白猫と連星
『 迷宮を解放する赤い糸』
空間が揺れ、階段の踊り場に人の姿が急に現れる。それに気づくものは1人もおらず、4人は何事も無かったかのようにモール内に戻る。
「あ、ぬいぐるみ」
ちゃーが足元で無惨な事になったぬいぐるみを見つけ拾い上げる。
「空間移動に巻き込んじゃったにゃん。大事なものだっかにゃん」
「……いや別に、巻き込まれたらひとたまりもないなと」
「巻き込まないにゃん」
少年たちの先頭を短い足でスタスタ歩きながらコタロウは答える。
「俺は信用しないからな。そんな希少と宣う存在がこんなにポンポンと、それも知り合いばっかに居てたまるか」
慎重派の琉希は吐き捨てるように言う。そのセリフにコタロウは少し悲しい顔をしながら答える。
「それは私もそう思うにゃん。悲しい事にそれを信じてもらうしかないにゃん」
「けどさ琉希、先生役はいた方がいいって話だったろ?」
「あぁ、けどそれはそれ。完全に信じきらないを俺の役割とするってだけ。お前らほっとくと止まらないしな」
「琉希お前いいやつにゃんね」
琉希はその発言に怪訝そうな表情になる。いつの間にか先頭になっていたちゃーはさりげなく全員をモール内の茶店に誘導する。会話相手も増えているので、前ほど周りを気にすること無く明は誘導され席につく。
「で、君らも自分の脳力は把握しといた方がいいにゃん。私を信用するにしろ、しないにしろ力は要るにゃん。最悪私と敵対するかもしれないにゃん」
「そういうのは黙っとくもんだぜ?」
この問答がバカバカしくなったのか、はぁと琉希はため息をつく。マイペースな男ちゃーはウェイターにクリームソーダとパンケーキを頼む。
「……甘いもの置いてきちゃったから」
クレーンゲームの景品を先程のドサクサで紛失したちゃーは糖分を欲しているようだ。
「そのくらいにしとけば?全部コタロウも分かる訳じゃないんだし、ある程度柔軟に対応してこうよ」
明は同じくウェイターに、カフェラテを頼みながら琉希言う。椅子にぐでっと腰掛けながら疲れた様子の琉希。
「もうそのつもりだよ」
「ごめんにゃん。私の事が見える人がいるってこと初めての経験なのにゃん」
明はそっとグラスを一つ机の影の座面に起きながらコタロウに聞く。
「そもそもどのくらい放浪してたんだっけ? 出会う前は放浪してたのは聞いたけど」
「正確にはわかんないにゃん。けど十年に近いと思うにゃん」
「まぁ見えてもただの猫にしか見えんからな。明確に見える人間となると今回がってことだな?」
「……むふかしふかん」
届いたパンケーキを頬張りながらちゃーが会話に参戦しようとする。言葉は口の物が途中で詰まったのか中断される。
「空にしてから喋ったら?」
「……難しく考えすぎ。アニメやゲームみたいな事出来るってこと。滾る」
「まぁ廃ゲーマーのお前からすりゃそうだろがよ」
といいズゾゾと口に加えたストローで手を使わずジュースを飲みきる。注文が各々なくなりかけ、店を出る雰囲気に明は慌ててドリンクに手をつける。
「ガムシロいるか?」
「コーヒーは無理だけど、カフェオレなら行けるよ」
「明もコーヒー苦手にゃん?私も苦手にゃん」
「苦手というか毒だろ。お前には」
すかさず琉希が突っ込む。3人の中で1番頭の良い琉希はこんな所でも博識を発揮するらしい。
「じゃあ今世でコーヒーが苦手な僕の前世は猫だったんじゃないかな」
なんて話していると、
「……またせた。行こう。お試し」
目を輝かせながら、とは言っても長年の付き合いである2人には読み取れる程度でちゃーは言う。
「ここも人が多いにゃん。直ぐに見つかるにゃん」
コタロウの案内でモール内を練り歩く。辺りを見渡し、消える瞬間を気取られぬよう4人は順に虚構空間に潜り込んでゆく。
「……ここか」
「さっきとは大違いだ。あんまし変わんねぇな。こんなもんなのか?」
琉希が腕の中のコタロウに問いかける。それに対してコタロウは軽く答える。
「様変わりしてたらそれこそ異変にゃん」
「因みに、そんなありふれてんのか?化け物のいる虚構空間てのは」
「知覚出来る人からしたら珍しいものじゃないにゃん。人がいる所にはない方が珍しいレベルにゃん。まぁ誰かさんみたいに素で迷い込むのは流石に稀だけどにゃん」
にまぁと笑いこちらの顔を見てくるコタロウを抱えあげ、軽いデコピンをする。
「……人が多ければ多いほど強くなるの?」
「!半分正解で半分不正解にゃん。人が多ければ多いほど想像力の総量は大きい分強いにゃん。ただ、その分不定形なで鈍重になるにゃん」
「じゃあやりやすいってことだな。でかいやつは」
そうだと肯定している様子のコタロウに僕は疑問を投げかける。
「つまり小型は強い訳だな?」
「……おそらくにゃん」
おそらく?首を捻る僕らの様子にコタロウは付け足す。
「遠目で見かけた事は2、3回あるにゃん。けどそれも相対した訳じゃないにゃん」
「それは何故だ?」
引っかかる所があったのか、琉希がすかさず問いかける。
「私がガス欠が早いのと火力不足なのが大きいにゃんね。だから基本靄とは関わらない方針なのにゃん」
ガス欠と火力不足か。そういえば出会った時もかなり追い詰められていたっけと過去を思い返していると琉希が急に大声で叫んだ。
「すげぇな、半信半疑だったが確かに居やがる」
目線の先に黒い靄の怪物が居た。怪物は僕らに気付いては居ないようで、動かずその場で静止している。
「にしても精巧だね」
直札まじまじと見るのは明も数える程しかなかったのでそう言葉が漏れる。
無音で静止したこの場所、切り離された世界と言うのだろうか。これはまるで、
「ジオラマに迷い込んだみたいだ……」
「……言い得て妙」
「まぁそんな事はどうでもいいから、さくさく狩ってもらうにゃん。あ、明は見学にゃん」
驚きの余韻に浸る少年らには目もくれず、明の腕から飛び降りスタスタと奥に歩いていくコタロウ。
「穿て光弾」
そんな言葉が言われるが否や、コタロウの背の上を幾数本の光の矢が通り過ぎる。
ちゃーが腕をバッと黒毛玉の方へ向け叫んだ結果のようだ。
さらに発射された白く光る野球ボール大の六面体が手の平の先に現れる。それも間髪入れず黒毛玉へ撃ち込んだ。
光の弾は黒毛玉の触腕の様な何かを消し飛ばし、それで止まることなく黒毛玉背後の家屋の壁に大穴を開けた。
「にゃ!?」
「……うん、上手く言った」
うねうねと穴だらけになった靄が動き、断末魔のような叫び声が響く。
「おい、チャーなんだそれは」
初実戦、初顔合わせで間髪入れず黒毛玉に痛烈な一撃を当たり前のように加えてみせるちゃーに明は驚く。他の2人の顔を見ると、琉希は状況が飲み込めないのか唖然とし、小太郎には口をあぐあぐとさせ驚きの表情を見せていた。
「…それ?あぁ想像力が肝なら詠唱はあった方がいいよね。FPSで似たような事してたしまぁ出来るかなって、詠唱はさすがにオリジナルだけど」
いつものテンポの遅い会話は何処やら。かなりの早口になるちゃーに素直に引く明。
彼が多弁になる時、それは何時だってゲームの時に限るのだ。つまり今ちゃーは、本気でゲームと同じ気分で楽しんで居るのだ。
同じ考えに至ったであろう琉希は先程と打って変わってドン引きの表情になっている。
しかし、即応というか思考の瞬発力が高い琉希は直ぐに表情を引き締めると言った。
「お前らが恐れ知らずにポンポン突っ込んでくから仕事が増えんだよ。いつもの事だから、後始末してやるよ。手な訳で俺がお前らの盾だ。おいバケモン『こっち向け』」
チャーに身体を1部破壊された事で、苦悶と怨嗟の声を上げ一撃を与えた敵を打ち倒さんとギラギラした目つきになった黒毛玉の視線がチャーから急に琉希に向けられる。その殺意に満ちた視線に怯むことなく琉希は続けて詠唱する。
『堅固たれ、堅牢たれ おのが肉体よ』
半身になり、総合格闘技の構えを取った琉希の体から半透明の赤いオーラが立ち上がる。と同時に、黒毛玉が5本の触腕を同時に龍樹へと走らせる。ギィィーンと金属同士が擦れるような不快な轟音と同時に、龍樹の身体が僅かに後ろに滑る。
「思いのほか軽いんだなぁ!」
ギラついだ笑顔で琉希は吠える。
被弾前と変わらず赤く光るオーラで触腕は防がれ、1本たりとも体に触れていない。その光景は黒毛玉側にしても予想外だったのか、動きが僅かに止まる。
「途切れれなき光弾よ眼前の敵を穿て」
チャーがすかさず、叫ぶ。掲げられた腕の先からは、先程よりは小さいが光弾がマシンガンのようなペースで発射される。それに対し、黒毛玉側はゆらりと体を躱し1本分触腕を犠牲にしながら、射線外へ逃れた。
「仕留め損なった?」
「まだだよ!曲がりそして穿て光弾!」
ほぼ真上から打ち上げられた光弾は、頂点で物理法則を無視した曲がり方で飛んでゆく。そして壁裏の黒毛玉の頂点へ炸裂する。ぎゅえと声を上げ、黒毛玉は霧散する。
「ド派手にやりやがって」
赤いオーラを纏うのをやめた琉希が言う。
「おつかれ。ダメージは?」
「ほぼないと思うが、お前の能力は?」
「まぁまぁ」
明はそういい琉希の胸に手のひらを当てる。すると手のひらから緑の光が溢れる。その光は広がり全身を淡い光で包む。
「ほんとだ。ダメージほぼないね」
「回復職なのか明は?いい役割だね。タンクとヒーラーがいるのは熱い」
まだ興奮冷めやらない様子のちゃーが言う。それは全員が全員同じ事を思ったであろう。
「なるほどだから見学だったんだな」
「そうにゃん。それにしてもぶっつけ本番でよくやったにゃん。上出来すぎて怖いくらいにゃんよ」
「仕組んでないし、ずっと仲良く育ってきてるからその分こっちも相性いいみたいな感じじゃない?」
「そんな単純な話じゃないと思うにゃんけど……まぁ攻撃一辺倒とかになるよりマシってことで良しとするにゃん」
不承不承ながらもそういうもんとして受け入れようとしている小太郎。
「ねぇ、コタロウ。この虚構空間での用は済んだんだよね?外出ちゃう?」
「急がなくてもいいと思うけど、出方分かるようになったにゃん?」
明はこくりと頷く。辺りを見渡すと不自然ばかりな空間の中でも一際不自然さを感じる場所があるのを明は感じた。そしてそこが出口であるとも確信をした様である。
「あそこでしょ?」
「あーそう、察しの通り出口にゃん。成長が早いにゃんね」
「お陰様で両足ずっぷり浸かりましたけどね」
たしかにとコタロウは笑う。そして思い出したかのように言う。
「そうにゃん、君ら3人セットでならそこらの黒毛玉なんかには遅れとらないだろうから勝手に潜ってもいいにゃんよ。自衛力は必須だし、いい鍛錬になるにゃん」
そしてそのまま、我先に虚構空間から抜け出していくコタロウ。それに続いて少年3人は若干の慌てて空間から抜け出した。
「……疲れた」
空間を出るなり、チャーが疲れたと言い出した。そう対して動いた訳でないがチャー同様に僕も確かに疲労感を強く感じる。
「使ったのが想像力なんだから使えば使う分だけ脳が疲労するんだ。だから今日は早めに寝るといいよ2人とも」
「それこの間私が言ったセリフにゃん」
「いや、後出しで言ってきたからノーカンだよ」
「あかん、こんなバカ話に突っ込んでられないくらい眠い。明、ちゃー今日はこのまま解散でいいよな?以降の話は後日、じゃあ」
「……うん、また」
「おっけー」
そんなやり取りの後2人は自宅へ帰る為、日の落ちきった町へと散って行った。そのふたりの姿が見えなくなり、明も帰宅のためにチャリ置き場へ向かう。
「あ、そうだ。コタロウお前も一緒に帰るよね?」
「もちろんにゃん」
コタロウは嬉しそうに、明乗ってきたチャリのカゴの中に飛び乗るのであった。




