人の息づく場所
※これまでのあらすじ
村での出来事をきっかけに、ロイは神話の武具に選ばれ、王都へ向かう旅に出る。
しかし道中、船上での戦いに巻き込まれ、軍の者たちと離れ離れのまま浜辺へと漂着する。
ラグノアの森で便利屋のレイドとサグロスに保護されたロイは、ミーオの行方を追う中で廃村へ辿り着き、魔物との戦いに身を投じる。
その中で「逃げない」という選択を取り、アルスレアの力を振るう。
戦いの後、サグロスの提案により三人と一匹は同行することとなる。
やがて一行は「毒の森」を抜け――フルーヴェルを目指して歩き出した。
街道に沿って歩いていくと、大きな川に辿り着いた。夜の闇の中、川面はかすかに月明かりを映している。
「――あれがフルーヴェルの街だ」
サグロスは歩きながら振り返り、親指で対岸を指した。
川の向こうには、急勾配の屋根が幾重にも重なり、無数の灯りが揺れていた。
闇に包まれているはずなのに、灯りだけが浮かび上がり、まるで夜の中に街そのものが浮かんでいるように見える。
水面に映った光が波に砕け、どこか現実離れした光景をつくっていた。
ロイは小さく息を吸い込んだ。
森とはまるで違う。
人の気配と生活の匂いが、遠くからでも感じられた。
川には大きな橋が架かっており、二人はその上を進んだ。
木と石で組まれた橋はしっかりしており、踏みしめるたびに足音が鳴った。
だが、その音は人々の話し声や笑い声、馬車の車輪が石を打つ音にすぐ紛れていく。
灯りに誘われるように、橋の上には今も人の流れがあった。
橋を渡りきり、街の前にそびえる門をくぐろうとした、その時――
「おい! そこの頭にピンクを乗せてるやつ。止まれ」
鋭い声に、ロイはびくりと肩を跳ねさせた。
「……俺?」
門番は警戒を隠そうともせず、ロイとの距離を詰めた。その視線は、終始ロイの頭の上に向けられていた。
「その頭のは、なんだ?」
ロイの頭には、ミーオがぴったりとしがみついていた。
「えっと……」
ロイは視線を泳がせ、慌てて言葉を探した。
「ぼ、帽子です!」
「そんな変な帽子があるか? 猫でもねえ、犬でもねえ……」
門番は目を細めた。
「……ドラゴン?」
「お、俺、ドラゴンに会うのが夢でっ! おばさんに作ってもらったんです!」
視界の端に、門をくぐった先で肩を震わせるサグロスの姿が映った。
門番は無言で、ロイの頭をじっと見つめる。
ミーオは微動だにしない。
しばらくの沈黙のあと、門番が鼻を鳴らした。
「……それにしても、妙にリアルだな。大切にしろよ」
「は、はい!」
ロイは勢いよく頭を下げ、そのまま逃げるように門をくぐった。
街に入って少し歩いたところで、ロイは肩の力を抜き、項垂れた。
「あー、焦った……」
「いやー、最高だったわ」
サグロスは隣で、ケタケタと笑いながら歩いている。
「お前、あの言い訳なんだよ。雑すぎるだろ」
「雑ってなんですか! こっちは必死だったんですよ!」
「マジでウケる」
ロイはため息をついた。
「街には着きましたけど、これからどうするんですか?」
「んー……疲れたから、今日はベッドで寝てえな」
「お金……ないですよ?」
サグロスは、ぴたりと足を止めた。
「……」
「どうかしましたか?」
ロイが振り返ると、サグロスは一拍置いてから、口を開いた。
「お前さ」
その声音に、ふざけた様子はなかった。
「俺に敬語で話すな」
「えっ? なんでですか?」
「嫌いなんだよ。そういう……堅苦しいの」
ぷい、とそっぽを向く。
ロイは一瞬黙り込み、それから小さく息を吐いた。
「……わかった。君がそう言うなら、やめるよ」
「ああ。そっちの方が気楽でいいわ」
機嫌が直ったらしいサグロスは、にやりと笑った。
「さて。文無しのロイくんに、いいことを教えてやろーじゃん」
「?」
「ついて来な」
サグロスに連れられて入ったのは、通り沿いの古びた店だった。
軒先には乾燥した草の束がぶら下がり、木箱や麻袋が無造作に積まれている。
中に入ると、独特な匂いが鼻を突いた。
カウンターの奥にいた店主が顔を上げ――すぐに顔をしかめた。
「……チッ。なんだよ、またクソガキか」
「相変わらず歓迎してくれるなー」
「ろくな用事じゃねえだろ」
店主の視線が、ロイに向く。
「で、そっちは何だ」
「連れ」
「ど、どうも……」
店主は一瞬、ロイの頭の上に視線を走らせ、わずかに眉をひそめた。
だが何も言わず、興味を失ったように視線をサグロスへ戻した。
「……で、今回は何持ってきた」
サグロスは無言で、森で集めた草や枝、木の実を広げる。
店主の表情が、わずかに変わった。
「これは……最近じゃあ滅多に取れなくなったやつじゃねぇか。
しかも、質がいい。医者の奴らが喜ぶぜ」
「だろ?」
「これくらいでどうだ?」
示された額に、サグロスは首を傾げる。
「もう少し足してほしいなー」
「これが限度だ」
「じゃ、他行くわー」
「なっ、待て!」
店主は舌打ちし、渋々額を上げる。
「……これで勘弁しろ」
「まいどありー」
店主の不満げな顔を眺めながら、サグロスは楽しそうに笑みを浮かべていた。
そのやり取りを、ロイはぽかんとしながらも、どこか感心した目で見ていた。
(……あの森での行動は、これのためだったのか)
森で集めたただの草や木の実だと思っていたものは、どうやら薬になるものだったらしい。
何でもかんでも拾って遊んでいたように見えた行動も、最初から意味のあるものだったみたいだ。
ロイは、サグロスを少しだけ理解した気がした。
――
腹ごしらえをし、宿を取った二人は、ようやく腰を落ち着けることができた。
「なあ、まだまだ夜は長いぜ。遊びに行こーぜ」
「どこに?」
「酒場」
「そこ、大人の人が行くとこだよね?」
「お前、いくつ?」
「14」
一瞬、間があった。
「ギリアウトだな。お子様はここで留守番してろー」
そう言い残し、サグロスは振り返りもせず、さっさと部屋を出ていった。
「……自由だな」
ロイは小さく呟き、久しぶりのベッドに身を沈め、ほっと息をついた。
――そのときだった。
シャーッ、と水の流れる音が、静かな室内に響いた。
「……?」
むくりと起き上がり、音のした方へと足を向ける。
浴室を覗いた瞬間、ロイは思わず目を瞬かせた。
シャワーを出しっぱなしにしたまま、ミーオがそこにいた。
全身ずぶ濡れになり、ふわふわだった毛がぺしゃんこになっている。
「ありゃりゃ……」
思わず、力の抜けた声が漏れる。
ロイは近づき、手早く水を止めた。
「こら、いたずらしちゃダメだろ?」
「ぴゅうぅぅあっ!!」
ミーオは少し怒ったように鳴きながら、前脚で蛇口をぺちぺち叩き、ロイを見上げる。
「……?」
「ぴゅっ、ぴゅっ!」
――出せ、ということらしい。
「お風呂に入りたいの?」
「ぴゅお!」
元気よく返事をするように鳴き、ミーオは濡れた体をぶるっと震わせた。
「うわっ、冷たっ!」
思わず声を上げる。
「……だいぶ森の中を歩いたしね。綺麗にするの、手伝おうか?」
「ぴゃっ! ぴゃっ!」
待っていましたと言わんばかりに鳴くミーオに、ロイは苦笑した。
「わかった、わかった」
そう言って、蛇口をひねる。
すぐに、柔らかな音とともに暖かいお湯が流れ出した。
ミーオは一瞬驚いたように身をすくめ、次の瞬間、気持ちよさそうに目を細める。
「……気持ちいい?」
「くぅ……」
力の抜けた声を漏らすその様子に、ロイの口元が緩んだ。
二人の間に流れる、穏やかな時間。
村を出てから、休まる暇もなく続いていた緊張が、ゆっくりほどけていった。
ロイはそっと微笑み、手に伝わる温もりを感じながら、久しぶりに訪れたその感覚に身を委ねた。




