃん。終焉と終端無き迷宮」
今まででいちばん大きな辺が白い立方体が出現し、空間が揺らぐ。境界にいた影は転送に抵抗し、転送されなかったモノの屋上が一部凹んだと錯覚する程の範囲の影を拉致する。
その後も影はやってきたが、消えた数を補いきるほどの数はない。3分の2それも嘘では無いかもしれない。
「さぁあとはTAって訳だな。かかって来いよバケモンども。鉄壁要塞 精神麻薬 戦士咆哮」
赤いオーラが先程同様に、琉希の身体を包む。そして、どんどん近づく影から3人を守るように、前へ進む。
「TAか、うんいい。テンション上がってきた」
「じゃあ僕は陰ながら支えさせて頂こうかな?」
黒い人の影が迫る。迫るにつれ影の発する声も聞き取れるようになる。同じ台詞を繰り返し、老若男女混ざりあった色々な多種多様の影が迫る。
「ねぇパパ!あのカバン買ってよ」
「この指輪ならあゆちゃんも……ぐふふ」
「なんで出ないURのカード」
「なんでこんな並ぶんだよー」
「精神麻薬」
琉希が無言で、精神麻薬を重ねがけする。三方から迫る影の圧を1番感じているであろう。
先頭の影の腕であろう部分が琉希に伸びる。琉希はオーラをまとった腕でそれを跳ね除ける。金属同士が削りあった時のような音が響き、攻撃は背後に逸らされる。
しかし同時に、琉希の腕に裂傷が刻まれる。その傷は直ぐさま緑の光で塞がるが、先程までなら無傷で弾けたものが弾けなくなっている。
「ありがたい!がっ、くそ」
琉希は渋い顔をする。オーラの色が薄くなり、十全じゃないのは自覚していたがここまでか、そんな表情である。とはいえ、このままではすり潰されるのも時間の問題である。
「勇み足になれば崩壊必死だけども……これは」
もちろん渋い顔なのは、他のふたりも同じである。
ちゃーも影の接近を押し戻す為に、衝撃の大きい貫通弾を近いものから順に次々と打ち込んでいっている。
ダメージは蓄積するものの、数を減らすには至っていない。しかも悪いことに、討伐に至る程の火力集中をさせると他の接敵を許し過ぎてしまうため選択が出来ないでいる。
明自身も、焦りを抱えている。明の回復は被回復者との距離と回復量が比例する。
先程より上手く琉希はいなしてくれている。交わしてくれている。けれども徐々に回復が追いつかなくなっている。
そして現在明が立つのは、明が琉希の行動の邪魔にならないギリギリの近さであるのだ。
とはいえ、接敵から11分。綱渡りのような均衡ではあるが、3人の作る戦線は崩壊に至ることなく、何体もの影を撃退している。しかしながら屋上の影を掃討とは程遠い。
「みんな、ごめんにゃん。あとは……あとは、任せるにゃん」
今まで、初動で呪文を唱えてから、沈黙のままであったコタロウが口を開く。そして、誰かがそれに反応するまもなくコタロウの小柄な白い全身が膨らんで破裂した。そこには、明が振り向いた時にはもうコタロウは影も形もなく。宙を舞う白い毛があるだけであった。
「コタロウ!」
そして、コタロウの消滅を悼む間もなく現れるは初手で隔離されていた影の群れ。その絶望のおかわりにも、消えたコタロウを労わるように3人は努めて軽い口調で返す。
「おかわりか。ちょうど欲しかったとこだ」
「拍子抜け。一部が黒毛玉じゃないか」
「任されたよ。まぁ任されなくてもやるけどね」
少年達の正面にはまだ数の多い敵、逃げ道もない。連戦につぐ連戦で各々の体力は削れ、能力もガス欠が近い。それでも敵に立ち向かってゆく。
三人の折れぬ戦意と尚も研ぎ澄まされていく集中力。そして三人ともが限界の先でに到達、漫然と行使していた能力の本質を掴むに至る。
1人は、出力の低下しきったオーラで影の攻撃を無傷でいなし始める。オーラの出力を上げたのではない、それを成せるほどの余力はない。それをなし得るは、オーラの集中。背後のオーラを前面へ、そして両腕により厚くオーラを集中させる事であった。
1人は、弾の必中という領域に到達する。弾の生成速度がどんどん上昇していく、その上発射速度も。しかし、必中の根底はそこではない。弾が生成され、発射された時点で命中する位置に弾がある。そんな曲芸。それが彼の攻撃を必中たらしめる。
1人は、2人へ送る回復量がみるみる増えてゆく。回復量が増えたのではない、回復量を増やす程のリソースはない。そのからくりは距離に比例する回復量の減衰を限りなくゼロへする事成功した事であった。
覚醒にも近い状態になった三人の戦線は綱渡りであったのが、地に足が着くほどに劇的に回復していく。目の前に立ち塞がる影が十体、二十体と数を減らしていく。
それでも……まっ先に底を突ついたのは琉希であった。誰よりも前で攻撃を受け、恐怖に晒され、それに耐えながら戦い続けた彼を誰が責めれようか。
琉希を包んでいたオーラが音もなく消える。そして、攻撃をもろに受け背後のコンクリート壁に激突する。
続いて底を突いたのは明であった。コンクリートまで飛ばされ気を失った琉希の治療を行っている最中、意識が戻った程度の回復状態の段階で緑の光が微塵も出なくなる。
戦線の崩壊。完膚無きまでの崩壊である。ちゃーは、明と琉希の傍まで走りよる。
「これでチェックメイトかな」
「すまん、ちゃー。空っぽだ」
「ごめん、僕もだ。使い切ってなかったらちゃーだけでも逃がせたかな」
ますます、影の化け物は距離を詰め、今にも攻撃を繰り出さんと、声を上げる。
ちゃーは無言で、炸裂弾を三発生成。二人が寄りかかる場所、コンクリート壁を背に前方と左右の三方向に炸裂させる。
ガラガラと音を立てて大穴が空き、三人と化け物達を分断させる。
「バカ言うな。これで俺も仲良く空っぽだ」
「俺はお前の方が馬鹿だと思うけどな」
「でもなんかいいね。こうやって寄りかかって夕方まで喋った事あったよね」
「あった、だけどもあの時より綺麗だよ。夕日」
「違ぇねぇや!いやいや、やり切った。届かんかったのは口惜しいがな」
そして、三人は誰と差し合わせる訳でもなく目をつぶる。最後の時を静かに受け入れるように……
そして、屋上に鈍い音がいくつも響いた。響き続けた。
明そっと目を開けた。明の人生にに幕を降ろすであろう攻撃がいつまで経っても来ないかったからであろう。近くに座る二人も同様のようで、顔を見合わせる。そのままゆっくり辺りを見回すように目線を動かす。その視界に入るのは、影同士で殴り合う、喰らい合う影の群れであった。
「どういう事?」
答えなど持ち合わせない少年達は、じっとその様子を見続ける。その間、影同士は戦い続け、喰らい合う。そのうちに数はゆっくりと減っていく。
四十体、二十体、十体と数が減るうちに、人型の影は段々と人型の影で無くなってゆく。そして、意味のある聞き取れた言葉もどんどん動物的な言葉にならない音になってゆく。
「もしかしてだけど、これってさ」
明の質問には誰も答えないが、他の二人も同じ思いであろう。影どうしが混ざり合うほどに、その姿は今まで飽きる程狩って来た黒い毛玉のような靄に近づいていくのであった。そして、最終的に動きも遅く、危険度が低い黒い靄が数体屋上に残った。
少年達はコンクリート壁を伝って、大穴を超え黒い毛玉の化け物に気取られないように慎重に出口へと向かう。そうして、三人は命からがら生還を果たすのであった。




