26 大家族
26 大家族
秋も深まり、日も随分短くなった。すでに暗くなっていた駅前では、午後5時半から定例となっている唐木慎吾の路上ライブが開催されている。
慎吾や美由、それに朱美を始めとした常連の観客たちも、このたった半年の間に、顔つきに深みが増しているように思われたが、それは秋という愁いを帯びた季節のせいかもしれない。
朱美は唐木の路上ライブの模様を、三枝が買い与えてくれたビデオカメラで、最前列に座って撮影し、毎回SNSにアップしていた。毎週月曜日は、自分の部屋で夜遅くまで動画の編集をしている。この仕事のおかげで、充実した日々を送れるようになった。
動画が好評で、最近、登録者数が10万人を超えるまでになった。この動画を観た人が、路上ライブを聴きに来るようになり、ライブは毎回人だかりができるほどになっている。
朱美の腕には自家製の「公認カメラマン」と書いた腕章が、これ見よがしにはめられていたので、観客の前で堂々と撮影することができた。スマホで撮影する人たちには、慎吾がやんわりと注意をして止めさせたが、隠れての盗み撮りに目くじらを立てることはなかった。
朱美の動画で、慎吾の歌と容姿が評判になったが、最近、視聴者の間でそれとは違ったことが、SNSのコメント欄で起こっている。最初は「いつも、左後ろで聴いている髪の長い美人さんはいったい誰だろう」というコメントだった。このコメントに対して、たくさんの反応があった。
「すげえ美人」「おれの好み」「女優じゃねえ」「タレントかもしれない」「慎吾の恋人?」「まさか」「でも、毎回来てるよな」「おれ、ライブが終わって二人で一緒に帰るの見たぜ」「やっぱり恋人なんだ」「美男美女、お似合い」「似合ってても許せない」「慎吾は私の物」「おまえのものじゃねえよ、このブス」「ファッションセンス抜群」「スタイルもいいよな」「知的」「腕を組んでる姿、最高」「ぼくのお姉さんになってください」「ぼくのお嫁さんにどうですか」「無理無理」「彼女の名前は?」「おれ、幼馴染で名前を知っているけど教えないよ」「どうせかたりでしょう」「何してんのかな?」「慎吾と同じ大学だよ」「同級生なの?」「そうじゃないの」「どこかの芸能事務所に所属しているのかな?」「歌っているの?」「声を聴いてみたいよな」「天使のような声だろうな」「意外と音痴かもしれないよ」「音痴はおまえだろ」「もう少し、アップで撮影してください」「次回は彼女中心でお願いします」「彼女の特集がいいな」「ライブが終わって、慎吾と二人のところを撮影してください」「それは勘弁。慎吾と二人のところをとらないで。ぼくの夢を壊さないで」
美由に関するコメントが多くなったので、朱美は美由を撮影する時間を少しだけ長くし、髪の毛を指先で撫でる仕草を拡大して撮影した。これでまた再生数が飛躍的に伸びるはずだ。彼女の全身像も映したいのだが、ライブが終わったら慎吾と二人でいるので、これがなかなか難しい。颯爽と一人で歩いている姿を、背後から撮影できれば最高なのだけれど。こんど美由にお願いしてみよう。
路上ライブで隠れて撮影している連中も、再生回数を増やすために、美由をずっと撮影してSNSに上げるようになった。一部では、美由の人気が沸騰しているようだ。この情報は、当然三枝も確認していた。
朱美は、三枝が間に入って慎吾の公認撮影係になっていた。SNSの登録者数と再生数が毎回うなぎ上りに増えていくのが楽しい。この頃は、動画を世界に発信するために、朱美は英語のテロップも入れることを思い立った。そこで彼女はこれまで苦手だった英語を、一から勉強し始めた。英語のテロップを入れると、海外からの反響も凄まじかった。英語で書かれたコメントもかなり増えてきた。当初は慎吾が世界的に有名になって行くのが嬉しかったが、最近は自分の編集した動画作品に反響があるように思えるようになった。朱美は、もし他の人が慎吾の路上ライブを撮影したって、SNSでこれほどの反響はなかったのではないかと思った。
姫香や祥子はもちろんのこと、高校の同級生たちが毎週朱美のSNSを観るのを楽しみにしていて、感想を言ってくれた。異口同音に素晴らしいと褒めてくれた。
最初の頃は、慎吾の歌や容姿を褒められて嬉しかったので、より良い音質や素敵なシーンを撮影したくなり、マイクの方向やカメラのアングルに気をつけるようになった。こんなことを考えるようになったら、動画撮影のための専門書を買って読むようになった。さらに、本に書いてあった映画の名作を観て、カメラアングルを研究するようにもなった。すると、姫香が「今回のカメラアングル、最高だったよ」と褒めてくれた。朱美は自分で撮影技術を探求していった。祥子と会った時に「おっ、ユーチューバー」と声を掛けられて、悪い気はしなかった。現にこの頃の朱美は登録者数が1万人に達し、校内で知らない者のいない「ユーチューバー」になっていたのだった。
朱美は将来映像作家になろうと考えるまでになっていた。
高校を卒業したら、映像関係の専門学校に入るんだ。つい最近まで自分の将来について、夢も希望もなかった自分が将来を描けるようになった。これも慎吾と美由と三枝のおかげだ。恩を返すためにも、もっとSNSの登録者数を増やしていこう。
三枝は路上ライブに来ていない。仕事に忙しいらしい。何の仕事をしているか知らないが、連絡がある時はメールでくる。ちょっとしたことづけ程度なら、慎吾経由のこともある。それにしても、三枝は知らない間に私を出し抜いて、慎吾とすごく親しくなっているようだ。許せないことだが、ライブの撮影を許可してくれ、SNSに搭載するアイデアをくれたのは三枝だし、慎吾や美由にも許可を取って「公認カメラマン」にしてくれた。こうした恩義に鑑みて、三枝が慎吾と親しくなったことも、大目に見てやることにした。「恩義を鑑みて」なんて難しい言葉も、SNSを始めてナレーションを入れるために、日本語を勉強するようになった成果だ。
路上ライブの最後の曲は『沙羅の木坂』だった。「一つひとつの葉が愁いを増して秋がやってきた さあ訪ねておいで沙羅の木坂を登って ♬」と歌った。
ライブが終わって、朱美は慎吾と美由を尾行して、彼の家を突き止めようと思った。母親には、塾の補講で少し遅くなるとメールを入れた。
尾行は成功し、二人に気づかれずに慎吾の家に到着した。「やっぱり二人は一緒に住んでいるんだ」と朱美は軽い嫉妬を覚えた。かれら二人に声を掛ける気はしなかった。二人が古ぼけた家に仲良く入って行った。道路から紅葉した沙羅の木の大木が見えた。
(これが『沙羅の木坂』の沙羅の木だったんだ。本当にあったんだ。それにこの緩やかな坂が「沙羅の木坂」だった。これは絵的に完璧だ。撮影しておかなければ)
リュックサックからビデオカメラを取り出して、家や沙羅の木、坂を丁寧に撮影した。彼女はいっぱしのカメラマンになっていた。
そうこうしているうちに、家の中から楽し気な声が聞こえてきた。朱美は大胆にも腰を屈めて庭に入って行き、沙羅の木の幹の下で中腰になって窓越しに家の中を見た。肌寒いのに家の窓は開いていた。外が暗いので家の中から外が見えないだろうと思い、朱美は少し大胆になっていた。
家の中から「ハッピーバースデーツーユー ハッピーバースデー・ディア・ハヤト」とみんなで楽しそうに歌う声が聞こえてきた。
(ハヤトという人の誕生日だ。いったいハヤトって誰だ? 朱美は中を覗き込んだ。中には、路上ライブとは違った慎吾と美由のリラックスした顔が見えた。カジュアルな服を着て薄化粧の三枝もいた。あとは知らない顔ばかりだ。じっくり見ると、慎吾と同じ年頃の男がいて、中年のおっさんがいて、そのそばに幼稚園児くらいの子供がいる。みんながこの子に優しい顔を向けているところを見ると、この子が今日の主役のハヤトらしい。さらにもう一人、慎吾のそばに車椅子に座っているおばあさんがいる。慎吾が寒くないようにストールをかけ直している。みんなとても幸せそうだ。
ハヤトはハヤトは一人ひとりから誕生プレゼントをもらって「ありがとう」と礼を言っている。なんて幸せな家族なんだ。慎吾はこんな幸せな家庭で育ったんだ。
それにしても、あの子はいったい誰の子なんだ? 三枝さんとあの中年男の子供? あの二人が夫婦とは思えない。男が冴えなさすぎる。三枝さんとは不釣り合いだ。それなら、慎吾と美由さんとの子供? まさか、まさか。それじゃあ、高校生くらいに作った子供だよ。ありえない、ありえない。
三枝さんと慎吾との関係は? まさか母子っていうわけじゃないでしょうね。三枝さんと慎吾は、姉弟? 歳が離れ過ぎじゃない。それとも叔母と甥の関係? それとも美由さんと親戚なの? あの若い男は慎吾か美由さんの兄弟なの? 兄貴なの、それとも弟? おばあさんがいて、まさか、これって大ファミリーってわけじゃないでしょうね。よくわからない関係だけど、みんな幸せそうね。よし、これもビデオに撮っておこう)
おお、寒。風が出てきて、沙羅の木の葉っぱが散っている。私も腹減ったから、もう家に帰ろう。帰って、食事が終わって風呂に入ったら、今日のライブの編集をしてSNSにアップしなくっちゃあ。
つづく




