ニコラスとの出会い
フェイネルが調理場を後にして歩き出そうとしたところに私服姿の騎士が2人横から歩いてきた。
「おい、フェイネル嬢じゃないか?」
「本当だ、すげえ本物」
貴族の子息とは思えない言葉遣いにフェイネルは顔をしかめるが関わる必要はないと先を急ごうとした。
「あ、ちょっと待てよ」
「なあ、俺らと話しない?」
歩き出すフェイネルの肩に1人が手を置いて引き止めた。
「…私仕事中」
「そんな硬いこと言わないでさ」
「どうせあのわがまま王女にこき使われてるんだろ」
「息抜きも必要だって、な」
「なにをしているんですか!!」
肩を抱かれそうになった時、まだ声変わりしきれていない男の声が響いた。
「あなた方は第五部隊のテイル様とメルト様ですね。服装から今日は非番とお見受けしますがこのようなところで何をされているんですか」
「誰だお前」
「第一部隊のニコラスと申します」
「はあ?こんなちびが第一部隊だと?つまんねえ冗談いってんじゃねーぞ」
「…あ、おいテイル、こいつあれだ。特例で第一に入ったって…」
「まさか…こいつが…?」
「騎士隊の制服を着ていない者は敷地から直ちに出ることは規則ですよ」
「ちっ、わかったよ。ったく、いい御身分だな」
男たちはすぐに立ち去ったがその表情は納得のいかないというようなものだった。
その場に残った少年を、フェイネルは見下ろす形で見た。騎士なのだろうがそれにしては幼すぎる顔立ちをしている。140センチもない身長、くりっとした大きな茶色の瞳、さらさらと風でなびく茶髪、どう見てもせいぜい6、7歳だ。
「大丈夫でしたか?えっと…」
「フェイネル。フェイネル=ターナー=ブレイン」
「フェイネル様、お怪我は?」
その容姿に似合わず彼は悠長に敬語を話す。
「大丈夫。…あなたはニコラス、といったわね」
「はい。第一部隊所属、ニコラス=パーキンと申します」
「あまり困ってなかったけどどうもありがとう」
「…はい?」
しまった――。フェイネルはそう思ったが確かに困っていたわけではない。
「け、けど本当に助かったわ」
こうやって人に悪印象を与えていくことを自覚しているフェイネルは慌てて付け足す。
ニコラスは唖然としていたが次第に満面の笑顔を浮かべた。
「はいっ」
きらきらと目を輝かす姿はただの少年だった。不思議とフェイネルは彼に興味を持った。
「第一部隊というのは一番強い騎士が所属していると聞いているのだけど」
「そうなんです!!何故だか入隊初日に第一部隊への所属を許可していただけて」
「そのようなことがあるの?」
「普通は第五部隊に所属するのですが、見込みがあると判断していただけると始めからそれ以上の部隊への所属を許可されるんです。第一部隊というのは異例中の異例で僕…私も驚きました」
フェイネルが初対面の男性に警戒心も嫌悪感も抱かないのは初めてのことだった。それは彼が幼いというのもあるが、なんの下心もなく話をする男性が久しくいなかったから。
ニコラスの方も日々厳しい教育を受けているのだがうっかり自分を僕と呼んでしまうほど肩の力を抜いて話していた。
「今年入隊したの?」
「一昨年です。フェイネル様は、えっと、侍女様でいらっしゃいますか?」
「…え?セリーヌ王女の侍女をしているの」
「そうなんですか」
「あなた今いくつなの?」
「12歳です。…あ、ちびだって思ってますね」
「ええ」
「仕方ないです、もう慣れっこですから」
先ほど男たちに規則がどうだと言ってた時に比べてぐんと年相応の少年になり拗ねるニコラス。
「…けど剣の腕は確かなのでしょうね」
フェイネルの言葉を聞いてニコラスはもう一度満面の笑みを見せた。フェイネルはその無邪気な笑顔にほっとした。彼女が他人の機嫌を考慮するのはダリア以外に初めてだ。
「身長だってもう少ししたらもっと伸びるんです!!レイン団長くらい大きくなるのが目標です!!」
「…そうなの」
「フェイネル様?」
「あ、いえ、なんでもないわ。頑張って」
「はい!!」
ニコラスが言ったレイン団長とはまさにフェイネルの幼馴染みの彼のことだ。第一部隊の隊長は全騎士団の団長が指揮しているというのはライオネルから聞いていた。
思わぬところからレインの名前が出てきたものだ。
「それで、あなたは今休憩時間なの?」
「…わっ!!もう訓練始まってしまいますっ」
慌てだしたニコラスを呆れ顔で見るフェイネル。
ニコラスは元来た方に走り出そうとして思い出したようにフェイネルに向き直った。
「フェイネル様っ」
「なに?」
「僕のことニックって呼んでくださいっ」
「ニック?」
「はい!!ではまた」
「あ…。ええ」
丁寧なお辞儀をしてニコラスは走り出した。