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コズミック・ドリフター②欲望の摩天楼(商業ユートピア "アルカディア・ネクサス")  作者: naomikoryo


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第十話:欲望の摩天楼を後にして

空が白み始める、わずか前のこと。

アルカディア・ネクサスで最も高い超高層ビル――「バベルのトップ・オブ・バベル」の屋上に、二つの人影があった。

空星陸と、リラ・アステル。

二人ともフードを目深に被った灰色の防護服を、その身にまとっている。


「……すごいな」


眼下に広がる光景に、陸は思わず息を呑んだ。

眠らない都市、アルカディア・ネクサスの夜景。

それは彼がこれまで見たどんな景色よりも圧倒的で、そして残酷なまでに美しかった。


無数の光が、まるで地上に撒き散らされた宝石箱のようにきらめいている。

摩天楼の壁面を流れるホログラム広告。

光の尾を引きながら、ビル群の間を縫うように飛ぶエアカーの群れ。

その一つ一つの光が、この街に渦巻く人々の欲望の象徴のようだった。


この街で、俺は多くを学んだ。

世界の値段。

情報の価値。

そして、自分の無力さ。

光の当たらないダウンサイドの、あの澱んだ空気。

初めて自分の意志で力を制御できた時の、あの爆発的な達成感。

そして隣に立つ、この素直じゃない天才情報屋の、意外な素顔。


ここは美しいが、同時に歪んだ街だ。

富める者はさらに富み、持たざる者はその影で静かに朽ち果てていく。


自分はもう、ウロボロスに流れ着いた時の無力なだけの漂流者ではない。

この街でリラと出会い、俺はこの世界で生き抜くための最初の武器を手に入れたのだ。


「感傷に浸っている暇はないぞ」


隣でリラが、冷静な声で言った。

だが彼女もまた、眼下に広がる絶景から目を離せずにいるようだった。


「日の出と共に、星間管理局のパトロールが始まる。

その前に跳ぶ」


「……ああ、分かってる」


陸は頷くと、リラに向き直った。


「準備はいいか?」


リラは何も言わずに、こくりと頷いた。

紫紺の瞳に、わずかな緊張の色が浮かんでいる。


陸は一歩、彼女に近づく。

そして華奢な身体を、壊れ物を扱うように、しかし同時に力強く抱きかかえた。

いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。


「なっ……!?」


リラの身体が、びくりと硬直する。


「な、何を……!

別に、そこまでしなくても……!

肩を貸すだけで……!」


「いいから、じっとしてろ」


陸は顔を真っ赤にして、腕の中でもがこうとするリラを制した。


「あんたは大事な依頼品でもあるんだ。

落としたら、寝覚めが悪い」


それは照れ隠しの口実だった。

本当は、彼自身がそうしたかったのだ。

か細くて、生意気で、それでも誰より頼りになる自分のパートナー。

その温もりと重みを、この腕で確かに感じていたかった。


リラは、陸の真剣な眼差しに何かを感じ取ったのか、やがて抵抗するのをやめた。

おとなしく彼の腕の中に、その身を委ねる。

顔はフードの陰になって、窺うことはできなかった。


陸は腕の中のリラを、もう一度強く抱きしめる。

そして目を閉じた。


意識を集中させる。

もはや、卑近な「欲」をイメージする必要はなかった。

頭の中には、リラが寸分の狂いもなく叩き込んだ目的地――ヘパイストス・ファウンドリ、第十七研究所、屋上、冷却塔の内部――その三次元的な座標が、完璧に構築されている。


重力一・二倍の、身体にのしかかる圧迫感。

鼻を突く、かすかな硫黄の匂い。

肌を刺す、冷たい酸性雨の感触。


五感が目的地を正確に捉える。

右腕のチップが彼のサイに正確に応える。

青白い光がオーラのように、二人を優しく包み込んでいく。


不安は、もうなかった。

期待だけが胸を満たしていく。

リラと共に、次なる星へ。

まだ見ぬ世界へ。


「――跳ぶぞ!」


陸の力強い言葉を合図に、青白い光がひときわ強く輝いた。


そして次の瞬間。

アルカディア・ネクサスの最も高いビルの屋上から、二つの人影は、まるで初めからそこに何も存在しなかったかのように、音もなく掻き消えていた。


後に残されたのは、夜明け前の冷たい風と、そしてこれから始まる壮大な冒険の予感だけだった。

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