不測と新手
大人達はよく言う。不測の事態への備えをと、そんなものできて当然だと、さも当たり前のように講釈垂れる。然しながら、予測の範疇にないものへ備えるなぞ、そもそも無理筋である。逆に想定出来るモノに対して、原因療法でなく対症療法を選ぶ時点でそれは怠慢である。
つまるところ、不測の事態に備えようなど無いし、仮に備えれたとてどうしようもならないのが常なのである。
要は、夏休み明けのホームルーム開始までを駄弁りながら、ゲームをしながら過ごしていた三人にとっても同様の事であるということである。
冬の水たまりに張った薄い氷を踏み割った時に聞こえる軽い破壊音に似た異音の連続。
そして、その異変に対して答えを見出せぬままに三人は虚構空間に飲み込まれていた。先ほどと景色はまるで変わらないのに、先程までの喧騒はなくぞっとする程の静寂である。喧噪の元であった、クラスメイトや教師。それらが刹那のうちに、風に吹かれた灰のように消えてなくなった。
そればかりか、朝日の差し込む明るい教室に慣れた眼という事を差し引いても教室は暗く、その落差がこの場の不気味さをより加速させている。
視線の先の教室の壁掛け時計は、3時過ぎを指し示し、窓の外は巨大な満月が顔を覗かせている。
「虚構空間だよね」
男子制服を着ていなければ女子と勘違いされてもおかしくない程に華奢で、幼さの抜けない顔立ちの少年。明が同じく能力に目覚め、同時に巻き込まれた二人に問う。
ボクサー顔負けの筋肉とサーファー顔負けの褐色肌の少年、琉希はあたりを見渡しながら答える。その表情と声色は彼の驚きが以下に大きいかを表している。
「あぁ、それは間違いない。だが、学校に虚構空間なぞ存在しなかった筈だぞ?」
と彼がいうのも、能力に目覚めてからのこの半月で数多くの黒い靄や黒い影を倒しているからである。その間で向上した能力並びに感知力はコタロウ程ではないにしろ、虚構空間の有無や黒い怪物を察知するには十分すぎるほどであるのだ。虚構空間のサイズ感のズレはあれど、あるもの無いと見落としたり等する筈はなかった。
「三人とも大間抜けかましたって線は?」
先ほどまで興じていたゲーム機をしまい、ヘッドフォンを首にかけながらメガネで高身長な少年がおどけて言う。
「初めから無いと分かってていうなよ。悪い癖だよちゃー、こんな非常事態に」
メガネの少年は肩をすくめていう。
「バレた?けどまぁ非常こそ努めて平生にって訳で、小粋なジョークが必要かなって」
「冷静には大全盛だが、如何せんこの状況はまずい」
「どのくらい?」
「明に寄せて言うならば、目隠しで十七歩ゲームをするくらいかな?」
三人は意図せぬうちに、あるはずのない虚構空間へ迷い込んでしまっているのである。今のところ危険はないように思えるが、いつもと違うは明確に脅威である。それを三人は夏のモールで思い知っている。加えて、自分達より虚構空間に詳しいであろうコタロウも別の異変を見に行っている為近くに居ない。
「そりゃやばいね。それに僕らが気づかないなら兎も角、コタが気付かないなんてもっと考えにくいよね?」
「……コタが黙っていた線?」
和真が口元に手を当てながら真剣な目つきで琉希達に問う。
「正直そうであった方が何倍もマシだなぁー」
琉希は椅子を後ろに傾けバンザイのような態勢で体を伸ばして言う。そして、姿勢を戻し真面目な顔で続ける。
「もしあえて隠してたってなら、有り得そうなパターンは二つ。一つ、これはくそありがたいパターン。あえて明言する程の場所じゃない。二つ、これはまぁまぁ面倒くさいかつ、精神的にきついパターン。コタが俺らを害する目的の謀の一環。このどっちかだ」
「……前者は無理筋。巻き込まれるまで認識出来てないタイプの虚構空間が明言する程じゃない?しかもモール並みのサイズ間で?高く見積もりすぎ」
「けどさ、後者も考えにくいよ?害するつもりならもっと早くやってるでしょ。僕らのレベルアップに付き合う必要もないし、コタが今いないのは僕らが異変の調査お願いしたからな訳だしさ」
二人は口々に琉希の考えれる二つの理由を否定する。その発言を聞きながら琉希は相槌をうつ。
「あぁ、それについて俺も同意見だ。つまりだ、考えうる限り一番ヤバくて面倒なパターンって訳だ」
琉希はそこまで言うと一拍置きこう続けた。
「要するに、ここはあのコタすら認識出来ない程に異質な空間であるって事だ」
「……方針は最短脱出であってる? いまいち出口が分からないけれど」
琉希の言葉を先回りして和真が聞く。それに琉希は肯定する様に頷く。
「てことは探索するしか無いのかぁ。ただ待つのよりは可能性あるもんね。けどやだなぁ」
明がぼやく。二人はまぁまぁとなだめながら話を続ける。
「あとは、現実世界の私達がどういう扱いになってるか?」
「それだな」
これまでの虚構空間は全て入っている間に時間は経過していた。だからこそ、出入り時に人に見られぬ様に気を配りながら行き来していたのだ。しかし、今回は白昼堂々。複数の目がある教室の中での拉致に近い形での虚構空間への突入である。
「確かにね。急に三人が消えて大騒ぎってパターンもあるのか」
「あるね」
「当然の疑問だが、考えた所で分からん。しかも身の安全上一旦無視していい疑問だ」
琉希はその疑問をバッサリと切り捨てる。
「まぁそれはそうだね」
「……ひとまず探索する?」
和真は薄明かりの教室をへ視線を送り、胸元に入っていたスマホ取り出し振ってみせる。
「……スマホのライトで明かりは補える」
「そうするか、ただライト代わりに使用するのは一つにするぞ。任せたちゃー」
「なんで?」
「お前のスマホやたらハイエンドだろ?」
そう言われた和真は、思い出したかの様に相槌をうち自身のスマホのライトを点灯させて、一度辺りを素早く照らして何事も無いことを確認し、最終的にスマホを琉希に手渡す。
「……先頭は琉希」
そう言われ、スマホを差し出された琉希は一瞬考えた後、あぁ合点がいったとスマホを受け取り先頭を歩く。続いて、顎で先にいけという仕草をされた明が続く。
三人はゆっくりと、警戒しながら歩いていく。十メートル、二十メートルと進む。何も異変はない。動くものも音もしない。
段々ここ、さては何も無い空間なのか?とういう思考が頭の中に芽生え始めた三十メートル。
進行方向先、廊下に教室からふらっと影が躍り出る。それを見つけた琉希がスマホの明かりを高く掲げる。急に現れた動いた影はその光に照らされ、鮮明な姿を三人の目に晒す。
「人?」
それは見る限り完全な人であるように見えた。モールで見た人の様な影ではない。その人、女は三人の高校の制服を来ている。
「だね。制服の色的に2年生だね。僕達と同類かな?」
明は、自身と同じような経緯でこの空間に巻き込まれた仲間の可能性を提示する。
「だったら後でコタを締めなきゃなんねぇが、おーいそこの娘大丈夫か?」
目の前の女の先輩はくるりと90度回転し、三人と正面で向かい合う形になる。三人は息を飲む。確かに振り向いた女は、確かに化け物の様な容姿、風貌ではなかった。むしろ、かわいいという言葉の方が似合うような、そういった部類の顔である。
しかし、そんな彼女に似つかわしくない装備品が幾つか付属していた。頬から眉までを覆う飾り気のない黒い目隠しと金属光沢のある少々オーバーサイズにも見える口枷。それに加えて無骨な、分厚い金属製の首輪を身につけていた。
現れた時は気が付かなかったが、ゆっくりと徘徊するように移動する際、足元から小さく鎖が音を立てている。
「なんだあのフェチックな衣装は!!」
琉希が驚きの声を上げる。揺れる光の反射で各種拘束からの光の反射が廊下を斑に照らす。
「色んな理由でアレと対峙する勇気はないよ?僕には」
「なんでギャグボールかっこ金属製なんだ?」
「絶対今そこじゃないから!ちゃー」
その間もゆっくりと女は三人の方へ歩いている。その足取りは確かなもではなく、一歩進む度に上半身は大きく揺れる。そのせいかガチャガチャと金属同士がぶつかる音が鳴っている。
「お前ら、アレ人だと思うか?」
「猫には見えない思うけどね?耄碌した?」
琉希の小声での問いかけに、そう答える明。
「要はあの子はタチってことか」
ちょける和真。
琉希はそれに対し、てめぇらふざけるなよとでも言いたげな目で後ろを一瞥して言う。
「おーけー、聞き直す。あれは毛玉共と同種のバケモンだと思うか?」
「思うね。人過ぎるけど」
「そりゃ。感じてるのが全てでしょ」
「だよなぁ、よし。やり過ごそう」
琉希はそういうと、そそくさと近くの教室の中まで忍び足で移動し机の下に身を隠す。
「まぁ、襲われてない仮想敵に前のめりエンカしなくてもいいもんな」
「確かに?前提ここ危険度高いわけだしね」
そういうと二人はそれに習うように、壁と床の角そこに埋まり込むかの様に体を寄せじっと女が通り過ぎるのを待つ。
女の歩みは緩慢で不規則であり、ただでさえ過ぎるのが遅く感じる時間を更に引き伸ばす。傍から見れば滑稽な様子であるが、その甲斐あってか女は三人に気付く事なく通り過ぎ去った。
「……見つからなかったか、だが見れば見るほど人だな」
琉希は難しい顔でつぶやく。
「趣味は見れば見るほど人じゃないけどね」
「人型に会った時ほどの圧は感じなかった」
寝ころんでいたり屈んでいたりしていた和真と明が服のホコリを払う動作をしながら話し出す。もちろんホコリなど付く筈などないもだが、、、
「それは同意見だが……」
「分かってるよ、琉希。ここで不用意に戦闘を仕掛けるほど、頭足りてない訳じゃないよ」
「いや、そこじゃない。それもだが……彼女何処かで」
琉希は記憶を思い返しているだろうか、こめかみを指でとんとんと叩く。
「多分だけど俺の部活の先輩だと思う。二年の安達百合香、所属はテーブルゲーム部。目元が隠れてるから絶対とは言わないけど、十中八九」
ボソリと和真が、琉希の記憶が掘り起こさられるのを待たず先程の女の正体を告げる。
「なるほど、制服の時点で可能性はあったが……そうか」
「あの人しか居ないってのは楽観過ぎるよね?琉希」
「ほぼ学校全域って規模だからなぁ。俺逆境だ、燃えるぜってタイプじゃないんだけどな」
琉希が頭をガシガシと乱暴に掻きながら言う。確かにその通りだなと思ったのか明があははと苦笑いをする。
「兎も角戦うことにならなくてよかった」
和真は胸の中の息を吐きだしながら、胸の内を吐露する。それを聞いた琉希は、戦いたくないといった和真の意見に同意する。
「そうだな。靄より人型の影の方が強かったんだ。人物が特定出来る程の奴が弱いはずないからな」
「琉希に彼女ができない理由がよくわかるよ。太宰とか読んだ方がいいよ」
「よく分からん。話を戻すが彼女は俺らと同じ見えるタイプではない、空間の怪物であると断定していいと思う。だが、まぁ違和感はある。わかりやすいところから行くなら挙動と外見」
「恰好的にも操られてるという方がしっくりくるね。正直、自分の意思で動いてる感じではなかったね、歩き方。いまもほら、廊下の突き当りで引き返して来たっぽいよ、彼女」
廊下を先ほどとは逆方向に鎖の音を響かせながら歩く彼女を顎で示しながら明は言う。
「先輩にそんな趣味があるとは聞いたことないけど、先輩に秘めた強い想像力があってアレが誕生した線は?」
「思念が形を持つと言うなら、純な強力な思念の形の先がアレってのは違和感はないが、」
そこまで口に出した瞬間、明が叩くような勢いで琉希の口を押える。驚きの声を出そうとする琉希に明は首を振り琉希の後ろを指を指す。
琉希は明が指さした方向へそっと視線をやると、数メートル程先の教室の入り口から人影がある。無音の校舎に先ほどより大きな金属音が響く。そして、さらに一歩、窓から指していた月明かりがその何者かの姿を照らし上げる。
そこには同じ制服を着た男子生徒、先程の女性とと同じように歩くたびにガチャガチャと耳障りな金属音を響かせている。
先程と違うのは拘束の場所であろうか、廊下の窓からさす月明かりが金属パーツを強調する。女生徒に着けられていたものより更に分厚く、サイズの大きい口枷と首輪それに加え、手枷。抜け落ちない程度に余裕を持たせた枷が体が動くたびに揺れ、ぶつかり、こすれる。
「コンセプトは同じか……だが、拘束の種類が違う。目隠しもして?されて?いないようだな」
「一応しゃがんで見る?」
明が先程、徘徊する女生徒をやり過ごした方法を提案する。琉希はその提案に賛同しつつも、素直な所感を告げる。
「してみてもいいが、俺の気の所為じゃないなら目が合った気がしたぞ?」
「奇遇だね、琉希。僕もだよ」
先程までフラフラとした歩調に合わせて揺れていた顔が三人の方を向き静止している。なんなら歩きすらもやめて三人の方をじっと見ているように見える。然しもの明も、この状況で見つかってないとは思わないようである。
「逃げるぞ」
琉希のその一言を引き金に三人は、空いたままの教室の後ろ側の入り口へ向かって脱兎のごとく逃げ始める。静止していた男子生徒はそれに追跡する様に、向かう方に立ち止まったまま顔を向ける。
そして、前傾姿勢になり、一歩を踏み出す。ここ十数分の間に聞きなれてしまった金属音、今までで一番大きい金属音。男子生徒の太ももが一瞬膨張したように見えた。その瞬間、振り絞った矢が放たれた時のような爆発的な加速で3人に迫る。
「まじ!?はやいって」
「まじか!ちゃー」
「吹っ飛べ 『爆発弾』」
その爆発的加速を持って削られる距離、それに危機感を覚え和真が攻撃を選択する。刹那の間に練り上げられた光の弾は迫る男子生徒の鼻先に命中、大爆発を起こす。力に目覚めてからのすべての戦闘でダメージソースを引き受けてきた男の繰り出した攻撃の爆発力は凄まじいものであった。
爆発は廊下の壁と教室の壁を吹き飛ばし大穴を開け、爆風は三人を十数メートル吹き飛ばす。
ちらりと琉希の方へ目線を明はやるが、琉希は首を小さく横に振る。あの数瞬の間に能力を展開し被弾を避けたらしい。
「ちょっとやりすぎじゃない?」
壁から床、天井を吹き飛ばし、ド派手な吹き抜けになった廊下を見た明が、自身と和真に回復をかけながら言う。緑の光を受けて、舞い上がっていた粉塵に反射し三人の視界を邪魔する。
「んな訳あるか!アレを考えたら足りんぐらいだ。距離がなかったからな、ダメージ出せる程高威力じゃねぇわ」
その言葉を裏付ける様に、土埃で見てくれが汚れた以上にダメージのない男子生徒が大穴の反対側の瓦礫の中から這い出ようとしている。そこに和真が間髪入れずに、三発程攻撃を撃ち込む。初撃と違ってある程度ダメージがあったのか、動きが鈍る。
「琉希、ちょうどいい大穴ができた。1階に降りないか?」
正面で瓦礫の中で藻掻く敵の目の前をすり抜けるのはリスクが高いし、背後に退こうにもこの階を徘徊する女子生徒がいる。下の階に敵が居ないとも限らないが、
「あぁそれで行こう。最悪窓から脱出も出来る」
「2階からでも死ななきゃ治せるよ?」
「余計なリスク負わんでいいわ」
そういうと琉希が大穴へ飛び込む。不安定な足場だったのが、ガラガラと瓦礫が崩れる音をさせたものの無傷で着地する。
「大丈夫、近くに敵はいない。うけとめてやろうか?王子様みたいにな」
琉希はニヤリと笑い両手を大きく広げ二階から覗き込む二人に問う。
「まかせた!!」
同年代より小柄で、中性的な出で立ちの明は飛び降りながら、片足を突き出し琉希に迫る。
「ちょ、おま」
琉希はライダーキックのような態勢で飛び降りてくる明を見て慌てた声を出しながら、体をひねる。その結果バランスを崩した琉希は瓦礫の山から滑り落ち、受け止め先がなくなった明は瓦礫の山の中に突っ込んでいった。
「うけとめろよ!」
「ばかか、プロレスラーじゃねぇんだ」
「何やってんのさ、こんな時に」
軽い足取りで瓦礫の山に着地した和真は、無様な態勢を晒す二人に呆れ声で問う。和真は、埃を払いながら起き上がる二人を確認すると、天井の大穴を見上げる。
大穴は既に自己修復を初めていた、穴から見える二階部分の壁は既に壁としての機能を果たせる程になっている。和真の足元の破片もグラグラと動き、浮遊し始める。
和真は、慌てることなく元からの一回の床へ降り立ち言う。
「これきもいよな」
和真の目線の先にはソーセージ程の太さの針金が飛び出した、人の背丈ほどのコンクリート塊がゆっくりと宙に浮き、元あった場所であろう場所へ戻ろうと動いている。
「同意」
「理性がね、拒むよね」
「この仕様のお陰でアレから逃げきれた訳だから感謝だけどね。で、どうする?一階から順に探索する?」
「そうするしかないな。出口なり、主を倒す以外の脱出方法を知らないしな我々」
「アレ程度なら三人でしっかり戦えば負けはしないよね?」
先ほど、奇襲に近い形でエンカウントした男子生徒。意図しない形での威力偵察に近いことが出来た明は、所感を二人に共有をする。
「アレくらいなら、正面から戦えば危なげ自体はないなぁ。けど、アレ主じゃないんだよなぁ」
「大体主の方が強かったからな。基本は脱出口探す路線で行こう。あればだけど」
「あー、そうだった」
普通ではない虚構空間であったことを、思い出した明がため息をつきながら肩を落とす。
「お二人さんの後ろ方向から二名の拘束生徒達がきてるよ」
「冗談だろ?」
「それならばどれ程良かったでしょう」
「……ウェッ」
「言うてる場合か、二体は見れん。めいいっぱい退くぞ」
琉希は小ボケる危機感のない二人にツッコむ。二人も心得ているのか和真を先頭に廊下を逆方向に走り出す。琉希も後ろを向き二体から目線を逸らさずに跳ねるようにして明、和真に続く。
校舎の端には階段がある、上階に行ったっていいし別棟に続く廊下へ進んだって良い。
「上は……やめとこうか、北棟に」
二階のフロアでエンカウントし、二体以上の敵がいることが確定している二階へは近寄らない判断をしたであろう和真がそう言う。
「だね、そもそもまだ見てないところの方が優先度高いしね」
「距離とれたし、ぼちぼち走らなくていくね。不意エンカ怖いし」
三人は足を止め、あたりを見渡す。幸いにも自分たち以外に動くものの影は見えない。
「そうだね、にしても北棟の一階なんか怒られるとき以外で来ないから変な感じ」
「お前らはそうだろうな、問題児どもめ」
「ん?琉希は違うの」
「俺は生徒会があるからな。北棟一階なんだよ生徒会室」
「あーね、んでどこなんよ」
「どこ?あぁ、ここ」
琉希が指を指すのは北棟の東端の一部屋、要はすぐ隣。琉希が指さす先を見た明が、顎に手を当て普段よりも低いトーンで言う。
「妙だな?」
「言いたいだけだろ」
「いやガチで」
「何がだよ」
「教室はともかく、生徒会室の扉が夜間しまってないのは変じゃない?」
琉希は、そう言われ半開きになっている生徒会室の扉をまじまじと見つめる。廊下の窓から見えるのは星空であり、各部屋に取り付けられた壁掛け時計は深夜を指し示している。
「確かにな、貴重品に該当するモノは特に置いては無かったはずだが、鍵どころか扉を開いたままでかえっていい程何も無い訳じゃない」
そういい琉希は分厚い胸板をその半開きの扉の隙間へねじ込ませ、滑り込まして中へ入っていく。それを見た二人も後に続いて中へないって行く。
小柄な明と筋肉のついていない和真では、扉の隙間に苦労することが出来ずあっさりと中へと入れてしまう。
生徒会室の中は毛網のあるカーペットが引かれ、ちょっとした応接間のようなレイアウトになっている。北側の窓にはこれまでの生徒たちがとってきたのであろうトロフィーや盾が並び、南側の窓からは南棟をすり抜けてきた糸のような月の光が射していた。
「異変はないな?」
「まぁ、そのタイミングに人が居ても虚構空間では再現されないからね~」
「だが人に踏まれ形を変えたカーペット、それは再現されるはずだ」
「まじかお前」
そんなわずかなへこみを探しそうな琉希のセリフに和真がドン引きといった表情で言う。好きにさせとけばいいんじゃなーいとソファへ飛び込む明。
「あ」
人一人が練れそうなほどに大きく、やわらかそうなソファは飛び込んだ明を優しく受け止めない。明は飛び込んだ拍子に腰を殴打したのかうめき声をあげながらのたうち回る。
薄暗い生徒会室で和真はやれやれと首を振り、琉希は宙を見たまま頭を抱えるのであった。




