後編
「あとで、おやつにパイナップルを食べましょう。沖縄の親戚から送られたものがあるから。冷凍のお好み焼きも、レンジですぐに作れるよ」
「うん、食べる。そういえば手榴弾って、パイナップルとも呼ぶよね。『パイナップルARMY』ってマンガがあったなぁ」
そのマンガは私も知っている。お好み焼きは戦後、食糧がない日本で流行り出したとかネットで読んだ。いま、こうして平和に食事ができるというのは、ありがたいことなのだ。
「お好み焼きのなかには、広島風のもあるよね。麺を入れて焼くのがさ。私は、麺は別にして食べるのが好みだけど」
「私は好きよ、広島焼きも。それにしても麺料理が好きだよね、私たち。ねぇ、長崎ちゃんぽんと長崎皿うどん、貴女はどっちが好き?」
「皿うどん派よ、私は。本格的な店の皿うどんって、麺が太いんだけどさ。私は絶対に、細いパリパリ麺が食べたいの。リンガーハットで出てくる皿うどんが一番、美味しいと思うな」
今日はタブレットで映画を観てるくらいで、テレビは点けていない。新聞も取ってないからニュースも知らない。ニュースはネットで、あとでまとめて読むとしよう。私も彼女も、外の世界にはまったく目を向けず、二人で会話を楽しんでいた。
「夜は冷やしうどんにしましょう。実家から麺が送られてきてるから」
生麺なので、煮るのに少し時間はかかるけど、調理じたいは簡単だ。ねぎ、生姜、大葉など薬味も用意している。あとのおかずは缶詰で済ませてしまおう。冷やした麺をザルに入れて、テーブルの上へと置いた。缶詰を見て、彼女はなにかを思いついたようだ。
「缶詰や瓶詰って、戦場で食事をするために作られたんでしょ。開発を呼びかけたのがナポレオンだったよね」
「そうそう。おかげで士官は、戦場でも上等な食事を楽しめるようになって。『ザ・スパイ』っていう絵画があるんだけど、それは普仏戦争を描いているのね。ナポレオン3世が負けた戦争で、フランス軍のスパイが、プロイセン軍の前で捕まってる場面が描かれてて」
今は歴史の教科書で、普仏じゃなくて独仏戦争って言われてるのかな。そんなことを考えた。
「あー、知ってる。プロイセン軍がフランスの村を占領してて、屋外のテーブルで食事を楽しんでるのよね。戦場で瓶詰が普及してるから、プロイセン軍が食事を楽しめてて、惨敗したフランス軍のスパイはただ処遇を待っているっていう。皮肉な状況よね」
缶詰も瓶詰も、平和な状況で食べるのが一番だ。麺つゆに付けて、私と彼女は冷やしうどんをすすった。私たちの会話は、昼に観た『或る夜の出来事』に移っていく。
「私は初めて観たけど、面白かったなぁ。昔ならではのロマンチックな場面もあって。終盤で主人公とヒロインが、すれ違って誤解が生まれちゃうでしょ。いまなら携帯で話して、すぐに誤解が解けるのにね」
「そうね。邦画だと、男女がガラス越しでキスする場面があったじゃない。『また逢う日まで』だっけ。戦争で引き離される恋人同士の話で、あれも携帯電話がない時代ならではの、切なさがあったなぁ」
「まあ『或る夜の出来事』はラブコメだから、ハッピーエンドになるんだけどね。アカデミー賞も史上初、主要5部門を独占したんでしょ。古典的名作と言っていいわ」
彼女による評価は高まる一方だ。喜んでもらえて、私も嬉しい。
「名作だからこそ、後のアニメにも似たようなシーンが出てくるのよね。テレビ版のエヴァンゲリオンでも、アスカが同室のシンジ君に、『これは絶対に崩れないジェリコの壁!』とか言ってフスマを閉めてさ。侵入を拒んでたじゃない。あのシーンの元ネタになってるし」
『或る夜の出来事』では、主人公とヒロインがホテルに泊まる場面で、三回に渡って部屋を毛布で区切る儀式が行われる。部屋の上にロープを張って、洗濯ものを干すときの要領で毛布を壁状に掛けるのだ。この仕切りの毛布が、映画のなかでは『ジェリコの壁』と呼ばれる。
「ジェリコの壁って、元ネタは聖書よね。イスラエルにあった都市がジェリコで、その壁が最終的に壊されるって話で。映画では主人公とヒロインが、毛布の壁で貞操を守る展開と」
「そうそう。で、『或る夜の出来事』でも、最終的にジェリコの壁は払いのけられて、主人公とヒロインが結ばれてハッピーエンドというわけよ。エヴァンゲリオンのアスカの壁も、最終的には破壊されて、人付き合いが良くなるのかな」
私はキッチンから菜箸を持ってくる。そして、うどんを入れているザルの上に、真ん中から区切るように乗せてみせた。
「麺も世界も複雑に絡み合ってるからさ。下手に壁で区切ろうとすると、上手くいかないのよ」
「うん、それはそうね」
マジメくさった私のセリフに、彼女が真顔で応じてみせる。私はザルから菜箸を持ち上げた。
「これで、壁は取り除かれました。私たちは麺のように絡み合って、仲良く生きていくのです」
「なに? 今晩、私に泊まってほしいの?」
「ええ、そうよ。いいでしょう? 一晩じゅう、ここで過ごしましょうよ」
返事を待たず、私はキッチンにある野菜に目を向ける。実家から送られてきたものだ。
「麺類ばっかり作って、ちょっと野菜不足かもね。明日は野菜を天ぷらにしましょ」
「私が今晩、泊まることはもう決定ずみなの? いいけどさぁ」
彼女も私も笑っている。人類は皆、兄弟だとか言われるけど、実際はどうか分からない。でも世界の麺類は兄弟みたいなものだ。食卓に世界各地の麺や料理を、彼女と過ごせば仲良くなれて、私たちは幸せになるのだった。
「週末で連休も終わりね。楽しかったなぁ。いまの時期はカボチャの馬車で霊が帰ったりするんだっけ?」
「お盆の風習ね。そんなシンデレラみたいな帰りかただったかな。野菜で馬を作るらしいけど、実際には見たことないから知らなーい」
結局、今日は一度もテレビやラジオを点けていない。カレンダーで確認すると今日は『終戦の日』だったようだ。世界のニュースと切り離されて、私たちは笑い合っている。
「ねぇ。二人で一緒に住める賃貸物件、探してみましょっか」
今年も終戦の日が終わる。私たち二人の未来は、きっと、ここから始まる。




