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アルスレア  作者: ゆきつき
第五章 フルーヴェル

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人の息づく場所

※これまでのあらすじ


村での出来事をきっかけに、ロイは神話の武具アルスレアに選ばれ、王都へ向かう旅に出る。


しかし道中、船上での戦いに巻き込まれ、軍の者たちと離れ離れのまま浜辺へと漂着する。


ラグノアの森で便利屋のレイドとサグロスに保護されたロイは、ミーオの行方を追う中で廃村へ辿り着き、魔物との戦いに身を投じる。

その中で「逃げない」という選択を取り、アルスレアの力を振るう。


戦いの後、サグロスの提案により三人と一匹は同行することとなる。


やがて一行は「毒の森」を抜け――フルーヴェルを目指して歩き出した。



街道に沿って歩いていくと、大きな川に辿り着いた。夜の闇の中、川面はかすかに月明かりを映している。


「――あれがフルーヴェルの街だ」


サグロスは歩きながら振り返り、親指で対岸を指した。


川の向こうには、急勾配の屋根が幾重にも重なり、無数の灯りが揺れていた。

闇に包まれているはずなのに、灯りだけが浮かび上がり、まるで夜の中に街そのものが浮かんでいるように見える。


水面に映った光が波に砕け、どこか現実離れした光景をつくっていた。


ロイは小さく息を吸い込んだ。

森とはまるで違う。

人の気配と生活の匂いが、遠くからでも感じられた。


川には大きな橋が架かっており、二人はその上を進んだ。

木と石で組まれた橋はしっかりしており、踏みしめるたびに足音が鳴った。

だが、その音は人々の話し声や笑い声、馬車の車輪が石を打つ音にすぐ紛れていく。

灯りに誘われるように、橋の上には今も人の流れがあった。


橋を渡りきり、街の前にそびえる門をくぐろうとした、その時――


「おい! そこの頭にピンクを乗せてるやつ。止まれ」


鋭い声に、ロイはびくりと肩を跳ねさせた。


「……俺?」


門番は警戒を隠そうともせず、ロイとの距離を詰めた。その視線は、終始ロイの頭の上に向けられていた。


「その頭のは、なんだ?」


ロイの頭には、ミーオがぴったりとしがみついていた。


「えっと……」


ロイは視線を泳がせ、慌てて言葉を探した。


「ぼ、帽子です!」


「そんな変な帽子があるか? 猫でもねえ、犬でもねえ……」


門番は目を細めた。


「……ドラゴン?」


「お、俺、ドラゴンに会うのが夢でっ! おばさんに作ってもらったんです!」


視界の端に、門をくぐった先で肩を震わせるサグロスの姿が映った。


門番は無言で、ロイの頭をじっと見つめる。

ミーオは微動だにしない。


しばらくの沈黙のあと、門番が鼻を鳴らした。


「……それにしても、妙にリアルだな。大切にしろよ」


「は、はい!」


ロイは勢いよく頭を下げ、そのまま逃げるように門をくぐった。


街に入って少し歩いたところで、ロイは肩の力を抜き、項垂れた。


「あー、焦った……」


「いやー、最高だったわ」


サグロスは隣で、ケタケタと笑いながら歩いている。


「お前、あの言い訳なんだよ。雑すぎるだろ」


「雑ってなんですか! こっちは必死だったんですよ!」


「マジでウケる」


ロイはため息をついた。


「街には着きましたけど、これからどうするんですか?」


「んー……疲れたから、今日はベッドで寝てえな」


「お金……ないですよ?」


サグロスは、ぴたりと足を止めた。


「……」


「どうかしましたか?」


ロイが振り返ると、サグロスは一拍置いてから、口を開いた。


「お前さ」


その声音に、ふざけた様子はなかった。


「俺に敬語で話すな」


「えっ? なんでですか?」


「嫌いなんだよ。そういう……堅苦しいの」


ぷい、とそっぽを向く。


ロイは一瞬黙り込み、それから小さく息を吐いた。


「……わかった。君がそう言うなら、やめるよ」


「ああ。そっちの方が気楽でいいわ」


機嫌が直ったらしいサグロスは、にやりと笑った。


「さて。文無しのロイくんに、いいことを教えてやろーじゃん」


「?」


「ついて来な」


サグロスに連れられて入ったのは、通り沿いの古びた店だった。

軒先には乾燥した草の束がぶら下がり、木箱や麻袋が無造作に積まれている。


中に入ると、独特な匂いが鼻を突いた。


カウンターの奥にいた店主が顔を上げ――すぐに顔をしかめた。


「……チッ。なんだよ、またクソガキか」


「相変わらず歓迎してくれるなー」


「ろくな用事じゃねえだろ」


店主の視線が、ロイに向く。


「で、そっちは何だ」


「連れ」


「ど、どうも……」


店主は一瞬、ロイの頭の上に視線を走らせ、わずかに眉をひそめた。

だが何も言わず、興味を失ったように視線をサグロスへ戻した。


「……で、今回は何持ってきた」


サグロスは無言で、森で集めた草や枝、木の実を広げる。

店主の表情が、わずかに変わった。


「これは……最近じゃあ滅多に取れなくなったやつじゃねぇか。

しかも、質がいい。医者の奴らが喜ぶぜ」


「だろ?」


「これくらいでどうだ?」


示された額に、サグロスは首を傾げる。


「もう少し足してほしいなー」


「これが限度だ」


「じゃ、他行くわー」


「なっ、待て!」


店主は舌打ちし、渋々額を上げる。


「……これで勘弁しろ」


「まいどありー」


店主の不満げな顔を眺めながら、サグロスは楽しそうに笑みを浮かべていた。


そのやり取りを、ロイはぽかんとしながらも、どこか感心した目で見ていた。


(……あの森での行動は、これのためだったのか)


森で集めたただの草や木の実だと思っていたものは、どうやら薬になるものだったらしい。


何でもかんでも拾って遊んでいたように見えた行動も、最初から意味のあるものだったみたいだ。


ロイは、サグロスを少しだけ理解した気がした。


――


腹ごしらえをし、宿を取った二人は、ようやく腰を落ち着けることができた。


「なあ、まだまだ夜は長いぜ。遊びに行こーぜ」


「どこに?」


「酒場」


「そこ、大人の人が行くとこだよね?」


「お前、いくつ?」


「14」


一瞬、間があった。


「ギリアウトだな。お子様はここで留守番してろー」


そう言い残し、サグロスは振り返りもせず、さっさと部屋を出ていった。


「……自由だな」


ロイは小さく呟き、久しぶりのベッドに身を沈め、ほっと息をついた。


――そのときだった。


シャーッ、と水の流れる音が、静かな室内に響いた。


「……?」


むくりと起き上がり、音のした方へと足を向ける。

浴室を覗いた瞬間、ロイは思わず目を瞬かせた。


シャワーを出しっぱなしにしたまま、ミーオがそこにいた。

全身ずぶ濡れになり、ふわふわだった毛がぺしゃんこになっている。


「ありゃりゃ……」


思わず、力の抜けた声が漏れる。


ロイは近づき、手早く水を止めた。


「こら、いたずらしちゃダメだろ?」


「ぴゅうぅぅあっ!!」

ミーオは少し怒ったように鳴きながら、前脚で蛇口をぺちぺち叩き、ロイを見上げる。


「……?」


「ぴゅっ、ぴゅっ!」


――出せ、ということらしい。


「お風呂に入りたいの?」


「ぴゅお!」


元気よく返事をするように鳴き、ミーオは濡れた体をぶるっと震わせた。


「うわっ、冷たっ!」


思わず声を上げる。


「……だいぶ森の中を歩いたしね。綺麗にするの、手伝おうか?」


「ぴゃっ! ぴゃっ!」


待っていましたと言わんばかりに鳴くミーオに、ロイは苦笑した。


「わかった、わかった」


そう言って、蛇口をひねる。

すぐに、柔らかな音とともに暖かいお湯が流れ出した。


ミーオは一瞬驚いたように身をすくめ、次の瞬間、気持ちよさそうに目を細める。


「……気持ちいい?」


「くぅ……」


力の抜けた声を漏らすその様子に、ロイの口元が緩んだ。


二人の間に流れる、穏やかな時間。

村を出てから、休まる暇もなく続いていた緊張が、ゆっくりほどけていった。


ロイはそっと微笑み、手に伝わる温もりを感じながら、久しぶりに訪れたその感覚に身を委ねた。


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