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エスクリプト 〜空想と欲望の果てにみる夜明け〜  作者: 音沙汰無し
孤軍の灰と白黒の双星

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幕間3

 白く外壁に、空を削るという表現が似合うほどにそびえる巨塔。その一室を少年は訪れていた。

 度重なる増改築を繰り返した弊害なのか歪に膨れ上がった巨塔は、その内に溜め込んだ富を象徴するかのようであった。

 複雑に拡張された弊害か日当たりが悪く、昼間であるのに薄暗いそんな場所も一つや二つではない。


 辺鄙なゆえに誰も通らない廊下を少年は自身の足音だけで埋めながら進んでゆく。初めての人が迷い込めば、小一時間は迷子のままになるであろう道なりを迷いない足取りで進む。そして突き当りの扉を少年は押し開ける。その瞬間、埃臭い乾いた空気が薄暗い廊下に顔を出した。


「羊さーん、私が来たよー」


 少年は入口で中へ声をかける。消して狭くない部屋であるのにも関わらず、大量の紙と本そしてガラクタで足の踏み場もない部屋の奥から声が聞こえる。


「ああ、こくか……すまないが声を」


 ヒビの入った丸眼鏡と乱れた髪と無精ひげ、それに薄汚れた白衣。だらしないの権化のような姿男が頭を押さえながら這い出してくる。


「また二日酔い?定期健診を受けに来たんだけど?」


 少年はその光景を見慣れているのか、とんだ惨状にも関わらずそれには特に触れることなく少年は部屋の中へ。そして、慣れた手つきでシンクの横に逆さに置かれたビーカーの中で一番大きなものに、水道水を注ぎながら言う。


「毎度言ってるが」


「検診とリハビリを行ってる体裁がとれりゃあいい、だから律儀に顔出す必要なんか無いだろ?でしょ。分かったから、ほら飲んで」


 少年は、男のセリフを先読みし、制す。そして、並々に水が注がれたビーカーを男へと差し出す。男は素直に受け取り、もの凄い勢いでビーカーを空にする。


「毎度思うけど、医者とは到底思えないよね。どんだけ飲んだの?酒臭いよ」


「覚えてない。えーと」


 といい、地面に転がった酒瓶を数え始める。そこには色んな銘柄のウィスキーの瓶やらブランデーの瓶がが転がっていた。それも計四本。


「一晩で平らげたとか言わないよね?」


「いや、それで合ってる」


 度数が四十程ある蒸留酒が四本。摂取アルコール量は致死量の域である。ドン引きの様子の少年は、羊という男に言う。


「私が言うまでもないと思うけど、許容量を超えたら如何なるものも例外なく毒だからね?」


 羊は机にぐたっと突っ伏す。うず高く積まれた書類にの影に隠れる様な形になる。羊はその体勢のまま腕をのばし、山と同化したガラクタの中から小さな瓶を取り出す。そしてその便の中の錠剤を飲み込んでから言う。


「もちろん理解している。まぁ在り方ってやつだ。変えられん」


「心配してるんですよ?頻繁に顔出すくらいには」


「あんがと。しかしなぁ、めんどくはないか?遠いだろここ」


 学校帰りにここに寄る少年の通う高校とこの病院の距離を思い浮かべたのか男は言う。事実、バスと電車を乗り継がなくては着かないここはかなり遠い。


「困るんですよ、カウンセリング役を変えられるの。傷を傷のままでいいとほっておく医者は稀ですから」


 そういいながら少年は、比較的物の少ない机に近寄る。そしてそのの上に乱雑に積まれた書類や本の山を腕で押しのけ、ちょっとしたスペースを確保する。


「あん?俺を仕事のしねぇくそ医者っていいてえぇのか」


 水を注ぎ直したビーカーの水を飲み干しながら羊と呼ばれた男は声を上げる。声は怒気を孕むものの、目が口元が笑いを殺しきれていない。少年を試しているのだろう。


「まさか。感謝してるんですよむしろ。」


「そんなんになってもか?」


 男は少年の正面に周り込み、少年をじっと見つめる。少年は合点がいった様子で頷き答えた。


「こんなんになってもです。ある種の決意表明みたいなもんなんですよ。今の私を語るには欠かせないモノですから……」


 はぁーんと適当な相槌をうつ羊。その様子に苦笑いを浮かべる少年。まぁ自分でも変な意地だとは理解してるんですけどねと少年は自称気味に言う。


「なぁ羊さん、話は変わるけど忘却は救いだというじゃないか?」


「うん?あぁ太宰の言だったね」


「しかし別の人は許しだという。感じ方は違えど、忘れる事は好転であるという筋は共通している訳だ」


「あぁ?それで」


「でも私は思うんだ。そんなハズないと」


 思い詰めた様子で言う少年に、男はやれやれと言った表情でため息をつく。


「こく、お前の内情はよく知らねぇ。聞かねぇし、話したくも無いだろうからな?ただな、それが自傷と変わらないとなれば俺は」


「わかってる。医者として止めさせるだろ?変なとこで医者に戻るんだから」


「そうだ。まぁ俺は変に諦めて忘れちまうよか、足掻き苦悩し立ち向かうなんてのは大好物だからな。お前さんには期待してんのよ」


 ポンポンと肩を叩き、男は部屋の奥の方へ歩いていく。


「てな訳で、てきとー気が済んだらてきとーに帰ってけよー。俺はこれからこないだ出さなきゃならんかった書類を探さなきゃなんねぇ」


 そうぼやき、健康サンダルをパタパタと鳴らしながら部屋中の書類の山をガサゴソと漁り始める。少年はまたかと呆れた顔をしたものの、机に向かい鞄から出したノートにペンを走らせるのであった。


 そんな様子を書類を探す手を止めて、眺めていた羊は呟く。


「忘れたくない物もあるだろうが、俺に言わせちゃあ忘却は間違いなく救いだよ」


 昨夜の自身のやけ酒の事を思い出したながら羊は呟く。その言葉は少年の耳には届かず、ガラクタと書類の山の隙間に吸い込まれてゆく。

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