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バカばかり

 ウルスからの伝言はアウラに伝えられ、ルゼを始めとするケテルの、そして他種族の要人たちが集められる。ただ、トラックはこの場に呼ばれていなかった。一時間後にはアディシェスの総攻撃が始まる。降伏するなら今、このタイミングしかない。


「降伏を、受け入れなさいますか?」


 あえてルゼが現実を言葉にする。


「もう奇跡は起こらぬでしょう。兵は疲労の極みにあり、戦いの継続は不可能に近い。超次元要塞のエネルギーチャージも見通しが立たぬ。このまま戦えば、ケテルはただ蹂躙されて終わる」


 アウラは静かにルゼを見つめた。


「他種族の方々はどうなる。我らの降伏が受け入れられたとして、クリフォトが他種族の降伏までを受け入れるとは限らぬ。アディシェス伯にその意志がなくとも、クリフォト自体が種族浄化を掲げる以上、他種族の皆様にとって降伏は滅亡と変わらぬ」


 エルフの女王が口を開く。


「我らへの気遣いは不要だ。ケテルが降伏を選択するのであれば、我らは『妖精の道』を開いて『真緑の樹』へと帰還する。ドワーフ、ゴブリンも同じであろう?」


 水を向けられたドワーフの王がうなずきを返し、ガートンパパは顔をしかめた。


「ごぶごぶ」

「獣人の皆様はどうか、とおっしゃっています」


 先生の通訳を受け、レアンパパが覚悟を決めたように表情を引き締める。


「我ら獣人は妖精界を離れて久しい。もはや故郷は現世の森であり、ケテルが陥ちればほどなくクリフォトに蹂躙されよう。我らはケテルと運命を共にする」

「いかなる苦難の時も猫人はケテルの傍らにあると誓った。それは今も変わらぬ」


 猫人の長老が達観した様子で言った。この戦に参加した時点で、すでにこの結末を想定していたのかもしれない。


「貴女の想いのままにあれ。アウラ陛下」


 ドワーフの王が重々しく告げる。それは誰もあなたを責めないという宣言であり、同時にすべての決断の責任をアウラに預ける残酷な宣告でもあった。アウラは目を閉じ、大きく息を吸って、目を開き、深く息を吐く。顔を上げ、皆を見渡し、アウラははっきりと言った。


「私が一人でアディシェス伯の許に参ります。他種族の皆様は撤退の準備をお願いいたします」


 エルフの女王が厳しい目をアウラに向ける。


「気遣いは無用と申し上げたはず。もはや貴女一人が犠牲になればよい状況ではないぞ」


 アウラは毅然として首を横に振った。


「最も犠牲の少ない方法を選んだまで。感傷ではございません」


 これだけの戦でありながら、まだ敵も味方も誰ひとり死んでいない。死者を一人にするだけでこの戦を終わらせることができるなら、犠牲に対する効果は最大に近い。だがそれは、『誰も死なせない』ために戦ってきたトラック達の労苦をすべて無駄にする決断でもある。ケテルは真の意味で負ける。思想的に、精神的に、完全に敗北するのだ。


「……意地を張って、なんとかやってきたというのにな」


 レアンパパが苦笑いと共に言った。そう、意地だ。誰も死なない、死なせない戦争などという、有り得ない妄想を信じて、意地だけで戦ってきた。この決断は夢の終わり、そして当たり前の現実への帰還でもある。戦争では人が死ぬのだ。例外は存在しない。


「申し訳ございません」


 アウラは皆に頭を下げる。ガートンパパが「ごぶ」と答え、皆は同調するようにうなずく。


「百年前の再現、とはいかなんだことが、心残りよ」


 ドワーフの王が遠くを見つめる。百年前、このケテルの地に三人の英雄が集い、種族間で行われていた血みどろの争いに終止符を打った。そのときと同じように、いや、その時に生まれた夢を咲かせるために、皆は戦ったのだ。『共存』という、美しい夢を。


「本当に、よいのだな?」


 エルフの女王がゆっくりと、はっきりと確認する。アウラは顔を上げ、うなずいた。


「あいわかっ――」


――わぁぁーーーッ


 重苦しい雰囲気を断ち切るように、外から歓声が聞こえる。軽く眉を顰め、ルゼが「何事だ?」と窓に目を向けた。コメルが窓に駆け寄って身を乗り出し、


「あれは――」


 どこか呆れたように、嬉しそうに表情を緩める。コメルの視線の先にはトラックがいた。トラックは『キッチンカー』を発動し、皆にサバみそを振る舞っている。サバみそを頬張りながら、皆はこの戦いでいかに大変な思いをしたか、苦労自慢を競っているようだった。エルフが自慢げに話す様子をドワーフが聞き、ゴブリンと犬人が米粒を飛ばしながら自分の苦労のほうが上だと口論する。猫人はあくびをして、人間が肩をすくめる。誰もが対等に肩を並べ、気負いも遠慮もなく自然にそこにいる。


「……あやつら」


 エルフの女王がおかしそうに笑った。夢は、咲いていた。『共存』はここにあった。ドワーフの王は思案げにヒゲを撫でる。


「あの様子では、我らが撤退を命じたところで誰も聞くまい」


 よく見れば、皆の顔には疲労の影が濃く、はしゃぐ様子はカラ元気なのだろう。しかし彼らの目にはひとかけらの絶望もない。彼らは信じているのだ、この妄想が、誰も死なない戦争が、現実になる瞬間を。


「揃いも揃って、バカばかりか」

「ごぶごぶ」

「私たちも含めて、ですね」


 レアンパパとガートンパパが顔を見合わせて笑う。ルゼは小さく


「……結局、あの男か」


とつぶやき、アウラに向き直った。


「どうやら、陛下のご決断は却下となりそうですな」

「し、しかし――!」


 口を開きかけたアウラをドワーフの王の言葉が遮る。


「そもそも、我らはあの男の妄想に乗ったのだ。ならば最後まで付き合うのが筋であろうよ」


 アウラは目を見張り、皆を見渡す。皆は笑ってうなずいた。アウラは再び深く頭を下げる。


「申し訳、ございません――」


 絞り出すようにそう言った後、アウラは顔を上げ、厳しい表情で覚悟を告げた。


「たとえ敗れて後も、私の命を以て、アディシェス伯に生き残った皆様の安全を保障させるとお約束いたします」


 ズォル・ハス・グロールはアウラを戦場で討ち取るのではなく、捕縛して処刑することを望んでいるはずだ。ならばアウラの命は交渉材料として価値がある。自害と引き換えに他種族を逃がすことを迫る、そう交渉するとアウラは言っているのだろう。エルフの女王は目を細める。


「憶えておこう。だが――」


 言葉を切り、女王は窓の外を見る。トラックがプァンプァンとクラクションを鳴らし、周囲から笑い声が上がっている。


「不思議と、そのようなことにはならぬと、今は思うのだ」


 澄んだ冬の空の下で、種族の垣根を越えて兵たちが肩を組み、歌っている。吹く風の冷たさが少しだけ和らいでいた。




――ドンっ


 アディシェス軍の突撃を告げる太鼓の音が響き渡る。土煙を上げ、視界を埋めつくす敵が迫ってくる。トラックは高らかにクラクションを鳴らし、皆が「おうっ!」と応えた。トラックが強くアクセルを踏む。先陣を切るトラックを追い、皆が前進を開始する。双方から鬨の声が上がり、足音が地響きとなり、抜き放った刃が日差しを反射し――最後の戦いの幕が上がる。


バカはバカであるがゆえに世界を変えるのだ、とか何とか

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いよいよ最終決戦ですか( ˘ω˘ )
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