小さな英雄たち
色とりどりの屋台を巡りながら歩く一行の間には、なんとも極端な空気が流れていた。
イレーネの結婚や花畑でのプロポーズという大イベントに花を咲かせ、キャッキャと盛り上がっているアンとユーム。
そのすぐ後ろでは、対照的に男子たちがしんみりとした空気を漂わせていた。いつもの元気の良さが全くなく、肩を落としてとぼとぼ歩くビット。その肩をレヴィが優しく叩いて励ます傍ら、ロイはひとりレヴィに言われたことを悶々と考えていた。
そんな中、ユームはチラリと中央の舞台に目を向ける。舞台裏には、すでに何人か子どもたちが集まり始めていた。
「そろそろ出番かな。頑張ってね。ユーム」
アンが優しくその背中をぽんと叩いた。
「うん。ありがとう。アンちゃん」
ユームは考え込むロイに駆け寄ると、その顔を覗き込んだ。
「お兄ちゃん……あたし、そろそろ出番だから行くね」
「ん? もうそんな時間?」
ロイは視線を広場の中央へと向けた。それから姿勢を屈め、妹の目をまっすぐに見つめる。
「ユームならきっとうまくできる。頑張れよ」
「うん!」
力強くうなずいたユームは背筋をピンと伸ばし、広場の中央へ駆けていった。
隣に並んだアンやレヴィも、一緒になって手を振っていた。 舞台裏へと消えていく小さな背中を、ロイたちは胸の奥をじんわりと温めながら、みんなで見送っていた。
「おう、お前さんたち!」
突然の声に振り返ると、焼き網の前にマリオンが立っていた。
「さっきは畑仕事を手伝ってくれてありがとうな。ほら、熱いうちに食え!」
マリオンは白い歯を見せてニカッと笑い、焼きとうもろこしを差し出した。
「わあ、ありがとうございます!」
アンがぱっと受け取り、嬉しそうに頬をほころばせる。
ロイとビット、レヴィも次々と手にした。表面の焦げ目から立ちのぼる香ばしい匂いに、自然と鼻腔がくすぐられる。
かじった瞬間、熱さと甘み、旨みが口の中にじゅわりと広がった。
「……うまっ!」
ビットが目を丸くする。あまりの美味しさに、先ほどまでのどんよりとした空気は一瞬で吹き飛んでしまったようだ。
「こういう時のとうもろこしが一番美味しいよな」
ロイも頬を緩ませながら、熱々の粒に勢いよくかじりつく。
その様子を眺めていたレヴィが、ふっと目元を和ませて声をかけた。
「さて、ビットも元気になったことだし、そろそろ舞台の方へ行こうか」
「おっと、早く行かないといい席がなくなっちまうな!」
いつもの調子を取り戻したビットは、焼きとうもろこしを片手にそのまま一足早く駆けていく。
その慌ただしい背中を見送りながら、アンが「現金なやつ……」と呆れたように呟いた。ロイとレヴィは苦笑いを浮かべながら、ビットの後を追うようにゆっくりと歩き出した。
◇
一段と大きな人だかりができている舞台の周辺へと移動すると、一足先に場所取りをしていたビットが大きく手を振って手招きをしていた。
無事に確保されたスペースへ、残る三人も並んで腰を下ろす。
夜風が運んでくる涼しげな花の香りが、観客たちの弾むようなざわめきと混ざり合い、お祭り特有の空気を生み出していた。
やがて舞台の裏からコン、コン、と小気味よい木の音が響き渡ると、周囲のざわめきが波が引くように静まり返った。子どもたちによる寸劇の幕が上がったのだ。
「わー、みんな上手にやってるな」
ロイは目を細め、舞台の上で一生懸命に動き回る小さな役者たちを見つめた。
ユームは緊張でセリフを間違えそうになりながらも、笑顔を崩さずに舞台を元気いっぱいに走り回っている。
演じられているのは、この世界に伝わるオルセリア神話の簡略劇だ。
「昔々、この世界に現れた怪物が、人々を苦しめていたんだ!」
子どもたちの一人が大げさに手を振ると、怪物役の子は身をよじって「がうー!」と可愛らしいうなり声を上げる。
「そこで神様は、七つの力を宿した武器を作り、勇敢な女の子――オルセリアに授けたのです!」
ユームは七色に塗られた木剣を掲げ、舞台の端から端へと駆け抜ける。
「オルセリアは光る剣を手に、怪物に立ち向かいました!」
「怪物を倒せーーっ!」
子どもたちが身振り手振りで必死に戦う様子を表現するたび、客席からは自然と大きな拍手と歓声が湧き起こった。
小さな子どもを抱えた母親が「がんばれー!」と手を振り、最前列の老人たちも手を叩きながら微笑んでいる。
その様子を眺めながら、ビットが小声でつぶやいた。
「……にしてもさ、こんなのただのおとぎ話じゃん。毎年毎年やってて、よく飽きないよなあ」
すかさず、アンが冷ややかな視線を向けた。
「あんた、昔劇の役割分担を決めるとき、英雄役やりたくて泣いて駄々をこねたじゃない!」
「そ……そんなのガキの頃の話だしっ!」
「今でもガキでしょ」
――ブフッ!
隣で焼きとうもろこしを食べていたロイが盛大に吹き出した。
アンの容赦ない一言に、周囲で聞き耳を立てていた村人たちからもどっと笑い声が沸き起こった。
逃げるように焼きとうもろこしに視線を落としたビットは、ガツガツとやけ食いし始めた。
一方、吹き出した拍子にとうもろこしの粒が変なところに入ってしまったロイは、胸を叩いて激しくむせ返っていた。その様子を見ていたレヴィは、苦笑しながら果実水を差し出すと、再び視線を舞台へと戻した。
子どもたちの健気な声と、それを囲む大人たちの和やかな笑い声。それらは星が輝き出した夜空へと、吸い込まれるように響いていった。
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