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#番外編. アナ②

 手を引かれるままついていくと屋敷に入るなりハインツ子爵夫妻よりも上等な生地で作られたメイド服に身を包んだメイド長に服を全て剥ぎ取られた。


「まぁまぁ! なんてひどい、せっかくの可愛らしいお顔が台無しじゃないの!」


 古ぼけてところどころ汚れていた流行遅れの重たいドレスをメイド長はしかめ面でまじまじと見ている。何人かのメイドに指示を出しドレスを持って行かせると今度は少女に取り掛かった。


 金儲けのために洗う手とは違いその手は優しく少女垢を落としていく。頭の先から足先まで全身ゆっくりと温かいお湯と泡で洗われていくと埃や脂と共にクランツ家である自分も流されていくようだった。


 湯船から上がると親が洗った時とは違い見せかけの清潔さではなかった。薔薇の香りのするオイルを髪につけ優しく乾かされた髪はたっぷりと広がり、肌は輝くようだった。


 用意された服を着る頃には美しい貴族の少女そのものであった。客間で待っていた美しい貴婦人と優しそうな眼差しの男性は優しく少女を迎え入れた。


「こんにちは、アナスタシア。私はジェイコブ・ハインドでこちらは妻のイザベラだ。──まずは君の意見も聞かずにあそこから連れ出してしまって本当にすまない。あのままでは君に危険が及ぶため両親との接触を禁じてしまったが君が望むのなら勿論彼らもここに呼ぼう」

 

 優しく話しかける男性はよく見るとあの場にいた執事だった。どうやらこの屋敷の主人らしい。


「いえ、私をあの場から連れ出していただいたことに感謝こそすれど不満などひとつもございませんわ。一度父と母を屋敷に入れればあの人達はこの屋敷の財産さえも食いつぶしてしまうことでしょう」


 しっかりとした口調で受け答えする少女は年齢よりも大人びて見えた。光を宿さない瞳には人生に疲れが見えている。ふとイザベラの足元に張り付いている小さな子供がいた。


 その子供は幼いながらもイザベラに似た柔らかな髪をふわふわとなびかせて、星の煌めきを持ったアメジスト色の瞳でこちらを見つめていた。


 その子どもと目が合った瞬間、身体中に電撃が走った。真っ白でふわふわとした肌に頬は桃のように薄らと赤く染まり産毛がキラキラと輝いている。思わずしゃがみこみ、恐る恐る手を差し出すと弾けるような笑顔でこちらに駆け寄ってきた。


 まだ加減を知らない子どもの足は止まらずそのまま少女の胸の中に飛び込んできた。鈍い音を立てながら激突してきた子どもを心配して見ると変わらない輝く笑顔を向けている。なんて純粋でなんて美しい笑顔なんだろう、少女が目にしてきたどんな笑顔よりも美しいその顔に思わず額に唇を落とした。


 額に柔らかな愛情を感じ子どもは甲高い歓声をあげている。まるで氷を溶かされたように微笑む少女を見てイザベラも微笑んだ。


「ふふっ、この子の名前はエラ。よかったらこの子のお姉さんになってくれないかしら。エラもとても嬉しそう」


 イザベラの提案に思わず少女は顔を上げた。こんなに可愛いらしい子の姉になれるなら何でもする。少女の想いは既にエラへの愛情で溢れていた。


 しかし、姉であるならば自分も貴族の一員として迎えられる。その場合自分はエラより先に何処かへ嫁ぎ側には居られなくなってしまう。会ったばかりだというのに彼女にとって目の前で無邪気に笑うエラの側を離れるのは耐えられなかった。エラの側にずっと居続けるためには──────。


「もし──私のわがままを聞いてくださるのなら私をこの子の専属メイドにしてはもらえないでしょうか......」


「そ、そんなどうして──」


「この子の姉になるのが嫌なんじゃないんです、ハインド家の一員に迎えてくださることも全て。それでも私はこの子の側でずっとこの笑顔を守りたいと思ってしまうんです──」


 少女の真剣な瞳を見て困るイザベラの肩を優しく抱きながらジェイコブが提案してきた。


「そうか──勝手に君を連れてきてしまったんだ。君の望みはなんだって叶えるよ。それが君の幸せならね」


 その言葉に少女の瞳に光が灯った。そんな表情を見てハインド夫妻は一層優しい笑顔を向ける。


「だが、もし君の気持ちが変わったらいつでも言うんだよ。いいね?それじゃあ、アナスタシア──」


 皆が話しているのに混ざりたかったのかジェイコブの会話から少女の名前を拾い上げエラが大きな声で割り込んでくる。


「アナ!!!」


 そう言いながら少女の首に抱きついたエラを抱きとめながら少女は子供らしい笑顔でジェイコブにおねだりをした。


「ごめんなさい、ジェイコブさん。私これからはこの子のアナになりたいです。アナスタシア・クランツとはお別れしちゃいます」


 クランツ家のアナスタシアは商品でしかなかった。しかし、エラが呼ぶアナはこの子の専属メイドであり姉でいられるのだ。名前を呼ばれる喜びを知った少女は生涯ハインド家の娘に仕え続けた。

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