ー8ー 光舞う夜と赤い影
寸劇が終わると、観客から大きな拍手が広場に響き渡った。
子どもたちは手を振り、笑顔を浮かべながら舞台を降りていく。
ロイも思わず手を叩き、ユームの活躍を誇らしげに見守った。
「ユーム、すごく上手にできてたな」
ロイが声をかけると、ユームは嬉しそうに目を輝かせた。
「うん、堂々としてて格好よかったよ」
アンも笑顔で続け、ユームは二人に褒められて照れくさそうに頬を赤らめた。
次の出し物を待つざわめきがやがて収まり、舞台袖から白と銀の長衣をまとったイレーネが現れた。
鈴や水晶の飾りが光を反射し、彼女の一歩ごとにかすかに音を響かせた。
舞台の中央に立っていた村長は、両腕に抱えていた重厚な木箱をゆっくりと開いた。
箱の中から現れたのは、村に代々伝わる祭具――青みを帯びた古びた銀の縁に、琥珀色の水晶や小さな宝石をあしらった半月形の鈴付き首飾りだった。
観客は思わず息を呑み、目を奪われた。
普段は決して誰の手にも触れさせないそれを、村長は厳かに取り出し、イレーネに手渡す。
イレーネは胸元に下げると、深く息を吸って静かに舞い始めた。
裾の布は夜風にふわりと揺れ、銀糸の刺繍が灯りを受けて淡く煌めく。
肩や袖の鈴や小さな水晶は舞とともに澄んだ音を奏で、胸元の半月は琥珀の水晶をゆらりと揺らして青白い宝石を星のように瞬かせた。
下に垂れた雫型の水晶は灯りを受け、小さな虹を描く。
白と銀の衣装、そして祭具の光と音が一体になるにつれ、広場は静かで神秘的な空気に包まれた。
子どもたちは肩をすくめて互いに寄り添い、息を詰めたまま舞を見つめる。
大人たちは微笑みながらも、その光景に心を奪われ、静かに見守った。
ロイたちは胸の奥を強く揺さぶられるような感覚に捕らわれる。
伝承でしか知らなかった神話の光景が、目の前で現実のものとして広がっているのを実感した。
舞は続き、衣装の裾や袖、祭具の光が広場に漂い、夜の空気の中に静かな祝祭の気配を満たしていった。
その時――
森の奥から、低く地を揺らすような唸り声が響いた。
次の瞬間、足元がかすかに震えた。広場にいた人々は顔を見合わせ、困惑したようにざわめき始めた。
「……な、なに……?」
ユームが眉をひそめ、不安げに周囲を見渡した。
鳥がいっせいに飛び立ち、小動物が逃げ惑った。
人々の胸にじわじわと嫌な予感が広がっていった。
闇を押し分けるように、森の縁から巨大な影がにじり出てきた。
黒くねじれた角、赤黒い鱗に覆われた体、そして頭部に宿る鋭い赤い眼光――噂でしか聞かなかった“魔物”が、いま目の前に姿を現したのだ。
その一瞬で、広場のざわめきは凍りついた。
全員の呼吸が止まり……恐怖に縫いとめられたように、誰一人として動けない。
張り詰めた静寂を裂くように、村長が喉を張り上げて叫んだ。
「子どもたちを守るんじゃ! 男ども、武器を取って魔物を止めろ!」
怒号が広場に響き、人々は我に返ったように慌てて動き出す。
子どもを抱えた母親たちは悲鳴をあげながら逃げ、男たちは恐怖に顔を引きつらせながらも、鋭い目で魔物を見据え、手にした農具を力強く握りしめた。
ロイはユームの手を強くつかみ、声を張り上げた。
「逃げよう! 早く!」
けれど、ユームの足はすくみ、胸が締め付けられるようで、その場から動けない。
ビットは顔を引きつらせ、後ずさりながら叫んだ。
「うわあああ! あの話、嘘じゃなかったのかよ!」
アンは唇を噛みしめつつも、立ちすくむユームの背を押して叫んだ。
「走ろう!」
レヴィは蒼白な顔で広場の端を指さし、必死に声を上げた。
「こっちだ!」
五人は駆け出し、荒い息の合間に魔物を振り返った。
赤い眼光は、逃げ惑う群衆を確実に捉えていた。
――こうして、祭りの夜の平穏は、突如として訪れた恐怖によって打ち砕かれた。
まだ誰も知らなかった。これが、ロイの運命を大きく変える〈冒険の始まり〉となることを。




