077 犠牲
夕方になって、キャロルが迎えに来てくれた。
「リリー、居る?」
「キャロル」
キャロルが傘を持ってる。
「雨が降って来たから、迎えに来たの。もう少しかかりそう?」
「大丈夫。ちょっと待ってて」
もう作業は終わっていて、細かい仕上げやヒルトの装飾について話し合ってたところだ。
エイダはサンドリヨンとして帰るふりをした後、顕現を解いて私の傍に居る。
片付けを済ませて、職人さんたちに挨拶をして、荷物を持ってキャロルの方へ。
「お待たせ。迎えに来てくれて、ありがとう」
「ふふふ。真っ黒ね」
「えっ?あ……」
確かに、結構、汚れちゃったかもしれない。
「ちょっと待ちな」
振り返ると、アラシッドさんが私の方に来た。
「忘れ物だぜ」
エイダが仕上げてくれた短剣。ちゃんとヒルトも付いてるし、ベルト付きの鞘に入ってる。
「貰って良いんですか?」
「あぁ。持って行きな」
「ありがとうございます」
右はエルに買ってもらったのを付けてるから、左から抜くように付けようかな。
左側で抜けるようにベルトを調整して付ける。それから、短剣のグリップを握って、鞘から抜いて構える。
「すごく持ちやすいです」
「そいつは良かった」
「リリー、かっこいいわ」
「ありがとう」
エイダの精霊玉が付いた短剣。すごく手に馴染む良い剣だ。
短剣を鞘に納めて、工房の中を見る。
「今日は、ありがとうございました。明日も、よろしくお願いします」
「あぁ。体に気を付けてな」
「はい」
もう一度、頭を下げてから、キャロルと一緒に外に出る。
……雨。
バンクスに行った時を思い出すような、長く静かに降り続く雨が降っている。
「ただいま」
「ただいま」
家に帰ると、エルとルイス、イリスが店に居た。
「おかえり」
『おかえり、リリー』
「おかえり。キャロル、リリー」
「お店、閉めて良い?」
「あぁ」
お客さんは居ない。
もう店じまいの時間だ。
「これは?」
お店の真ん中に、大きな箱が置いてある。
『リリーの鎧だよ』
「え?」
『中身は確認済み。一式、綺麗に揃ってたよ』
「どうして……」
私の鎧が、ここに?
「グラン・リューが冒険者に頼んで届けさせたんだ。これが手紙」
これ……。ソニアから?
「この鎧、二階のリリーの部屋に運べるか?」
「私の部屋?」
「キャロルが掃除してくれただろ?」
「あ……。うん。大丈夫」
何もない空っぽの部屋。
「物置の椅子、持っていって良い?」
「椅子?」
「鎧を着る時に使うから」
「あぁ。良いよ」
鎧の箱に付いているショルダーストラップを引っ張って、リュックのように箱を背負う。
たぶん、持ち運びしやすいように箱を作ってくれたんだよね。ソニアが。
「じゃあ、置いてくるね」
『あ、待ってよ、リリー』
エイダが私に手を振って離れて、イリスが着いて来た。
廊下を通って、階段を登る。
「これって、ソニアが私に送ってくれたんだよね」
『そうだね』
「鎧を盗んだのは、ソニアだったのかな」
『違うと思うよ。きっと、城の連中が盗んだのをソニアが取り返してくれたんだよ』
「そうだよね」
城下町でエルと私を追いかけてたのも、雪山で攻撃してきたのも、テオドールのはず。
ソニアじゃない。
物置の隣の部屋を開く。
……暗い。
イリスが居ないと何も見えない。
部屋の隅に鎧を置いて、物置から丸椅子を運ぶ。これがあれば一人でも鎧が着られそうだ。
『鎧を使うことなんて、もうないんじゃないの?』
「旅に出るなら、持って行くよ」
『今までだって必要なかったじゃないか。戦いに行くわけでもないのに、邪魔なだけだろ』
確かに、グラシアルからここまでの旅で必要と感じたことはない。
けど、いつでも着られるように手入れは必要だ。
「イリス、もうちょっと傍に来て」
『こんな暗がりで手紙を読む気?』
「うん」
封を切って、手紙を開く。
リリーシア様へ
お手紙、ありがとうございます。
グラン・リュー様より、確かに受け取りました。
しかし、この方法も今では危険が伴います。リリーシア様の動向について、詳細を知りたい者が多いのです。
どうか、手紙をお送りになる際は、個人的なことをあまりお書きにならないよう、また、メルリシア様に宛てたもののみになさいますよう、お願い申し上げます。
ご出発の折より、何度も出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございません。
鎧は、お返し致します。
どうか、お幸せに。
ソニア
「ソニア……」
『ソニアは、リリーがエルと一緒に居ること、認めてくれたんだね』
「うん」
ありがとう。ソニア。
でも……。
「私の動向を知りたい人が多いって、どういうことかな」
『そんなの、リリーを帰還させたい奴らに決まってるだろ』
そうだけど。
「ソニア、大丈夫かな」
『リリーの居場所を黙っててくれてるみたいだよね』
私の我儘のせいで、悪いことが起こるかもしれない人が居る。
イリスは私を守る義務から解放されない。
ソニアも私を庇う為に……。
それに、誰かが女王になることに変わりはないんだ。姉妹の誰かが女王に選ばれ、そして、二度とあの部屋から出て来られなくなる。
「私……。本当に、帰らなくて良いのかな」
『何言ってるんだよ。エルと一緒に居るって決めたんだろ?』
わかってる。
それでも……。
「皆を助ける方法って、ないのかな」
『皆って?』
「お城の皆も、精霊も、全部、自由にする方法」
『まさか、女王が居なくなれば良いって言ってる?』
絶大な魔力でグラシアルを支え続けている初代女王。
彼女が、ずっとグラシアルに恩恵を与え続け、グラシアルを守ってることに変わりはない。女王のおかげで、どれだけグラシアルが豊かになることができたか。それは、私が小さい頃からずっと学んで来たことだ。
でも。
「誰かを犠牲にしなきゃ成り立たない国なんて、間違ってる。初代女王だって、犠牲者の一人だよ。誰もあそこに女王が居るなんて知らない。もう忘れ去られてるのに、今でもずっと国中に魔力を注ぎ続けてる。もう、終わりにした方が良いんだよ」
『リリーは、グラシアルの歴史を否定する気?』
「否定なんかしないよ。でも、グラシアルは、女王が居ないと成り立たない国じゃないと思う」
『居なくても良いってこと?』
「うん」
大丈夫。
「イリスも見たでしょ?山の中では山の中の暮らしがあって、大都市では大都市の暮らしがあった。皆、そこで、自分たちの生き方をしていた。問題もたくさんあるけど、人間って、どこでも生きていけるんだよ。もう、あの国に女王は要らない。誰かに守られなくても大丈夫」
今の時代を生きる私たちは、雪と氷に覆われたグラシアルの寒い時代を知らない。
それが、どれだけ恐ろしい時代だったか知らない。
それでも。
もう一度、そんな時代になってしまったとしても、昔よりも自然に打ち勝つ方法を作って、今居る場所で生きていけると思う。
『本当に、女王に逆らうんだ』
女王に逆らう。
「エルは、そのつもりだから。私も一緒に戦うって決めたから」
大切な人を守りたい。
大切な人を自由にしたい。
それが、生まれ育った故郷を壊すことになったとしても。
※
「ただいま」
夕飯の後、部屋に戻ると、薄暗い部屋でエルがワインを飲んでいた。
「エル」
エルの傍に行くと、エルが驚いたように顔を上げた。
「リリー。……おかえり」
「ただいま」
私が来たことに気付いてなかったらしい。
「大丈夫?」
隣に座って、エルの頬に触れる。
部屋が暗いせいか、顔色が悪く見える。
「傍に居て」
もたれかかってきたエルの肩を抱く。
どうしたんだろう。調子が悪そう。
静かな部屋に雨の音が響く。
雨、まだ降ってるんだ。
そういえば、バンクスでも、ディラッシュの港でも雨が降ってた。そして、エルは一人でワインを飲んでたっけ。
何かあるのかな。
「リリー。セルメアに行こう」
「もう旅に出るの?」
「あぁ。ディーリシアの居場所がわかったんだ。一緒に会いに行こう」
行くんだ。南に。
「少し考えさせてもらっても良い?」
「何を?」
「セルメアに行くかどうか」
まだ、結論を出せてない。
「会いたくないのか?」
「会いたいよ。でも……」
ポラリスに言われたことが気になる。
エルと離れたくないし、イーシャにも会いたい。
でも、何も失いたくない。
エルが私を抱きしめる。
「一緒に行こう。離れたくない。どんなことからも守るから。……お願い」
エルは何があっても私を守るつもりだ。
……そっか。そうなんだ。わかった。予言の意味が。
「ごめんなさい。やっぱり、エルとは行けない」
「なんで?」
「理由は言えない」
予言の話はできない。
「旅をするのが嫌なのか?」
「嫌なわけじゃないよ」
「なら、時期をずらすか?」
それも、だめ。
予言で言われた南がセルメアを指してるなら、いつ行っても結果は同じだ。
エルの紅の瞳を見つめる。
「一緒には行けない」
エルは必ずセルメアに行く。
でも、私は一緒に行ってはいけない。
これが予言の意味だ。
「レイピアは、いつ完成する?」
「たぶん、明日には」
後は、刀身を磨いてヒルトを完成させるだけだから。
「三日後。ベリエの二十日に出発する」
三日後?
思わず、エルの体を掴む。
そんなにすぐ……?
「一緒に行こう」
行きたい。
でも、だめだ。
「リリー。賭けをしよう」
「賭け?」
「明後日、俺と勝負してくれ」
「勝負?何をするの?」
「決闘」
エルと私が、決闘?
「三番隊に頼んで、演習用の武器を借りられるようにしておく。俺が勝ったら、どんな理由があろうとセルメアに一緒に行ってもらう。……リリーが勝ったら、好きにして良いよ」
つまり、私が勝てば納得してくれるってこと?
「勝利条件は?」
「相手に一撃でも攻撃を当てること」
エルに攻撃を当てる。
それは、今の私の目標でもある。
「怪我をしない?」
「演習用の武器なら刃も落とされてるし、大した怪我にはならない」
いくら刃が落とされてるからって、鈍器で殴られたら痛いに決まってる。
……そもそも、今のままじゃ当てられる気がしないけど。
「使う武器は?」
「好きな武器を選んで良いよ」
「大剣でも良いの?」
「もちろん」
つまり、エルと本気の勝負が出来る。
「わかった。受けるよ」
勝てるかどうかなんて、全然、わからない。
でも、勝たなきゃ自分の意志を示すことは出来ない。
エルが私の胸に顔を付ける。
「俺が嫌いになった?」
「そんなわけない。好きだよ。離れたくなんかない。でも……」
一緒には行けない。
「理由は話せないのか?」
「今は……」
言えない。けど、帰ってきた時には話せるかもしれない。
エルの頭を撫でる。
「ワイン、いっぱい飲んだの?」
いつもより甘えてる感じがするのは、酔ってるから?
「すごく美味しいよ。ありがとう」
そっか。このワイン、私があげたものだったんだ。
顔を上げたエルが私にキスをする。
いつもと違う。
「雨だと、調子が悪い?」
なんだか苦しそうだ。
「雨は、嫌いなんだ」
嫌い?
じゃあ、雨を感じなければ大丈夫?
エルの耳を塞いで、キスをする。
こうすればもう雨音は聞こえないから大丈夫。
もっと触れて。
雨のせいか、いつもよりお互いが濡れてる気がする。しっとりと貼りつくような感触。
ずっと、いつもと違う。いつもより言葉が少なくて、苦しそうで。どこか、怖がってるような……。もしかしたら、エルは雨が嫌いじゃなくて、雨が怖いのかもしれない。
キスの後で目を開いたエルが、私を見つめる。
燃えるような赤。
「綺麗な紅」
私の好きな色。目が合う度に特別だって感じる瞳。
エルが私の首に触れる。
「いつか、噛むかもしれない」
「良いよ」
エルなら、噛んでも。
首にキスをしたエルの頭を撫でる。
「あんまり痛くしないでね」
「怖くないのか?」
「怖くないよ。だって、エルだから」
「俺だから?」
「うん。エルだから、大丈夫」
それに、怖がってるのはエルの方だ。
「痛くするかも」
「してみて」
「途中で止められない」
「大丈夫」
もっと、教えて。
「止めて。拒否して。リリーが傷つくことなんてしたくない」
怖がらないで。
「大丈夫だよ」
我慢しないで。
だって、私はエルじゃないとだめ。
エルが人間でも、吸血鬼でも、精霊でも、関係ない。
大丈夫。
「一人じゃないから」
もっと、エルを教えて。
「愛してる」
離れたくない。
「愛してる」
重ね合えば重ね合うほど更に情熱的に愛し合いたいって。
もっと、甘えて。
エルの気が済むまで。
ずっと、こうしていて。
ずっと、離さないで。




