6-4EX.冒険者『閃光』の氷室彩音、新人教習
「こっちは食べれる。こっちはダメね」
新人冒険者たちの研修で私は食べれる食材と食べられない食材を仕分けていた。
この研修は自分達で食材など、キャンプに必要なものを用意することから始まる。
日程は二泊三日。
先ずは食糧は2日分の調達を自分達で街で用意してもらう。
もちろん、過度な食糧は邪魔な荷物になるのでオススメ出来ない。
何事も適量。
これで、食糧の適切な量と料金の感覚を身に付けてもらう。
で、保存食だけでは栄養が偏ったり、長いキャンプ生活では飽きが来たりするので現地での調達の術を身につける。
食べれる野草、木の実、生肉、花、キノコ。
森は食材の宝庫なの。
ザクッと根っこごと引き上げた草をみんなに見せる。
「これは根っこが食べられるわ。ただ、花のつぼみには毒があるから食べないように」
「根っこを食べるんですか!?農民出身でも聞いたことがないです」
「あら?意外と美味しいわよ?」
「すまない。俺も初めて聞いた」
教官が言う。
あら?もしかして、あまり一般的な食材では無かったのかしら?
牛蒡のようなこの食材は狩人のなかでは割とメジャーな食材なのだけど。
ただ、根を食べるという性質上、あまり多くは流通しないから、仕方ないかもしれないわ。
そういえば、市場に大根……というか、蕪みたいなものはあった気がするわ。
今度、干して保存食にでもしてみようかしら?
「閃光さん!こっちの植物は食べられますか?」
「それはミミックリーね。食べれるわよ。ただ……」
「やった!」
私に聞いた女生徒が早速といった感じで手を伸ばす。
「あ!ちょっと待ちなさい!」
止めるが遅かった。
彼女の手にミミックリーの蔦が巻き付く。
「きゃあ!?」
そのままスルスルと体に巻き付き持ち上げられる。
「それ、分類的には魔獣なの。核を先に潰さないと逆に捕食されるわよ」
「先にいってくださいよ!!っていうか助けてーーー!」
私は逆さ吊りにされた彼女の元に解体用のナイフをもって向かった。
「ひ、ひどい目に遭った……」
「ちゃんと最後まで話を聞かないと。因みにあのままいけば捕食か苗床コースよ」
「ひぃ」
まぁ、そんなこと、滅多に起こらないのだけど。
ミミックリーは魔獣にしては優しい方だ。
名前から想像出来るかもしれないが、所謂、宝箱に擬態するミミックと呼ばれる魔物の植物版。
基本、養分は土からの養分で事足りるので、人を襲う事は滅多にない。
それでも、毎年数十人位の被害を出すので、魔獣認定されている。
大概の場合、その実に手を出そうとした人が襲わる。
一番悲惨なのが、苗床にされることだ。
胃などの内臓に植え付けられた種は急成長、ほとんどの場合、襲われたらすぐにその場から立ち去ろうとするので、少し離れたところで成長し、いずれはミミックリーの苗床として養分になる。
結構、グロいのだ。
見た目としてはユリのような花に蔦がついている感じ。
核はなぜか根本付近のコブの部分にあるので、無力化すること自体は容易だ。
なので近づく際はあらかじめコブの部分を攻撃し、無力化してから近づくと良い。
対処さえわかってしまえば、比較的簡単に狩れる生物なのだ。
ちなみに、ミミックといえば真似るを意味する英単語だが、この世界、というかドリス語でもミミックはミミックと呼ばれている。
不思議なこともあるものだわ。
「はい、これでOK。あ、そっちの花も食べられるわよ。茎ごと摘んでね」
「わかりました」
ミミックリーは花と実を別々に付ける、植物としては珍しい構造をしている。
花は雄蕊だけ、実は雌蕊だけの別々の器官なのだ。
また、雄蕊は雌蕊に比べて非常に咲いている期間が長い。
雌蕊がわずか1日しか咲かないのに対し、雄蕊はなんと6か月も咲き続けるのだ。
実は生食には向かないが、茹でて灰汁を出すことで、カボチャのような食材として使用できる。
花は花粉を落として、香りづけや飾りに使うのもいいが、実は花自体も食用になる。これも茹でることで木耳のようなコリコリとした食感が楽しい食材になる。雄蕊だけはえぐみがあるから切り落とすけど。
「閃光殿、こっちの食材はどうしましょう?」
調理中の私に、貴族風の男生徒が声をかけてきた。
「あぁ。それは全部生食用ね。あともし馬を使うんだったら彼らの食料に粗目に砕いて混ぜるといいわ。馬の栄養補給にもなる」
「なるほど」
貴族風の男がじっと私の方を見てくる。
「……なにかしら?」
「いえ、食事も作れて冒険者としても優秀。素晴らしい方だなと思いまして」
「ほめても何も出ないわよ」
「ふっ。冒険者として身を立てるという誓いを立てていなければ、きっと私は、貴方に求婚していたでしょうね」
軽薄。
残念。私は多分求婚されてもあなたには靡かないわね。
食事の用意を終えて、皆で食事をとる。
保存食の堅焼きパン、干し肉はみんなに買ってもらっているので、それ以外は森で採取した食材だ。
干し肉とまとめて鍋に放り込んで煮るだけ。
非常に簡単な料理だ。
今回はみんなも頑張ってくれたので、新鮮な食事も多い。
明日辺りは、食材の集まりを調整して貧相な食事も体験させておいた方がいいかもしれない。
もしくは狩りで肉採取かな。
でも、この子たち大丈夫かしら。
魔物……とはいかなくても、普通の猪くらいなら狩れるかしら?
次の日、時間はお昼過ぎ。
私たちは狩りを行っていた。
「そっちに行ったわよ!逃がさないで!」
獲物は飛兎。
兎といっても、体は大型犬程もある、大きな兎型の魔物だ。
草食で繁殖も早く、農村部では家畜化もされている魔物で危険度は低い。
動きは早く、逃げるときには人の背丈をゆうに越す大ジャンプを見せることからその名前がついた。らしい。
まぁ、狩人で狩れる魔物を私達が狩れない筈もない。
「おかしいわね」
「あぁ。これは異常だな」
飛兎を狩った私と教官は森の異常性に気が付いた。
今は狩ったあとの血抜き中。
飛兎を木に吊るして私達は警戒していた。
「何がですか?」
受講者の一人が聞いてくる。
「そもそも、飛兎は群れで生活するの。肉食獣もこの体格の群れは躊躇するから」
「こいつは単体、群れを追われたりしない限りはこの時点でおかしい」
「それに、本来はこんな森深くにはいないのよ。身体的には森で隠れるより草原で逃げ回っていた方が得意なわけだし」
「何か原因があると?」
「えぇ。とはいえ、飛兎が形振り構わず逃げる相手となると……」
「より大型の、それも強力な肉食か……」
そう言った教官の背後の茂みがガサガサと揺れる。
同時に、それが飛び出してきた。
「危ない!」
私の声を聞いて、間一髪、教官は剣を引き抜き、背後の何者かの攻撃を受けることができた。
「ぐっ!こいつは、まさか……」
「最悪……!」
「な、ななな!何ですか!あれは!」
「池血獣、ディベア!!」
氷室さんはこっちの世界で猛勉強したのでドリス語がそこそこ扱えます。
ミミックリーはざっくり太いキュウリを想像してください。
飛兎はゴールデンレトリーバーくらいの大きさです。