前編
「ゴールデンウィークでもないのに、九連休が取れるなんて思わなかったなぁ。と言っても私たちは、遠出なんかしないんだけど」
いまは八月の半ばで、今年はお盆休みに、少しの有給休暇を加えれば大型連休となるのである。私はアラサーの会社員で、同世代の彼女と二人きり、今日は自宅で過ごしていた。私も彼女も職場が同じで、住んでいる場所も近い。連休中は毎日、十時間近くを共に過ごしている。
「大雨もあったしね。遠くに行くばかりが休暇じゃないでしょ。会社の同僚だって、旅行やゴルフの予定を台風でキャンセルしたらしいし。お金を使わないデートも楽しいものよ」
そう言って彼女が笑う。連休中は近場で洋服を買いに行ったりもしたけど、これだけ暑いと冗談ぬきで、外で行き倒れになってもおかしくない。最近は家で一緒に映画を観ることも多くて、そういった過ごしかたが私たちには合っているようだ。つまりは相性がいいのだろう。
「朝食にしましょうか。トーストとウィンナー、目玉焼きよ。貴女は昨日、スーパーで何か買ってたっけ」
「ええ、貴女の家の冷蔵庫で冷やしてるわ。レトルトパックのボルシチよ、二人分あるからね」
テーブルに皿を並べて食べ始める。食べたことはなかったけれど、ボルシチは赤いスープで、ほんのりと甘い。冷やしても美味しいスープは、暑い夏にはありがたかった。トーストにも良く合っている。
「ボルシチってロシア料理だっけ。それともウクライナかな」
「詳しくは知らなーい。トーストはアメリカってイメージかしら。違う国の食文化が、普通にテーブルに並んで、しかも相性がいいんだから面白いね。私たちが日本人だから、文化のゴチャ混ぜに慣れてるのかもしれないけど」
それは確かに。盆休みとクリスマスが普通に同居しているのが私たちの国だった。あんパンだって、西洋のパンと日本の餡子が合わさった食文化だし。とりあえず食卓の上くらいは、争いごととは無縁で済ませたいものだ。
食料の買い出しは昨日、済ませているので、私も彼女も今日は家から出ない。冷房の効いた室内に引きこもっていると、いまの天気がどうなっているのかも知らないし興味もなかった。
「お昼ごはんにしましょうか。先に私は完成させてるよ、焼きビーフン」
「私もいま、完成したー。冷やし中華ね。中華といっても、これは日本料理なんだけど」
「焼きビーフンの本場は台湾だっけ。またしても食卓での国際交流ね」
私も彼女も麺類が好きで、今日の私は焼きビーフンを食べたかったので自分で作って、彼女も自分で食べるために冷やし中華を作っていた。その他、私はカニ玉も作っていて、これは二人で食べる。カニ玉は中華料理だから、ある意味、賑やかなテーブルだ。
食事しながら、私はテーブルの上にタブレットを置いて、配信サイトの映画を流している。『或る夜の出来事』という、九十年ほど前の映画なのだが、これが楽しいラブコメ作品なのだ。彼女は初めて観たようで、とても楽しんでくれていた。
「面白いね、ヒロインがヒッチハイクで車を停めるシーンとか。いい出来の映画だなぁ」
「ジャンルとしてはスクリューボール・コメディって言われてるんだって。スクリューボールは野球の変化球で、予測がつかないドタバタなコメディを表してるのかな」
「野球も映画も、昔からあったんだね。戦争が始まる前には、日米野球の対戦もあったんでしょ。日本のピッチャーは沢村栄治で、ベーブ・ルースから三振を奪ったのよね。試合は日本が負けたんだけど」
それは知らないので、なんとも言えない。あとで調べたら、『或る夜の出来事』がアメリカで1934年に公開されて、同じ年に彼女が言った日米野球が行われたそうだ。
「詳しいんだね、野球。私は大谷翔平しか知らないのに」
「親から野球の話を聞かされてただけよ。日米野球のとき、沢村投手は十七才とかで。それからプロ野球選手になるんだけど、戦争が始まって徴兵されるのね。戦場で重い手榴弾を投げさせられて、肩を壊して。引退を余儀なくされて、また戦地に召集されて、そこで戦死と。悲しい話よね」
まったく、悲しい話だ。戦争は何処の国にも悲しい想いをさせる。それにしても、こんなに彼女が野球に詳しいとは知らなかった。もっと私は彼女のことを知りたい。




