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アルスレア  作者: ゆきつき
第四章 ラグノアの森

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逃げないという選択


サグロスの鋭い視線が、ロイに突き刺さっていた。


問い詰めるような声に、ロイは思わず言葉を失った。喉が詰まり、何をどうすればいいのか分からない。


――突如。


家屋の壁が内側から弾け飛び、腐った木材と土埃が宙を舞った。

「――!?」


反射的に、三人の視線がそちらへ向いた。


中から姿を現したのは、黒ずんだ体表を持つ魔物だった。低く唸り声を上げ、牙がサグロスに迫る。


サグロスは腰元のベルトチェーンに指をかける。


青い光が弾けた瞬間、魔物はサグロスを通りの向かいの家屋へ弾き飛ばした。


外壁が音を立てて崩れ、サグロスの体は家屋の中へと投げ込まれる。


片膝をついて体勢を立て直しかけたところへ、魔物は牙を剥き、間合いを詰めて突進してきた。


サグロスは咄嗟に槍を前に構え、その一撃を正面から受け止める。


だが、殺しきれない。

槍越しに押し返され、そのまま床へと叩きつけられた。

魔物の巨体が覆い被さる。


――近い。


歯を食いしばり、槍が沈むのを堪える。


黒ずんで見えた体表は、毛ではなかった。

顔から首元にかけて、幾重にも重なった鱗が覗いている。


「サグロス!」


レイドが駆け出そうとした――その瞬間。


別の影が、レイドの背後――通りの奥から迫ってきた。


「チッ……!」


二体目の魔物だ。

レイドは舌打ちし、振り返りざまに銃口を向け、引き金を引いた。


だが、ひらりと身を翻すその動きは、弾を恐れてはいなかった。


ロイはレイドの傍を離れ、考えるよりも先にサグロスが押し込まれた家屋へ駆け出した。


――だが。


魔物の尻尾が鞭のようにしなり、家屋の外壁と天井をまとめて薙ぎ払った。


外壁は弾き飛ばされ、砕けた天井の破片が宙を舞って通りへ降り注ぐ。


ロイは咄嗟に身を低くし、腕に抱いたミーオを庇うように身を丸めた。


舞い上がった土埃が収まると、ロイの視界に魔物の全身がはっきりと映る。


それは、ヒョウを思わせるしなやかな体躯だった。

しかし、頭から尾の先まで、黒い鱗に覆われていた。


「おい!」


レイドは銃で魔物を牽制しながら怒鳴った。


「お前は今すぐ逃げろ!」


そのまま、左手でホルスターを払う。

金属音とともに、もう一丁の銃が引き抜かれた。


逃げろ――?


ロイは、思わず足を止めた。


魔物に襲われるこの状況。

それは、人造種に襲われた、あの時と重なっていた。


何もできなかった。

自分は無力で、ただ、逃げることしかできなかった。


――また……何もできずに、逃げるのか?


胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


そんなの――


「……嫌だ!」


ロイは歯を食いしばり、声を絞り出した。


「ミーオ! 魔物の攻撃が届かない、高いところへ避難してくれ!」


「ぴゃっ!」


ミーオは短く鳴き、ロイの腕から勢いよく飛び立つ。


ロイはポケットに手を突っ込み、アルスレアを掴んだ。

そのまま強く握りしめ、引き抜く。


(アルスレア……!

この人たちを助けるために、力を貸してくれ!)


掌の中で、アルスレアが応えるように脈打つ。


次の瞬間――


蒼白い光が弾け、ロイの手に白銀の剣が形を成した。

光は刃の縁をなぞり、淡く揺れる。


「――!」


銃口を魔物から外さぬまま、レイドの目が見開かれる。


(コルディア……だと!? なんなんだ、この子供は……!)


ロイは迷わず地を蹴った。


サグロスに覆い被さる魔物へ向かって、一閃。


――だが。


背後から迫る気配を察したのか、魔物は巨体を弾かせるように、刃の軌道から横へ跳ね退いた。


「……っ!?」


(避けられた!?)


次の瞬間、魔物はその勢いのまま、ロイより高い壁面に脚をかけ、壁を蹴る反動に乗せてロイへ鋭い爪を振り下ろしてくる。


ロイは反射的に迫る爪の下へ飛び、風を切る一撃を紙一重でかわした。


その一瞬の攻防で生まれた隙を突き、サグロスは身をひねって脇へ転がる。


魔物はロイを正面に据え、低く身構えたまま睨みつける。


ロイと魔物の攻防を横目に、サグロスは身を低く保ったまま、通りへ一気に駆け出した。


「……ひとまず、助かったな」


膝に手を置き、肩で息をしながらサグロスが呟いた。


「……食われるかと思った」


視線を落とすと、指先がかすかに震え、うまく力が入らない。


「サグロス、無事か?」


レイドはサグロスに近づき、ちらりと状態を確認すると、すぐに視線を通りの魔物へ戻す。


銃声が響く。


「ああ、なんとか……な」


サグロスは指を握り込み、かすかな震えを押さえ込んだ。


「それよりレイド。あいつ、なんなんだ? なんでガキがコルディアを持ってやがる?」


「確かにな」


レイドは銃口を下げずに答える。


「それに、動きがいい。魔物の攻撃をよくかわしている。……訓練されたような動きだ」


「……これは、こいつら追っ払ってから、詳しく問い詰めないとな」


「あの子供からは厄介事の匂いがする。深追いはするべきではないと思うが?」


「俺の勘がな」


サグロスは不敵に笑った。


「“すべきだ”って言ってんだ。なにか、面白いことになりそうだってな」


「……好きにしろ」


サグロスは上着の内ポケットに手を入れ、小型の金属ケースを取り出す。


「なんだ、それは?」

レイドは横目でそれを見る。


「ソポルの実の果汁を濃縮した弾だ」


サグロスはロイへちらりと視線をやり、続ける。


「こいつを魔物に打ち込め。オレとあのガキで、どうにかして隙を作る」


「……いつの間に、そんなものを」


「せっかく、ソポルの実がタダで取り放題の場所にいるんだからな」


どこか悪そうな笑みを浮かべたサグロスに、レイドは小さく息を吐いた。


「全く……お前の準備の良さには、頭が上がらんよ」


銃声を途切れさせることなく、レイドは一丁の銃をサグロスへ渡した。

サグロスは一瞬だけ手元を確かめ、ケースから弾を取り出して慎重に装填した。


銃声が響く中、それぞれが自分の位置で次の動きに備えた。

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