#4.親友との再会
「開門ーーー!」
馬車の前に聳え立つ巨大な金属門が、大きな音を立てて開いた。門の隙間から真っ赤な夕陽の光が、馬車を包み込む。馬車が進むと、またゆっくりと門が閉まる音が後ろで聞こえた。ガゴンッと大きな音を立て、しっかりとしまった音が咲の不安を煽る。思わず隣にいるアナの手を握ってしまう。
「ああ、どうしよう。アナ、私大丈夫かしら......」
「大丈夫ですよ、お嬢様。私がついております」
アナはお嬢様の白く骨の浮き出た小さな握り拳を、自分の手ごとそっと握り返した。自分の手を握っていた力が弱まるのを感じると、ホッとしながらお嬢様の手を撫でた。
「ごめんなさい。自分から行くって言ったのに......なんだか急に怖くなっちゃって......」
「大丈夫ですよ、お嬢様は何も悪くないのですから......」
アナが手続きを済ませているうちに、寮の部屋で荷解きを済ませる。エラは余程急いで出たのだろう。まるでついさっき出て行ったかのように皺くちゃのシーツ、ケースに詰めそこなった服が数着タンスに残っていた。
寮の部屋はエラの自室よりは小さく、家具も立派ではないが、それでもどっしりとした立派な木から作られたであろう家具は、触るとヒンヤリと肌触りが良い。
咲がエラの散らかした部屋を片付けつつ、荷解きを済ませていると、部屋の扉が勢いよく開いて、薄いベージュブラウンの髪を揺らし可愛らしい女の子が飛び込んできた。
飛び込んできた少女は部屋の中にいた咲を見つけると、綺麗なペリドットの様な明るいグリーンの瞳が見る間に涙でいっぱいになる。涙が溢れるのも気にせず、少女は咲の胸の中に飛び込んできた。
「エラっ! 私本当に心配しましたわ......! 急にいなくなるんですもの......! いえ、わかっていますわ。悪いのはキングストン様よ! あぁ、それでもまた会えた事が嬉しい...!」
矢継ぎ早に捲し立てると、そのまま綺麗な瞳からポロポロと涙を綺麗なドレスに落としている。困ったような瞳で心配そうな顔をする咲を見て、少女は一層辛そうな顔をする。
「ごめんなさいね、急に......アナさんがおっしゃっていた事はやっぱり本当だったんですのね......貴方が記憶喪失だって......私の事も......」
そう言いながら最後の言葉は尻すぼみになり、涙を指で拭う。
「ごめんなさい、貴方の事を覚えていられなくて...貴方が私の大切な親友のシーラ様ですわね。貴方のことはアナから沢山聞いていますわ......」
咲の言葉を聞くと、シーラは一層目を赤くさせ強く抱きついてきた。
「シーラ様だなんて! 私のことはシーラと呼んでください! 貴方が私を忘れてしまっても私が全部覚えていますわ......! それに貴方との友情は思い出が消えても永遠なんですからっ......!」
強くしがみついてくるシーラの肩が震えている。咲の首筋をシーラの涙がそっと濡らしていくのを、咲は肩を抱きしめ受け止める。
シーラがこれほど愛したエラは、ここにはもう存在しない。エラとして存在している自分が、美しい姫の美貌を奪い取る醜い老婆のように感じ、心が冷たく冷えきる。抱き止めているシーラにも聞こえない程の声を咲は漏らした。
「ごめんなさい、シーラ......」
開け放たれた窓から来た風が咲の言葉を連れ去っていき、部屋にはシーラの嗚咽だけが残った。
シーラが泣き止んだ頃、アナが紅茶の用意をして部屋を訪れた。こうなる事を見越していたのか濃い紅茶には、甘い蜂蜜とミルクがたっぷりと入っていた。アナから受け取った可愛らしいティーカップをシーラに差し出す。
「ありがとう、アナ......さぁ、シーラこれをお飲みください。落ち着きますわ......」
咲からカップを受け取ると、シーラは鼻を啜りながらゆっくりと紅茶で喉を潤す。
「とても美味しい......アナさんの紅茶はやっぱり格別ですわね。ごめんなさい......私、取り乱したりして......大変なのはエラの方なのに恥ずかしいですわ......」
頬を赤らめ綺麗な瞳で見つめてくるシーラはとてつもなく可愛い。まだ、学生くらいの歳で親友の事をこんなにも思いやれるなんて、とても心が優しいのだろう。
「なんだか、エラったら急にすっごく大人っぽくなられたのですね。私だけ子供のままみたいですわ」
「そんな事ないですわ、人の為にこんなに涙を流せるなんてすっごく素敵です──それで、もしよかったら貴方から見た前の私についてお話しくださる?」
泣いてしまったのが恥ずかしかったのか戯けたように言うシーラを褒めると、照れたのか目を逸らし、顔の横に垂れた綺麗な髪を耳にかけながらシーラは答えた。
「エラは、そうですわね......この国のトップに立つために、世間やキングストン様の前では隙を見せない完璧な淑女でしたわ。でも、私からしたら甘いお菓子とお茶会が好きな可愛いらしい女の子ですわ」
そこで言葉を切ると、こちらを少し見上げてくる。咲もシーラを見ると慌てて目を逸らし、俯きながら言葉を続けた。
「でも、私......今のエラも好きでしてよ......なんだかお姉さんみたいでドキドキしますの......」
「ありがとうございます、シーラ。私も貴方みたいな可愛い人とまたお友達になれて嬉しいですわ」
可愛いお姫様の皮を着た老婆は、一体いつまで可愛いお姫様達と友達で居れるのだろう。
既に遠くなってしまった夕陽の名残が漂う部屋は暗くなり、窓から入り込む夜の冷たさが、エラの名を騙る咲を責めるように腕をさしてくる。