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076 剣の神の祝福

 エイダも居るし、一人で帰れるって断ったのだけど。

「君の安全を保証すると約束したからね。確実に家まで送るよ」

 結局、家まで送って貰ってしまった。

「エルに会って行かないんですか?」

「この前、会ったからね。それに、私と会ったことは内緒にしておいた方が良いだろう」

 盗賊ギルドに行ったことがばれちゃうから?

『リリー。中に入りましょう』

 アレクさんも、私が家に入るまで見送るらしい。

 皇太子なのに。

「今日は、ありがとうございました」

「私も楽しかったよ」

 微笑んだアレクさんに頭を下げてから、家の中に入る。

 

「おかえり、リリーシア」

「ただいま、ルイス」

 あぁ、疲れた……。

「大丈夫?」

「え?」

「大変だった?」

 大変っていうか……。

 アレクさんと会ったことは内緒だ。

「大丈夫」

 切り替えなきゃ。

 それに、体は疲れてない。

「元気だったら、エルの様子を見てきてくれない?カミーユと実験中に倒れたらしいから」

「えっ?」

『倒れた?』

 そんな……。

「驚かせてごめん。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

「でも、」

「たまに、二人で難しい実験をやってるんだ。今回は少し失敗したらしくて、エルが研究室で休んでる」

「倒れたのはエルだけ?カミーユさんは?」

「カミーユは、もう帰ったよ。少し寝れば良くなるって言ってたから、そろそろ起きるんじゃないかな」

「お医者さんを呼ばなくて大丈夫?」

 ルイスが笑う。

「たぶん、王都で一番の医者はカミーユだよ」

「そうなの?」

「カミーユは、卒業後に研究所で薬学の専門チームを立ち上げて室長をやってるんだ。去年、王都で蔓延した流行病の特効薬を作ったのもカミーユなんだよ」

「そんなにすごい人だったんだ」

「だから、カミーユが心配要らないって言うなら大丈夫だよ」

 だと、良いけど。

「見てくる」

 

 家の中に入って、研究室へ。

「エル」

『おかえり、リリー』

「イリス、エルは大丈夫?」

『大丈夫じゃない?』

『大丈夫よぉ』

 良かった。ユールが言うなら、大丈夫だ。

 ソファーで眠ってるエルの傍に行く。

 少し汗をかいてる。置いてあったタオルで、エルの汗を拭う。

「ベッドに運んだ方が良い?」

『そぉねぇ。そろそろ起こしてみたらぁ?』

 起こして良いのかな。

「エル。起きて」

 エルの体を小さく揺する。

「ん……」

 反応がある。

「エル。……大丈夫?起きられる?」

 エルの瞳が、ゆっくり開く。

「リリー?」

「エル」

 目を覚ましてくれた。

 でも、まだぼんやりしてる。

「調子はどう?何かして欲しいことある?」

「……膝枕」

「え?」

 膝枕?

 ソファーに座って、エルの頭を膝に乗せる。

「これで良い?」

「ん……」

 良いみたいだ。

 目を閉じたエルの頭を撫でる。

 甘えられたの、初めてかも。

 膝枕が好きなのかな。エルって、たまに、すごく子供っぽいところがあるよね。

 ノックがあって、扉が開く。

「リリー、おかえりなさい」

「キャロル。ただいま」

「エルの様子はどう?」

 具合は悪くなさそうだよね。起こせばちゃんと起きてくれそうだ。

「もうすぐ起きると思う」

「じゃあ、お昼の準備しちゃうわね」

「うん」

 キャロルが手を振って部屋を出る。

 実験の失敗って、何があったのかな。部屋の様子はいつも通りで、何かが壊れた様子もない。薬品の香りもいつも通りで、部屋はとても静かだ。

 もしかして、単に疲れてるだけ?

 エルって今、どれぐらいのことを並行してやってるんだろう。

 目を開いたエルが、私の頬に触れる。

「おかえり」

「ただいま」

 起きた?

「キスして」

 エルの唇にキスをすると、引き寄せられた。……薬っぽい少し苦い味がする。

 この薬は、失敗した薬の味?それとも、治療の薬の味?

「午後も鍛冶屋に行くのか?」

「えっ?……うん」

 午前中、どこに居たかは言えない。

「じゃあ、キャロルが呼びに来るまで、こうしてて」

「うん」

 もう一度、目を閉じたエルの頭を撫でる。

 エルは、イーシャがセルメアに居ることを知ってる。そして、セルメアに行く準備をしてる。キャロルが言ってた通り、薬品の発注は、その為なんだ。

 準備が整ったら旅に出るって言うのかな。

 セルメアがあるのは、ここから南。

 私は……。

 もう、エルと離れることなんて考えたくない。

 けど……。

 

 ※

 

 午後。

 イリスをエルにお願いして、エイダと一緒にアラシッドさんの工房へ行こうとして……。

 途中で、子供たちに会った。

「リリー、元気になったの?」

 皆が心配してたって、エルが言ってたっけ。

「もう大丈夫」

「良い匂いがする」

「お菓子持ってる?」

 ばれちゃった。

 工房の職人さんに渡そうと思ってたけど、子供たちにあげよう。

「サブレだよ。皆で食べて」

「やったぁ」

「ありがとう」

 早速、子供達が食べてる。

 サクサク生地のはエルが気に入ってたから、持ってきたのは、しっとり生地のだけだ。

「うまっ」

「おいしー」

「ねぇ、いつ結婚するの?」

「えっ?」

 結婚?

「お花、いつでも用意出来るんだから」

「お花?」

「リリーはよその国から来たから知らないんだろ」

「じゃあ、結婚まで秘密だねー」

「いっぱい用意しておくね」

 お花を?

「あの、私、結婚なんて……」

「しないの?」

「あいつ、まだ、プロポーズもしてないのか」

 プロポーズっ?

「一緒に暮らしてるのに?」

「きせいじじつだね」

「どういう意味?」

「もう結婚してるのと同じってこと」

「じゃあ、後は式を挙げるだけだな」

 待って。

 どうして、そうなるの。

「ごちそうさま!」

「またねー」

 子供たちが走っていく。

 どうしよう。

 横でエイダが笑ってる。

『既成事実ですか。面白いですね』

「エイダまで。酷いよ」

『嫌なんですか?』

「そうじゃなくって……」

 エルは、そんなこと考える暇はないと思う。

 

 ※

 

 エイダと一緒に鍛冶屋へ。

 今日は顕現しないらしい。

「こんにちは」

「おう。来たか。調子は良くなったのか?」

「はい。元気になりました」

 午前中に来られなかった分、頑張らなくちゃ。

「早速だが、エルロックから注文が来てる」

「注文?」

「重心をもっと剣先寄りにして欲しいそうだ」

「えっ?もっと?」

「あぁ。シルバーの試作品を持った時に話してたぜ」

 エル、このレイピアを持ってくれたんだ。

 シルバーで作った試作品のレイピアは、完成品の重さをイメージして作ったものだ。ここから重心をずらすってことは……。振った時の遠心力が足りないってこと?

 どうしようかな。今から合金のバランスを組み直すのは難しいから、叩く工程で出来る限り修正するしかない。

「出来そうか?」

「やってみます」

「重心の位置は、ヒルトの重さでも調整可能な範囲だ。あまり無理して直す必要はない」

「はい」

 やってみよう。

 それから……。

「あの、お願いがあって」

 リュヌリアンを出す。

「剣の手入れをお願い出来ますか?ダイヤの砥石で研いだ粉をヒルトの材料に混ぜたいんです」

 月の石とダイヤは相性の良い素材だ。

「良く、あれがダイヤの砥石だって気付いたな」

「師匠も色んな砥石を使ってたので」

 ここには、目の粗さの違う砥石がいくつも置いてある。ダイヤの砥石ならきっと……。

「再利用出来る切粉がどれだけできるかわからんが。やってやろう」

「お願いします」

「じゃあ、嬢ちゃんのサポートは任せたぞ」

「はい」

「はい」

 これからが、本番。

「よろしくお願いします」

 

 ※

 

 私は、赤い色が好きなのかもしれない。

 熱せられた鉱物が放つ色。

 炎を上げていないのに、燃え上がるような煌めき。

 これは、鉱物本来が持つ力そのもので、魂の色だ。

 

 そもそも、魂とは。

 創世の物語の中で語られる原初の存在だ。

 

 この世界は、根源の神、オーが、境界の神にして剣の神であるリンによって切り裂かれて生まれた。

 リンはオーを何度も切り裂き、そこから世界と数多の神が生まれたのだ。

 最初に生まれたのが、生まれ続ける神と死に続ける神。

 二つの神の存在によって時間という概念が巡り、生と死が確立された。

 生まれ続ける神のいる場所が、私たちの居る世界。そして、死に続ける神のいる世界が、死者の世界だ。

 このはじまりの神を筆頭に、広がり続ける神と吸収し続ける神、運動する神と停止する神、温度を上げる神と温度を下げる神、溶ける神と固まる神が生まれた。この神々から、あらゆる精霊が生まれたと言われている。

 やがて、命を作る植物と、命を食べる動物が生まれ、命を繋ぐ男性と、命を育む女性が生まれる。

 だから、生きているものすべてに、根源の神・オーの欠片である魂が宿っている。

 

 ただし、あらゆる魂は必ず二つで一つの形をとる。つまり、私たちの魂はもちろん、あらゆるものに宿る魂は常に不完全で、欠けている。

 故に、魂は常に片割れを求め続けている。

 

 けれど、世界は二つが一つにならないよう常に引き離している。

 

 あらゆるものの魂の片割れは死者の世界に置かれているのだ。

 この世界で死んだ魂は、片割れを求めて死者の世界へ流れていくように出来ている。

 そして、死んだ魂が死者の世界の片割れと一つにならないよう、死者の世界に居た片割れは、こちらの世界で生まれる。

 二つの魂が、決して一つにならないように。

 

 何故なら、二つの魂が一つになってしまうと、魂は完全な姿を取り戻す。

 完全となった魂は、根源の神・オーへと還るのだ。

 

 いずれ帰る場所。

 それは、世界の終りであり、始まり。

 

 

「できた」

 まだ磨いてないとはいえ、なんて美しい剣なんだろう。

「リリー。……あなた、天才だわ」

 誰も、このレイピアが七層もの、プラチナと星屑の合金で作られているなんて思わないだろう。

「サンドリヨン?」

「いつの間に来てたんだ?」

 職人さんたちが驚いてる。

「ごめんなさいね。皆が、あまりにも集中していたものだから」

 本当だ。

 いつの間に、顕現してたんだろう。

「リリー。喉は乾いてない?」

「平気。このまま、余った材料で短剣を作るね」

「まだ続けるのか?」

「すごく調子が良いから」

 余った同じ素材で、短剣を打つ。

 

 剣は、剣として生まれた瞬間からリンの祝福を受ける。

 あらゆるものを斬る為に生まれる存在。

 根源の神・オーを斬り裂いたように、あらゆるものを傷つける存在。

 そして、持ち主を守るもの。

 

「うん……。良い感じ」

 これも、上手くいった。

 エルとお揃いの剣だ。

「少し休憩にするか」

「あ、ルミエールの剣、見てきて良いですか?」

「はい」

 職人さんたちが、向こうに行く。

「素敵な剣ね。これにも名前があるの?」

「えっ?」

「あの大剣の名前は、あなたが付けたんでしょう?」

 リュヌリアンのこと?

 横に置いてあるレイピアを見る。

 まだ磨いてないのに、内側から強い輝きを感じる剣だ。

―イリデッセンス。

 あぁ、エル。

 それって、すごく良い。

「イリデッセンス」

 七色の輝きを秘めた剣。

「素敵ね」

 まさに、このレイピアに相応しい名前だ。

 手元の短剣を見る。

「だったら、こっちはカーネリアンかな」

「カーネリアンは、赤い宝石だったかしら」

「うん」

 エルがイリデッセンスを持つなら、私はカーネリアンが良い。

「リリー、口を開けて」

 エイダに言われるまま、口を開く。

「甘い」

 ドロップ?

「甘いもの、好きでしょう?」

「ありがとう」

 舌の上で、丸いドロップを転がす。

 イチゴ味だ。美味しい。

「その短剣、借りても良い?」

「うん」

 エイダが炉の方に行く。

 炎が揺らめく。

 何をしてるんだろう?まさか、鍛冶?

 炎の精霊は鍛冶の神さまみたいなものだ。レイピアと短剣が上手く作れたのは、剣を打つ時の熱が完璧だったのもある。ここまで上手くいったのは、エイダがずっと手伝ってくれたからかもしれない。

 

 エイダが戻って来た。

「はい、どうぞ」

 受け取った短剣の刃には、赤い石が埋め込まれている。独特の揺らぎを持つこれは……。

「この短剣には、赤い石が必要でしょう?」

 エイダがウインクする。

「どうして……」

「尊敬と信頼の証よ」

 精霊玉。

 そう簡単に作ることも、もらうこともできないものだ。

 嬉しい……。

「ありがとう。大切にする」

 

 

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