6-9EX.次期伯爵グレイお願い
「すみません!どうか、どうか!お願いします」
閃光と呼ばれる冒険者に、僕は思いっきり土下座した。
昨日のドラゴン騒動の一件で、皇都は結構混乱していて、実は昨日は大変だった。
なんせ、皇都の市民だけでも8万人を超える人がいるのだ。
そのうえ、皇都は今、空の上。
襲われたわけではないけど、相手はこの世界最強の一角、ドラゴンだ。
民間人(僕もそうだが)からすればパニックにもなる。
そんなことがあり、昨日は一晩中、市民の説得、制圧に駆り出されたのだ。
皇都が浮いた時ですらここまでの混乱はなかったが、三頭のドラゴンが襲来した時は城下は異様な混乱に包まれた。
そりゃ怖いよね。
ちなみに制圧といっても、武力や権威で制圧するわけではない。
……いや、まぁ。ないわけではないけど。
少なくとも僕に武力は無理だ。
権威に関しては……、幸い、いや、不幸にも僕のことは街の権力者には知れ渡っていた。
皇家が最近飼い始めたペットの神獣、前例のない職である神獣付きであり、縁戚から後継と認められた次期伯爵。そして、ギルドで働くかわいい新人四人娘の内の一人の婚約者。
そりゃ目立つわ。勘弁してほしいな。本当。
まぁ、今回はその権力者に救われた。
そのことを知っている人物の中に市民団のまとめ役3人と、職人街のまとめ役2人が居たのだ。
この5人、結構な権力者で、市民団の2人と職人街の2人は平民であるが、登庁することも許されている人物だ。
それぞれ、魔術師ギルドのギルドマスターと冒険者ギルドのギルドマスター、鍛冶ギルドのギルドマスターに、紡織ギルドのギルドマスターだ。
冒険者ギルドのマスターはティナさんだろう。
紡織ギルドのマスターは多分セレーノ伯からだろうなぁ。
他の二人はわからないけど、うん。きっとまた僕の知らないところで、僕の評価が誤解されているんだと思う。
ちなみに、最後の一人は商人ギルドの五役のうちの一人。
この人ばかりは本当にどこから話がいったのか、わからなかった。
まぁ、なんにしても、彼らが民衆をまとめてくれたおかげで、騒動は収まった。
……ちょっと、高圧的ではあったけど。
なんにしても、今日から数日はおそらく事後処理に追われると思う。
そうなると、ティナさんと約束していた数字を教えることができなくなる。
なので僕はここにきて、お願いしているわけだ。
僕と同じ境遇の、転移者に。
「なんで私がそんなことを……」
いや、正確に言うと僕と全く同じというわけではない。
彼女は転移者、僕は転生者。
本当は僕も転移者だったのだけれど。
けど、現代の知識があるというところは変わらない。
このアラビア数字がまだ発明されていない世界で数字を教えるのに、これほど適した人物は他にはいないだろう。
いや、まぁ。いなくはないのだけれど。彼は……うん。喋れないし。
「というか、そもそも、良いのかしら?」
「なにがですか?」
「あなたの奥さん……いや、まだ婚約者だっけ?まぁ、どうでもいいけど。ともかく、女を紹介されたら気が気じゃないと思うのだけど?」
「え、なんでです?むしろ同性の友達ってうれしいと思いますけど。それに多分ギルドで会っていると思いますよ」
「はぁ、まぁいいわ。で?それは冒険者としての依頼という事でいいのかしら?報酬とか手続きが大変だと思うけど」
そうか、その問題があった。
彼女は冒険者。当然、仕事を頼むと報酬が発生する。
うーん。しかし冒険者組合に頼むと早い者勝ちになるし。どうしたものか。
「……方法がないわけじゃないわ。多分、貴方は嫌いな方法だと思うけど」
え?そんな便利な方法……。
「ギルドに次期伯爵名義で、指名依頼すればいいわ」
「次期伯爵名義?あ、その手がありましたか」
貴族名義の依頼というのは、冒険者にとっての名誉だ。
冒険者たちにとって、その依頼は大きな報酬と貴族に覚えてもらう大きなチャンスとなる。
上手くやれば、貴族のお抱えになることだって可能だ。
指名依頼ともあればなおさら。
対して貴族側にも値は張るが、確実な実力者の派遣と、手続きの簡略化というメリットもある。
欠点があるとすれば、僕が次期伯爵と喧伝する行為であるということくらいか。
ちなみに指名依頼というのは、ギルドが指定するランク以外に特別な条件を指定することだ。
例えばそれは個人であったり、特定のスキルであったり。
今回の場合は個人名か女性に限定した上でアラビア数字を理解しているもの、と条件を指定すればいいだろう。
詐称防止の為にギルド職員に答えを渡した上で、アラビア数字を読んでもらえばいい。
そうすれば恐らく彼女だけが条件に合う人間となるだろう。
それで行くか。
次期伯爵と喧伝するのは遠慮したいけど、そこはギブアンドテイク。
彼女にもメリットはあってしかるべきだろう。
「わかりました。それで行きましょう」
「え?良いの?貴方、次期伯爵って喧伝しても」
「もう、ある程度なら仕方ないですよ。それに自分で喧伝しなくても、多分セレーノ伯が既に喧伝してると思います。ただ報酬の方は僕のお小遣いなのであまり多くは……」
「なるほど、わかったわ。それでいいわ。報酬は……出世払いにしておいてあげる」
「ははは……お手柔らかに……」
よし!なんとか教師役を確保できた。
後は、彼女をティナさんに紹介すればいいだけだ。
その日の午後、ティナさんを訪ね冒険者ギルドへと向かった。
例の依頼書は懐に入っている。
「あのティナさんは今、空いてますか?」
受付のお姉さん……お姉さん?にティナさんを呼んでもらう。
「申し訳ありませんが、ギルド職員への個人的な呼び出しは……って、ああ!」
事務的なやり取りをしようとして叫んだ彼女は、受付のカウンターをまたぎ、僕の腕をガッチリと抱え込んだ。
っておい!胸が、胸が腕にぃ!!
「あ、あの!」
「ティナちゃーん!旦那さんが来てるよ!!」
大声でティナさんを呼んだ。
いや、その前に離して!
ていうか、そんな大声で旦那さんとか叫ばないで!!
「何ぃ!?我らがティナ殿に旦那ですと!?」
「どこの馬の骨だ!!」
「囲め囲め!絶対に逃がすな!!」
「いや、それより俺、フィルアちゃん派だからあの腕が羨ましい!!切り落とそう!!」
「あ、俺、レイアちゃん派。かのに俺の隅々まで資料に残してもらいたいぜ」
「俺、ミアちゃん派。彼女になら解体されてもいい……」
「いや、お前その言い方はどうよ……」
周りが騒がしくなってきた。
あと、切り落とさないで。これは僕のせいじゃないでしょ!?
丁度その時、閃光さんがギルドへと入ってきた。
……彼女は知らん顔を決め込んだようだ。一瞬、すごい顔をした気がする。
「フィルア、何を騒いで……あっ」
ティナさんがやってきた。
僕とフィルアさんを交互に見て……いや、多分、フィルアさんに掴まれた僕の腕と、フィルアさんを交互に見ている。
「あ!ティナちゃん!旦那さんだよ!」
その声を聞いた彼女はコホンと咳払いをし、言葉を続けた。
目がとても怖い。
「フィルア、彼は次期伯爵なのですから失礼な態度をしてはいけません。申し訳ありません、次期伯爵様。彼女には今度教育しておきますので。こちらへどうぞ」
次期伯爵と聞いて再び周りがどよめく。
「じ、次期伯爵だって!?ってことは、ティナ殿は次期伯爵夫人に!?」
「まさか、金で買ったのか!?いや、まさか伯爵家から脅されて妻になれと!?」
「くそぅ!貴族のボンボンめ!どんな卑劣な手を!!」
「いや、彼女の幸せを思えばここは祝福するべきでは?」
「俺、フィルアちゃん派だけど、教育されたい!!」
「俺はレイアちゃん派だけど……」
いや、もういいから。
あと、ちょいちょい出てくる派閥は何なの?
冒険者ってこんな人ばっかりなの?
「グレイ様、お早くこちらに」
ティナさんに引っ張られて僕はギルドの奥へと歩を進めた。
遅くなりました。