白猫と連星
『 迷宮を解放する赤い糸』
空間が揺れ、階段の踊り場に人の姿が急に現れる。それに気付く者は一人もおらず、四人は何事も無かったかのようにモール内に戻る。
「あ、ぬいぐるみ」
ちゃーが足元で、手足がちぎれ無惨な事になったぬいぐるみを見つけ拾い上げる。
「空間移動に巻き込んじゃったにゃん。大事なものだっかにゃん」
「いや別に、巻き込まれたらひとたまりもないなと」
「巻き込まないにゃん」
少年たちの先頭を短い足でスタスタ歩きながらコタロウは答える。
「俺は信用しないからな。知り合いばっかに都合よく脳力だぁなんか知らねぇが、適正ある人間が固まっててたまるか。お前が裏で糸引いてる方がまだ納得がいくわ」
慎重派の琉希は吐き捨てるように言う。そのセリフにコタロウは少し悲しい顔をしながら答える。
「それは私も出来すぎてる、そう思うにゃん。そう思ってる事を信じてもらうしかないにゃん」
「けどさ琉希、先生役はいた方がいいって話で納得しただろ?」
しゅんとするコタロウを見兼ねたのか、明がそっと助け舟を出す。
「あぁ、けどそれはそれ。完全に信じきらないを俺の役割とするってだけ。お前らほっとくと考え無しに突っ込んでくからな」
「琉希お前いいやつにゃんね」
琉希はその発言に怪訝そうな表情になる。いつの間にか先頭になっていたちゃーはさりげなく全員をモール内の茶店に誘導する。会話相手も増えているので、前ほど周りを気にすること無く明は誘導され席につく。
「んで、君らも自分の脳力は使える様にしておいた方がいいにゃん。私を信用するにしろ、しないにしろ力は有るに越したことは無いにゃん。最悪、私と敵対する事になるかもしれないしにゃん」
「そういうのは黙っとくもんだぜ?」
この問答がバカバカしくなったのか、はぁと琉希はため息をつく。マイペースな男ちゃーはウェイターにクリームソーダとパンケーキを頼む。
「……甘いもの置いてきちゃったから」
クレーンゲームの景品を先程のドサクサで紛失したちゃーは糖分を欲しているようだ。
「そのくらいにしとけば?コタロウも全知全能という訳じゃないんだし、ある程度柔軟に対応してこうよ」
明は同じくウェイターに、カフェラテを頼みながら琉希言う。椅子にぐでっと腰掛けながら疲れた様子の琉希。
「もうそのつもりだよ」
「ごめんにゃん。私の事が見える人と関わるのが初めてだから、距離感とかそこら辺は多めに見て欲しいにゃん」
明はそっとグラスを一つ机の影の座面に起きながらコタロウに聞く。
「そもそもどのくらい放浪してたんだっけ? 昨日、出会う前は放浪してたのは聞いたけど」
「正確にはわかんないにゃん。けど十年行くか行かないかって具合だと思うにゃん」
人の喧騒に混ざること無く過ごした十年間。一人虚構空間を彷徨い続け、怪物と戦い続ける日々を想像したのか明の顔が歪む。
「けど別に孤独を感じたりはしてないにゃんよ?あるのは、漠然とした焦燥と不安だけにゃん」
「それはそれでなぁ」
「そんな話はどうでもいいにゃん。君ら2人にも、こうなった以上脳力に目覚めて貰うにゃん。未知数のリスクを孕んでる事には変わらないにゃんから」
「誰かさん見たいに迷い込む事も有るかも知れないって話だもんな」
琉希はニヤリと笑い肘で明を軽く小突く。
「次回以降はぜひ道連れにしてやっから、覚悟しとけよ」
「勘弁してくれ。にしても、正直悪い夢だと思うわ。人の思念が化け物になって、その上俺らはそれと戦わなくちゃならないだなんてな」
琉希は両手を揚げ、降参の意を示して言う。まるで、夏休みの終わり直前に、追加の宿題を言いつけられた時のような投げやり感と諦め感。
「言葉では理解できても、意味を上手く飲み込めないというか……理屈もなんとなくしっかりと腑に落ちてこないというか」
「いつもの事ながら理屈ぽいよね。見た目に似合わず」
「はいはい、褒め言葉として受け取っとくよ」
「……むふかしふかん」
届いたパンケーキを頬張りながらちゃーが会話に参戦しようとする。言葉は口の物が途中で詰まったのか中断される。
「空にしてから喋ったら?」
「琉希は難しい理屈こねようとしすぎ。要は能力に目覚める素質が俺らにはあって、目覚めたらアニメやゲームみたいな事が出来るってことでしょ?滾るよね」
「お前らしい捉え方だな」
俺には真似出来んと付け足し、琉希はグラスの中のジュースを飲みきる。注文が各々なくなりかけ、店を出る雰囲気に明は慌ててドリンクに手をつける。
「ガムシロいるか?」
琉希がガムシロのポーションを手に取り明に聞く。
「コーヒーは無理だけど、カフェオレだからガムシロなしで大丈夫」
「明もコーヒー苦手にゃん?私も苦手にゃん」
「苦手所の話じゃないだろ。猫にコーヒは」
すかさず琉希が突っ込む。
「じゃあ今世でコーヒーが苦手な僕の前世は猫だったんじゃないかな」
「なら明の前前前世はネズミにゃん」
「あれはラッドだからな?てか、以外に俗世の事に詳しいのな」
「有能な猫は現実の情報も逐次仕入れているにゃん」
なんて話していると、
「……またせた。行こう。お試し」
目を輝かせながら、とは言っても長年の付き合いである2人には読み取れる程度でちゃーは言う。
「ここも人が多いにゃん。直ぐに見つかるにゃん」
コタロウの案内でモール内を練り歩く。辺りを見渡し、消える瞬間を気取られぬよう四人は順に虚構空間に潜り込んでゆく。
「……ここか」
「さっきの踊り場とは大違いだ。あんまし現実世界と変わんねぇな。こんなもんなのか?」
琉希が明の腕の中のコタロウに問いかける。それに対してコタロウは軽く答える。
「さっき踊り場でも話したにゃんけど、現実のある一瞬を切り取って複製したのが虚構空間にゃん。様変わりしてたらそれこそ異変にゃん」
「だが、さっきの踊り場はそうじゃ無かっただろ?」
「あれは私の脳力で作った異空間。虚構空間とは別物にゃん」
階段の踊り場でコタロウが招き入れた空間の方が、要は異例であるとコタロウは言う。
「因みに、そんなありふれてんのか?化け物ないし虚構空間てのは」
コタロウは、琉希の当然な疑問に間髪入れずに答える。
「知覚出来る人からしたら珍しいものじゃないにゃん。人がいる所にはない方が珍しいレベルにゃん。まぁ知覚出来る人が三人も集ってる今、説得力はないにゃんけど」
やれやれと首を振るコタロウ。そのコタロウに今まで無言を貫いていたちゃーが質問を投げかける。
「……人が多ければ多いほど強くなるの?」
「半分正解で半分不正解にゃん。人が多ければ多いほど想像力の総量は大きい分強いにゃん。ただ、その分不定形で鈍重になるにゃん」
「じゃあやりやすいってことだな。でかいやつは」
そうだと肯定している様子のコタロウに僕は疑問を投げかける。
「つまり小型は強い訳だな?」
「……おそらくにゃん」
おそらく?首を捻る僕らの様子にコタロウは付け足す。
「直接相対して確かめた事がある訳じゃ無いからにゃん」
「それは何故だ?」
引っかかる所があったのか、琉希がすかさず問いかける。
「私がガス欠が早いのと火力不足なのが大きいにゃん。だから基本靄とは関わらない方針なのにゃん。あとちょっかいかけなければ、基本襲われはしないのもあるにゃん」
火力不足。黒い靄を空間ごと削り取る芸当をして見せるコタロウ。アレが火力不足なら何なんだと言いたげな表情をする明。そんな折、琉希が急に驚きの声をあげる。
「まじかぁ、アレ見せられた上まだ半信半疑だったけど、そうかぁ居るなぁ」
目線の先に黒い靄の怪物が現れた。怪物は僕らに気付いては居ないようで、動かずその場で静止している。
「ほんとだよね。今まで知らなかっただけで、ずっとこんなのが居続けて他の恐怖だよね」
「溢れてきたりせんのか?思念の供給は無尽蔵だろ?」
「そんな事は見たことも聞いた事もないにゃんね。少なくとも、あの怪物が現実世界に漏れ出してくる事にはならなそうにゃん」
コタロウはそう答える。三人も怪物が暴れたなんて話を聞いた事があるはずも無いので、その意見に同意する。
「にしても精巧だね、ココ」
とちゃーは現実のモールの内観をまるまるトレースした様なこの空間への感想を口に出す。1階から3階までをぶち抜いた巨大な吹き抜けに、エスカレーター。入っているテナントまでそっくりそのまま。
明もこんなに落ち着いて空間内をまじまじと見る事は無かったので、それに同意する。
住宅街より無音が有り得ないこの場所。それが無音で動きすらない。これを切り離された世界と言うのだろうか。
「ジオラマに迷い込んだみたいだ……」
ちゃーがボソリと呟く。決して大きな声ではなかったが、静寂の建物内は予想以上に音を響かせた。
「それな」
「まぁそんな事はどうでもいいから、さくさくお試ししてもらうにゃん。あ、明は怪我人が出るまでは見学にゃん」
驚きの余韻に浸る少年らには目もくれず、明の腕から飛び降りスタスタと奥に歩いていくコタロウ。
そんな事をお構い無しに、明の視界の端で、片腕を前に出した状態で立っていたちゃーは急に流暢に喋りだした。
「甘美なる雷の導よ 凝縮されし生命の輝きよ 黒から白へ変わりゆく双眸よ 始まりの剣客よ 我が名に従え 穿て光弾」
ちゃーは長々とした詠唱なのであろうか口上をスラスラと唱える。台詞が読まれる度に、テナント五件分先を揺蕩っている怪物の方に向けられた掌に白い光が集まっていく。
ちゃーの手の平に集まった光は徐々に形を変え、キューブ状になってゆく。そして、ほの長いセリフが終わるや否や、コタロウの背の上を幾数本の光の矢が通り過ぎる。
発射された光の弾は、目にも止まらぬ速さで黒毛玉の触腕の様な何かを消し飛ばす。光の弾と言うか矢は、尚も止まることなく黒毛玉背後のエレベーターを支える柱に大穴を開けた。
「にゃ!?」
驚きのあまりなのだろうか、コタロウが変な声で鳴く。
「……うん、上手くいった。イメージの世界って言うならね、出来たっておかしくないよね。アニメで見たあのシーンの再現度がね」
ちゃーはそれはそれは自慢げに言い放つ。
ちゃーの攻撃で体が穴だらけになった靄が蠢き、断末魔のような叫び声が響く。
「何してんだよ。こっちの心の準備も待たんかい」
「明は兎も角、琉希にそんなもん要らないでしょ」
初の実戦なんて関係ないと言わんばかりに、躊躇なくに痛烈な一撃を当たり前のように怪物に叩き込むちゃー。
「当たり前のように、初めてで能力使わないでくれない?僕結構苦労したんだけど?」
「初めてじゃないよ。さっきコタロウの能力?を見たじゃん。それに想像力が肝だって話もあったし」
「僕の立つ瀬は?」
「いつものことじゃん」
ノータイムで明を刺したちゃーに、明はお返しだと言わんばかりに肘で脇腹を突く。
そんな普段通りのやり取りに琉希は冷静を取り戻し、反面コタロウには口をあぐあぐとさせ驚きの表情を見せていた。
「なんで口上なんか」
「いや、想像力が肝なら詠唱はあった方がいいよねとはなるじゃん?特にアニメベースな訳だし?エイムはFPSで似たような事してたしまぁ出来るかなって」
いつものゆったりとした話ぶりは何処やら、早口になるちゃー。
彼が多弁になる時、それは何時だってゲームの時に限るのだ。つまり今ちゃーは、本気でゲームと同じ気分で楽しんで居るのだ。
同じ考えに至ったであろう琉希は先程と打って変わってドン引きの表情になっている。
そんなやり取りをしている間に、手負いの怪物は憎悪を声を上げながらこちらににじり寄って来ていた。
「どうすんだよこれ、ちゃー二発目打てんのか?」
「え?無理。詠唱の時間考えてよ。間に合う訳」
至近距離まで近付かれるに留まらず、怪物は大きな塊の影を4人の頭上の広範囲に広げていた。
「わー、いつの間に」
「琉希何とかなんない?」
「おい!無茶振りが過ぎるだろ!ただなぁ、こう言うの慣れっこなんだよなぁ。何秒だよ?」
琉希は半袖のシャツを肩まで捲り、ちゃーにとう。よく焼け、よく付いた筋肉が顔を覗かせる。
「20」
「上等」
琉希はそれだけ言うと、脚を開き腰を少し落とし怪物に向き直る。
ちゃーに身体を1部破壊された事で、苦悶と怨嗟の声を上げている怪物。
それは、自身に一撃を与えた敵を打ち倒さんとの思いが込められたの視線が目の前の琉希に向けられる。
その殺意に満ちた視線に怯むことなく琉希は続けて詠唱する。
「ちゃーに習うとするなら、そうだな。『堅牢たれ 堅固たれ 我が肉体よ。バカ2人を護る盾となれ』」
半身になり、総合格闘技の構えを取った琉希の体から半透明の赤いオーラが立ち上がる。と同時に、黒毛玉が頭上に持ち上げた黒い塊を琉希へと叩きつける。
ギィィーンと金属同士が擦れるような不快な轟音と同時に、琉希の身体が僅かに地面に沈む。
「思いのほか軽いんだなぁ!」
ギラついだ笑顔で琉希は吠える。
被弾前と変わらず赤く光るオーラで触腕は防がれ、1本たりとも体に触れていない。その光景は怪物側にしても予想外だったのか、動きが僅かに止まる。
「艶美なる雫の狂宴よ 抑圧する不可視の器よ 沸きたち泡を吐き音を立てる 崩れた平衡の熱と涼 我が敵を撃滅せよ 爆ぜろ光弾」
チャーがすかさず、叫ぶ。掲げられた腕の先からは、先程より大ぶりな光弾が発射される。
先程よりさらに素早く着弾したそれは、大爆発を起こし、琉希に叩きつけた塊の殆どを奪い取る。それに気圧されたのか、化け物は飛び退き、柱裏の射線外へ逃れていく。
「仕留め損なった?」
「黒き堕落をもたらす毒 母たる白き膠質 混濁の皚と玄 和らぐ苦痛と甘美たる余韻 混ざれ混ざれ混ざれ お前の死神は既に傍にあり 追尾せよ光弾」
ほぼ真上から打ち上げられた光弾は、頂点で物理法則を無視した軌道で曲がりで敵目掛けて飛んでゆく。そして壁裏の黒毛玉の頂点へ炸裂する。ぎゅえと声を上げ、黒毛玉は霧散する。
「ド派手にやりやがって」
赤いオーラを纏うのをやめた琉希が言う。
「出し入れ自由なんだそれ。てかダメージは?」
「構えを解いたら、消えてったよ。ダメージもほぼないと思うが?」
「けど、一応ね」
明はそういい琉希の胸に手のひらを当てる。すると手のひらから緑の光が溢れる。その光は広がり全身を淡い光で包む。
「ほんとだ。ダメージほぼないね」
「だから言ったろ」
「回復職なのか明は?いい役割だね。タンクとヒーラーがいるのは熱い」
まだ興奮冷めやらない様子のちゃーが言う。それは全員が全員同じ事を思ったであろう。
「バランスはいいわな。隙がない」
得心が言ったと琉希はつぶやく。
「ほんとにそうにゃん。役割分担が完璧すぎて怖いくらいにゃんよ。普通そんな事ならないと思うにゃんけど」
「ちゃーと琉希は幼馴染だからね。親和性ばっちりって事でしょ?ロールでキレーに別れてるのも含めて」
「そんな単純な話じゃないと思うにゃんけど……まぁ攻撃一辺倒とかになるよりマシってことで良しとするにゃん」
不承不承ながらもそういうもんとして受け入れようとしているコタロウ。
「ねぇ、コタロウ。この虚構空間での用は済んだんだよね?外出ちゃう?」
「急がなくてもいいと思うけど、現実世界への戻り方分かるようになったにゃん?」
明はこくりと頷く。辺りを見渡すと不自然ばかりな空間の中でも一際不自然さを感じる場所があるのを明は感じた。そしてそこが出口であるとも確信をした様である。
「あそこでしょ?」
「あーそう、察しの通り出口にゃん。成長が早いにゃんね」
「お陰様で両足ずっぷり浸かりましたけどね」
たしかにとコタロウは笑う。そして思い出したかのように言う。
「そうにゃん、慣れてきたら君ら3人セットでなら勝手に潜ってもいいにゃんよ。自衛力は必須だし、いい鍛錬になるにゃん」
「いやいや、最後まで面倒みろよ」
「いざと言う時の備えにゃん。しかも直ぐにって訳じゃ無いから安心するにゃん」
そしてそのまま、我先に虚構空間から抜け出していくコタロウ。それに続いて少年3人は若干の慌てて空間から抜け出した。
「……疲れた」
空間を出るなり、ちゃーが疲れたと言い出した。そう対して動いた訳でないがちゃー同様に僕も確かに疲労感を強く感じる。
「分かったかも。使ったのが想像力なんだから使えば使う分だけ脳が疲労するんだ」
「じゃあ普段頭使ってないやつが、1番疲れてるってことか?」
「自己申告?」
「俺沢山能力使いましたー。明は1回俺3回ー」
「あかん、こんなバカ話に突っ込んでられないくらい眠い。明、ちゃー今日はこのまま解散でいいよな?以降の話は後日、じゃあ」
「……うん、また」
「おっけー」
そんなやり取りの後2人は自宅へ帰る為、日の落ちきった町へと散って行った。そのふたりの姿が見えなくなり、明も帰宅のためにチャリ置き場へ向かう。
「あ、そうだ。コタロウお前も一緒に帰るよね?」
「もちろんにゃん」
コタロウは嬉しそうに、明の乗ってきたチャリのカゴの中に飛び乗るのであった。




