強敵と絶望
あの夏の日の夕方。能力に目覚めた3人が揃った日以降、夏休みで時間がたっぷりあった事もあり少年たちは、黒い靄を狩る遊びに没頭した。
少しのスリルとアクション。そして使えば使うだけやれる事が増えていく自分の力に酔っていた。日に日に狩る靄の数は増え、2桁後半になる頃には数えるのをやめて居た。
最初の頃は着いてきていたコタロウも、『 探し物を再会しないとにゃん。見つけられるかわかんないけど』と日に日に監督しない日が増えて来ていた。
「……手応えない」
「近くのやつはだいたい狩りきったもんな」
「小型のやつしか見なくなったもんね。最近」
怪物狩りの合間の小休止中、木陰の下で3人は喋っていた。喋る間端から溶けてゆくアイスが地面に黒いシミを作る。最近にしては珍しく参戦していたコタロウが答える。
「それこそ何処かに遠征行くかだにゃん」
「まぁそこまではしないな」
「……リアルゲームは長時間するもんじゃない」
「そういう訳なんで」
各々が芝生に寝転びながら、やる気のない返事を返す。もちろんそれを聞くコタロウも芝の上で寝転がっている。
「にしても芝が厳ついトラップになるなんて思わなかったよ」
「……痛かった」
「ちゃー脚ズタズタにしてたもんな」
虚構空間は切り取られた時の状態、それをそのままを維持する。そのため現実では柔らかい芝も虚構空間では、鋭利で尖った肉を削ぐヤスリのようになるのであった。
それを知らず、怪物の攻撃を避けつつ芝にスライディング着地を決めた脚は目を覆いたくなるような状態になってしまったのだ。
「でも偶にしちゃうよね。半開きの扉開けようとしたり」
「まぁ蜘蛛の巣よりやばいものは中々ないだろ」
「それはそうにゃん」
その言葉に、皆は雑木林に囲まれた神社内にいた黒い大型の靄との戦闘を思い出す。
靄は全くといっていいほど動いていないのに、不可解な事が起こり続けた戦闘であった。着弾前に誘爆するちゃーの攻撃。受け動作の途中で動作を強制停止させられる琉希。手を振るった瞬間指先が飛んだ明。なかなかの惨状である。
「……ネタが割ればね」
「怪物本体となにも関係ねぇのが本当にヤバい」
「本気で泣きそうだった。再生出来るようになってよかった」
「できなかったら、就職先は反社だったな」
冗談じゃないよとでも言わんばかりに、オーバーな程に顔をしかめる明。そんな明に琉希は笑いながらバシバシと背中を叩く。
「あの日以降より一層励んだから、今ならなんも問題ないけどね」
「……正直キモイ」
「はい、怒ったかんなー。調子乗って暴発させてぶっ飛ばした手治したの忘れたとは言わせないよ?」
そんなやり取りを呆れたような顔で見ていたコタロウが口を挟む。
「あんまし危ない戦い方はしないようにするにゃん。いつか痛み目にあう……にゃん?」
コタロウが言葉を途中で切り上げ、もはや通い慣れたモールの方へ怪訝そうな視線を向ける。それに続いて少年達も気づく。
「湧いたの?」
「多分にゃん。初めて見たにゃん」
「でどうすんだ?行くだろ?」
十分な休息の後でかつ、手応えのない戦闘が多かったからか足取り軽くモールの虚構空間に4人は入った。
そこには一体の黒い靄が予想通りに佇んでいた。ただ、その靄は今までとは一線を画していた。その靄は今までのような、毛玉のような黒い不定形ではなく、小さな子供のような形をしていたのだ。
うっすらと後ろが透けている、黒い影が立体になったようなそんな風貌の化け物がぽつんと音のない空間に存在していた。
「……子供?」
「形は少なくともそう見えるなぁ」
「コタロウ? 人型ってどうなの?」
「見た事ないにゃん」
そんなやり取りの最中、人型の子供のような塊が少年たちの方に振り向いた。どちらが正面か判別は出来ないので、あくまでその様な気がしたと言うだけだが。
「ままぁ〜ままぁ〜」
声が響く。か弱い音ながら無音の空間に響き渡る。不自然な程に響く。ぐずった子供が今にも泣き出しそうだと感じる声が耳に届く。右から左から耳に届く。
4人の背中に嫌なものがつたう。
「喋った?!」
今まで戦ってきた黒い靄達は音を発する事はあっても、それは悲鳴や絶叫の様で明確な意味を成す言葉では1度たりともなかった。
「ままぁ〜どこ〜ままぁ」
琉希が1歩前に出る。その瞬間、子供の足元から黒い影が琉希に向かって伸びる。コタロウが言葉を発するのと、驚きで目を見開いた琉希が反射的に緋いオーラを纏うのは同時だった。
バギィン!!
金属が許容応力を超え破断、破壊された時の様な音が響く。そして、琉希の身体が吹っ飛ばされる。そして、背後の十数メートル離れた壁に激突して止まる。
「明!治療にゃん!!」
悲鳴のようにコタロウが叫ぶ。
「もうやってる」
明は吹っ飛んだ琉希に遠隔で回復を入れつつ、琉希の元へ走る。琉希の胸部に強い緑の光が集まる。コタロウは黄色になった琉希の胸を横目に見つつ、唱える。
『 終焉と終端無き迷宮』
四角い立方体が出現し、その内部に黒い影を覆う形になる。その瞬間、空間が歪み黒い影の姿が消え去る。
「……見えなかった」
「琉希!大丈夫にゃん?」
コタロウ背後を振り返り、琉希の胸部に両手を掲げて治療をする明に問う。じわじわと傷口が再生し、傷口が小さくなってゆく。が、骨まで達した傷は完治に時間がかかりそうに見える。
「骨までは言ってないから、そのうち目が覚めるよ」
「欠損部の再生覚えてよかったにゃんね」
「それはそうだね。にしても……」
明は治療を続けながらも、先程黒い影が居たところへ視線を送る。視界の中には今すぐにでも攻撃出来るように、ちゃーが光弾を構えたまま警戒をし続けている。
「わかんないにゃ。けどあの小型のサイズであれだけ火力出すなんて前例がないにゃん。ルールから逸脱してるにゃん。しかも......」
「しかも怪物退治に慣れた僕たち、それもタンク役をこなしてきた琉希がワンパン。イレギュラーとみていいのかな?」
「じゃなかったらやってられないにゃん」
そんな会話の最中、呻き声と共に琉希が目覚める。無惨な様子になっていた胸部も肉が見える程度まで塞がってきていた。
目覚めた琉希は自分の胸部を見つめ、しかめっ面になる。
「冷静たれ……常態たれ 恒常たれ 精神麻薬」
琉希は精神の動揺や怯えを抑制し、痛みをも軽減する最近では使わなくなった能力を使う。それと共に、琉希の額に浮かぶ脂汗が僅かに穏やかになる。
「俺死んでたか?」
「流石に死人を生き返らせるのは回復の範疇じゃないよ」
「くっそ、間に合ってあれかよ」
あの瞬間咄嗟に緋いオーラが一瞬展開されていた。とはいえ、痛撃を受けて一瞬で破壊されたのだが、
「あの僅かなタイミングで差し込めただけで十分過ぎるにゃん」
「そうだよ。間に合わなかった時の話は考えたくないね」
「違いねぇ。よし、もう十分だ。温存しとけよ明」
胸部は完治とは行かないが、先程まで露出していた骨は見えなくなっている。血も止まり、傷の痕が残りはしているものの、見ていられる程度まで回復してる。
「……治った?」
「あぁ、警戒ご苦労さん。けどコタロウが能力で隔離してんだから問題ないと思うぞ」
「……まぁ、けど同じのが出てこないとも限らない」
手のひらに出していた光のキューブを消し、警戒を解き琉希の方へ向き直る。そのまま視線は琉希の治りきっていない胸に向けられる。
「……派手にいったね」
「男前になっただろ?」
「……お前は元から男前だけどね」
そんな様子をコタロウがじっと見つめている。そのやり取りに何かを重ねているような、2人を見ているようで見ていないようなそんな目線。
「コタロウ?」
不思議に思ったのか明はコタロウに声をかける。その声に反応はなく代わりに、コタロウの右前脚が前触れなく吹き飛ぶ。
「え?」
その瞬間、再び空間が歪む。あの嫌な、背中をなぞる様な不快な感覚、そして子供の声。向こう側の透けた子供の影。
琉希をガードの上から一撃で瀕死にしたあの怪物が再び少年たちの目の前に現れたのだ。
「どこに〜行ったの?ままぁ〜ここ〜?」
「!鉄壁要塞、精神麻薬、戦士咆哮」
その姿を見るや否や、琉希が矢継ぎ早に呪文を唱える。身体を護る能力、精神を護る能力、そして見方を鼓舞し相手の注意を引きつける能力を重ねがけする。
緋いオーラを纏い、不敵な笑みで正面から敵に相対する。
刹那再び子供の足元から影伸びる。先程と同じ技。技かどうかも分からいが同じ攻撃。
ギィィン!!
しかし、琉希は先程と同じ轍は踏まない。伸びてくる黒い触手のような影を腕で下からすくい上げ、逸らしてみせる。
「はっはー!俺っ、天才!」
額には冷や汗を浮かべながら、膝は正直震えているけれどもそれでも大声で笑ってみせる琉希。
「セット『 炸裂弾』 『 貫通弾』 『徹甲榴弾 』 『 焼夷弾』」
ちゃーの手のひらに形と色がそれぞれ違う4つの光の弾が出現する。そしてその手のひらを影に向け、放つ。
「どれでもいいから効けー」
轟音、そして砂煙が舞う。ちゃーは焦ったようにもう1発。『 破裂弾』を炸裂させる。炸裂ともに砂煙が、フロアの端の方まで押し流されていく。その砂煙が晴れた先、子供の影は無傷のままたっている。
その裏で、コタロウを回復していた明は、焦っているように見えた。それは、回復をかけている右足が一切回復していないからにほかならない。
「どうして?」
「回復はとめるにゃん。それよりごめんにゃん。留めておけなかったにゃん」
吹き飛んだ前足は出血こそないものの、その場で立ってられないほどの傷になっている。明はコタロウを抱えあげてコタロウに言う。
「内側から壊されたの?」
「そうにゃん。気にしないにゃん。今直ぐに脳力は使えないけどそのうち戻るにゃん」
「そうなら一旦置いとくよ。まずは2人を支えないと」
その2人の片割れ、琉希は影の攻撃を捌き続けている。まともに受けると戦線離脱になってしまうから、避け、弾き、受け流す。受けれないが故に、攻撃の一部はちゃーと戦線復帰した明へと向く。影との距離がある為、直撃はないものの避け損じがダメージを刻む。
こちらも手を替え品を替えちゃーが攻撃を加えているがイマイチ有効打が見つかっていないのか険しいい表情のままである。
「ほんとにこれ削れてるんだよね?」
手のひらから光の弾を出しては打ち、出しては打ちしながら口に出す。
「削ってもらわなきゃ困るぜ。ちゃーさんよ、こっちは確実に削られてんだからな」
「余裕があって心強いよ。回復強度あげるから、背後になるべく飛ばさせないで」
誰よりも近くで、誰よりも多く攻撃を受ける琉希の体力減少に回復が追いつかなくなりつつある。明は戦線崩壊を早めるリスクもあるが、ジリ貧回避のための賭けに出る。
「まじか……いや、それしかないっけどよっ!無茶言いやがる」
「じゃあ俺も一瞬戦線離脱。強化弾の合成。いい?」
「ダメとは言えねぇだろうが馬鹿!火力職お前だけなんだからよ」
琉希が吠える。ちゃーは頼むと小さくいい、大きく距離を取り両手のひらから特大の光の弾を産み出す。そしてそれを粘土を捏ねるように形をグニグニと変形させていく。
「長くは持たねぇからな!」
「持たせてみせるよ。僕か琉希のどっちかが即死しなきゃだけど」
と言い、明はより強く緑の光で琉希を包む。しかし、ものすごい勢いで体力が削られていく。何せ今のこのタイミング、攻撃の殆どを一人で捌かざるを得ない状況なのだ。それでも尚、
「戦士咆哮、戦士咆哮」
琉希は叫ぶ。後ろで自身を回復する明を守るため、離れたとは言え敵の目の前で無防備を晒し武器を研ぐちゃーを守るため。
そんな様子をコタロウは明の腕の中から見ていた。コタロウは発動した能力が強制中断された反動で、満足に能力は行使できない。そもそも、コタロウの能力は戦闘に向いたものではない。だから、腕の中でただ見ていた。
戦場の中で唯一冷静で、余裕のあったコタロウだけは見逃さなかった。
ちゃーの強化弾の合成が終わり戦線に復帰、耐えきったという安堵と勝てるかもという一縷の光明を見たその瞬間。一瞬、ほんの一瞬気が緩んだその一瞬に差し込まれた鋭い影の攻撃。攻撃はまっすぐ琉希のみぞおち辺りへ飛んできている。
琉希が気付く、けれどきっと避けれない。避けれても避けない。
「くっそ」
「終焉と終端無き迷宮」
コタロウは能力行使を敢行する。自らを起点にし、3人を包む最低限の空間を切り取り迷宮に隔離する。反動で正常に能力が機能しない状態での一か八かの能力行使。僅かコンマ数秒。
能力の維持に限界が来たコタロウは叫ぶように再び叫ぶ。
「迷宮を解放する赤い糸」
そしては空間から吐き出された瞬間、攻撃が現れた場所の僅か後ろを通過する。コタロウの前足の負傷が広がり、完全に右前脚が消失する。それでも、
「助かった」
致命に至る攻撃を回避する事に成功する。そして、間髪入れずに響くちゃーの声。
「セット 『 強化徹甲榴弾』 。いい加減ぶっ飛べーーー!!」
その掛け声とともに、子供の影の頭の数倍もあろうかという光の弾が容赦なく命中する。当たった瞬間に、今日1番の轟音と目を潰さんばかりの閃光そして爆風。とてつもない爆風に、4人は吹き飛ばされ各々壁際まで後退させられた。
「ままぁ〜」
黒い子供の影が相も変わらず、母を呼ぶ声が聞こえる。砂埃が晴れていく。そして見える黒い影。
「あれだけやってまだ……」
誰かがボソリと言う。
「どこぉ〜」
その瞬間、子供の影で出来た黒い身体に白いヒビが一線走る。そのヒビは、ピシピシとゆっくり全身に広がってゆく。
そして、ガラガラと音を立てて崩れて地面に転がった。
「勝った……?」
「終わったの?」
その間にも崩れた身体が更に細かく崩れ、砂のようになりそのまま跡形もなく消えていった。激しい破壊痕がなければ、あんな化け物が居たなんて微塵も思えないと思う程に綺麗さっぱり消えていった。
「死ぬかと思った。いや3回は死にかけたし、1回は確実に死んでた」
一番の功労者であろう琉希が、地面にへたりこんだまま言う。3人は、そのへたりこんで立てなくなった琉希の元へ集まりながら喋る。
「本当に琉希はかっこいいや。ほんとに頼もしかったよ」
明は、4人が集まった場所。モールのタイル2枚分の面積に緑の光る
エリアに持続回復の能力を使いながら言う。
「……結局力押ししか出来なかった。すまない琉希、明」
「力押しでも倒せたんだから無問題だ」
「それに、コタロウ。無茶するなは誰の言葉だったよ」
無くなった腕を隠すように、体の前に足を起きながらコタロウ答える。
「うるさいにゃん。巻き込んだ側がのうのう観戦してるだけなんて許されないにゃん」
「コタロウそんなこと思ってたの?」
意外そうな顔で聞き返した明に、しまったと言う顔をして口を噤むコタロウ。
そんな最中。カタカタと音を立てて、瓦礫やらコンクリート片やらがゆっくりと動き始めた。
動いてくっつく瓦礫や地面を這う瓦礫、宙に浮いていくコンクリート塊。止まった空間である虚構空間が、止まった時間であり続ける為の自己修復が始じまった。
4人は、大規模な破壊痕の自己修復をなにか話す訳でもなく、ボーと見ていた。ただ、これで戦闘痕も消え何も無かった事になる。
「……屋上に行かない」
ちゃーが提案した。4人はそのまま無言で屋上に出て沈まない夕日をじっと眺める。満身創痍の4人は、誰からともなくぽつりぽつりと喋り始める。
「一先ずここから出たら1週間くらいぐだっとしよう」
「それいいにゃん。せっかくならこの町の観光とかもしてみたいにゃん」
明の腕の中でコタロウはそう言う。流浪の旅をしていたようだから、1箇所に長く留まっては来なかったのかもしれない。
「観光かー。神社がぐらいなもんだぞ?」
「……それ以前に足。痛くない?」
「痛みはそもそも感じないし、足は寝たら治るにゃん」
コタロウは真面目な顔して言う。それには誰も突っ込まないが、もう終わった。誰もがそう思った瞬間、三度背中を伝う嫌な感覚。
「下だ!」
琉希が屋上のコンクリート壁から身を乗り出し、眼下の駐車場を覗き込む。そこには、先程見た黒い人型の影。遠くからははっきりと確認できないが、成人男性くらいの背丈に見える。
そして、もう一体。もう一体と駐車場にそこに元から居たかの様に姿を表す。人型の影はどんどんと姿を増やし、更に敷地の外にも現れ始めた。
「嘘だろ嘘だろ」
傷付き疲労しきった少年たちと足を1本失った白猫は、増え続ける影を上から見ることしか出来ず、ただ立ち尽くすのであった。




