【ネキ】003話:~散々な始まり。失われた命~
迷宮に入って開拓されたルートを進む。
ただそれだけなのに、罠があると知っているからこそ緊張の糸が張られっぱなしだ。
もう既にいくつかの罠を回避したはずだけど、あれがあると知らないまま進むことなんて考えられなかった。
私が先頭になって迷宮の通路を進む。
通路の中は入口と違って明るかった。
どこに光源があるのかさっぱりだけど、石畳の床も石造りの壁も先まではっきり見えるほどには視界が通るからその点では助かった。
これで暗闇の中を進まないといけない、とかだったら1歩も動けなかったかも。
「──っ! 敵!」
だからこそ、そのよく通る視界でまだ距離のあるうちに〝ソレ〟を発見できた。
簡単に表せばそれは、緑色で醜悪な顔をした小人で……所謂ゴブリンというものらしいとコメントで知る。
どうにもファンタジー定番の魔物らしいけど、私はゲームとかそういうのはやらなかったから詳しくなくて、ここでもコメントでの視聴者からの情報がまず頼りだった。
警戒しながらまだ距離があることを確認してコメントを見る。
〈コメント〉
:迷宮のゴブリンはめっちゃ強いから気を付けろ!
:1人で行くなよ、数の利を活かして攻勢に出るんだ
:あのゴブリンは攻勢に回らせると手がつけられない
:連携して確実に攻めて仕留めていけ
その視聴者たちのアドバイスを見て、コクンと1つ私は頷く。
盾と剣を構え、まずは盾を前に出して相手からの攻撃を防げるように、でもすぐ攻勢に出れるように仲間と練った連携で一気に叩く。
大丈夫だ、この15日間で戦闘の連携確認やらはたくさんしてきた。
私の【英傑覚醒】はこの状況じゃ意味はないかもしれないけど、他の3人はちゃんと戦闘ですぐに使える便利な【固有】を持ってる。
だから連携通りまず私が盾で前に出ればあとはそのまま──
──うまくいく、と思ってた。
失敗したのは認識の確認を怠ったこと。
コメントで誰もゴブリンを舐めた様子などなく、むしろ強敵であるから注意しろ、油断するなと皆が言っていた。
だから……まさか仲間たちが余裕の笑みで勝手に前へ出るなんて、思ってなかったのだ。
「ちょ、ちょっと! なにをして──!?」
「なにビビってるんだよ。あれはただのゴブリンだぞ? 早く倒して俺たちの迷宮ポイントに変えないと、明日の生活だってどうなるかわからないんだから!」
私の静止の声を無視して仲間の1人が飛び込んでいく。
それを見た残り2人も、「ま、まあゴブリンだし」と呟いて後を追った。
──ゴブリンだしってなによッ!
舌打ちをしながら私も急いで後を追う。
コメントの声と仲間たちの声が真逆の意味を示していることに正直混乱していた。
だけどどっち道この迷宮という命懸けの場所で油断していいことなんてあるはずがないと、私はあの落とし穴だらけの入り口を先頭で進んだからこそ強く意識に根付いていた。
でも、先頭を駆ける仲間の足は【固有】の力で常人より遥かに速く、私どころか他の2人が追いつく間もなくゴブリンに到達してしまう。
──速い。
素直にそう思った。
短剣を持った彼はその速さを活かしてゴブリンの喉を通り過ぎ様に斬り裂こうとした。
斬り裂こうと、したのだ。
彼の短剣は空を斬った。
横目で彼をずっと視認していたゴブリンが、ただ首を少し傾けて避けただけ。
それだけで当たると信じて疑っていなかった彼の身体は大きくブレ──鮮血が舞った。
「アアアアアアアッ!?!?」
彼の悲鳴が通路に響く。
幸いだったのは彼が短剣を両手で1本ずつ持っていて、偶然構えていたその1本が即死を防いだこと。
そして不幸だったのは彼の悲鳴を聞いた2人が、足を止めたこと。
「進んで! 私が盾を構える! 2人は隙を見て叩くだけでいいから!」
発破をかけながら私は前へ進んだ。
止まった2人が果たして後ろをついてきているかはわからない。
けど、まだ先頭を行った彼は助かる見込みがあった。
あまりの速さで駆け抜け様に斬りつけたから、ゴブリンの斬撃を浴びてもそのまま奥へと転がっていったのだ。
今私が前へ出ればまだ彼は生き残れる、即死してないんだから希望は残ってる。
だから私は盾を前に出して身体を大きく見せ、例え1人でもゴブリンへと吶喊した。
見捨てるとか、そんなことは浮かんでこない。
だって私のこの姿は父さんも母さんも、大切な人たちがみんな見てるはずだから。
「あああああああっ!!」
声を挙げて恐怖を退ける。
攻勢だ、攻勢に出るんだ。
私の【固有】がこの状況で発動しているかわからないけど、それでも私にはこの盾と剣がある。
盾を前へ。
剣を更に前へ!
〈コメント〉
:……すっげ
:勇者だろ、これは……
:戦ってるの雪原ネキだけなのに、1人であの迷宮のゴブリンと渡り合ってる?
:雪原ネキの【固有】って通常戦闘で発動するものじゃないって話だったよな?
:いけ……勝てるぞ、雪原ネキ!!
:うおおおおいけええええ!!
コメントなんて視界に入らない。
仲間たちの姿も見えないということは、今戦っているのは私だけなんだと思う。
けどそれでも──!
私は──!!
「はぁっ……はぁっ……!! 私の、勝ちっ……!!」
──この剣を、ゴブリンの心臓に突き立てた。
ゆっくりとゴブリンの身体から力が抜けて後ろに倒れ込む。
そこでようやく私は剣を引き抜いて、横たわるゴブリンの亡骸をただただ息を整えながら見つめていた。
戦闘中のことなんて覚えてない。
どうやって戦っていたかなんて説明しろ言われても困ってしまう。
ただそれでも、私はこのゴブリン相手に〝生きること〟を教え込まれた気がした。
やがて呼吸が落ち着いて、周囲の状況が五感に伝わってくるようになる。
興奮していた精神が平常心を取り戻したんだろう。
だから、その声もはっきりと届くようになった。
「ダメだ……もう、死んでる」
「うそ……息してない」
私が助けようとした仲間の1人は、既に息を引き取った後だった。




