5-6EX.次期伯爵グレイ
僕の名前はグレイ。グレイ・ハマー。
なぜか女神さまに転移させ……もとい転生させられ、この世界にやってきた人間だ。
しかし、ここ数日で僕の周りの環境は大きく変わってしまった。
まず、僕がいる国の姫様が猫を飼い始めた。
するとなんとその猫が神獣というとんでもなく強い猫だった。
さらにその猫は、実は同じ女神さまに選ばれたいわゆる転移者で、使命まで似たようなものだった。
けど、僕とは圧倒的に格が違う。
まず、強い。
どのくらい強いかというと、この地域で最強と呼ばれる冒険者とその弟や、一級と呼ばれる強さを持つ人たちと戦って、圧倒するくらい強い。
この世界の人間は魔法が使えるが、その魔法が圧倒的だ。
植物の成長を早める、くらいはこの世界の人間でもできるが、森を創造してしまうほど魔力が強い。
これはその地域最強の冒険者から聞いた話だが、未知の魔獣を火山を作って滅ぼしてしまったらしい。
どう考えても格が違う。
それに比べて僕は、『死亡フラグ』とかいうわけのわからないスキルに、一向にレベルが成長しない肉体、準貴族の子供という微妙な立場。という立ち位置だ。
なぜ女神さまはここまで差を与えたのか。
まぁ、女神さまを恨んではいない。
この生活はそれなりに楽しいし、働き甲斐もあるから満足している。
そして、僕がその神獣様付の警護兵隊長、兼夜烏隊の班長になったこと。
これは夜烏隊班長と神獣様の警護兵を兼ねる色々とんでもない職だ。
この国ではざっくりいうと皇族の下に公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・騎士と続き、その下に準貴族・将軍・近衛兵・夜烏隊・一般兵・平民と続く。
夜烏隊は一般兵よりは優遇されるが、近衛兵より立場的には下。
まぁ、近衛兵って最低でも準貴族、基本的には騎士が就く物だ。
しかも今の皇国には36人しかいないけど。
神獣様付っていうのは最近できた役職で、僕の居た班がそのまま神獣様付になった。
姫様の計らいにより、新しく神獣様付の夜烏隊は夜番の班からは外され、しかも立場としては近衛兵以上となった。
おかげで、夜烏隊のメンバーからも、近衛兵からも若干距離を置かれている気がする。
本当に、余計なことをしてくれた、って思う。
いや、まぁ。口には出さないけど。
口に出したら確実に不敬罪で死んでしまう。
さらに、僕の立場がかなり格上げされてしまったこと。
父は冒険者だが、ドリス皇国では準貴族に当たる。
それなりに立ち場のある人物が、僕に継承権はない。
準貴族は引退したら平民、子供も平民になるためだ。
しかし、今の僕の立場は次期伯爵。
お世話になった、伯爵が引退が近いということで、後継者を探していた。
そこに僕が選ばれたわけだ。
伯爵と言っても、多々いるが、僕がお世話になった伯爵はセレーノ伯爵といって皇国内では非常に力のある伯爵だ。
その主な収入源は農業と畜産業。
それも衣類の原料となる綿花・ゴムリア草や羊毛・養蚕業などを主な収入源としている。
簡単に言うと、国内の布や生地の原料の組合の親方みたいな人だ。
結果として領地の広さに対してかなり裕福なようだ。
しかし、それがすべてではない。
副産物として産出される羊肉やミルクなんかも幅広くやっている。
もちろん、他の地域でも生産・消費しているので独占というわけではないが、それでも皇国の3割に近い割合で、セレーノ伯の息がかかった商品となっている。
3割と聞くとあまり大きくないように感じるが、ドリス皇国は大国だ。
国内の人口は124万を数える。
さらに高級品である絹や魔法糸などから作られる魔法の布なんかも、基本的にはセレーノ伯の息がかかっていると考えるとその利益は計り知れない。
っと、セレーノ伯がご自身で以前言っていた。
でそんな方の後継者候補。
正直、信じられない。
胃が痛い。
ちなみにドリス皇国内では生活必需品を生産する貴族は、他の同格の貴族たちより立場……まぁ、発言力が強い。
生活必需品は確かに大事だしね。
そして、僕が後継者候補になったことで、一つ更なる変化があった。
婚約者の存在だ。
貴族の後継者候補が、婚約者もいない状態は良くないことらしい。
なので、セレーノ伯に半ば無理矢理、お見合いをさせられた。
ほぼだまし討ちだ。
なんせ、僕の家族のことで話があると皇都の高級料理屋に呼ばれたら、婚約者がいたのだ。この人はなんというか、お茶目性格をしている。
驚く顔を見るのが何より楽しいとか言ってたしな。
相手は、父方の従妹であるティナ嬢。
ティナ・ハマー。
父の兄の家系であり、その奥様は皇家が所有している公爵領の端に位置するオルガン男爵家の生まれ。
……平民、いや。元平民の僕にはもったいない人だ。
今はギルドで教育官をしている。
勉強熱心で、休日でもフィールドワークをしている勤勉な人だ。
そんな人が僕なんかとお見合いをさせられた。
まぁ、向こうは貴族としての教育も受けているため、ある程度覚悟もしていたようだ。その胆力が羨ましい。
この4点が僕の身近で起こった大きく変化したこと。
そして僕は今、その彼女と食事をご一緒していた。
なぜこんなことになっているかというと、神獣様との模擬戦の後、食事に誘ったのだ。
「俺、この戦いが終わったら、彼女を食事に誘おうと思うんだ」
そんなことを口走った気がする。
あの時は、あまりの変化と、神獣様と模擬戦をするっていう事実に打ちひしがれていて、あまり頭が回っていなかったんだ。
結果は神獣様ではない、ただの猫に負けたんだけど。
その後、ぼんやり考え事をしていた僕に、友人のオットマンがこういった。
「え?お前、あんなこと言っておきながら誘ってねぇの?マジありえねー。俺なら速攻その日に誘うわ~。そんなんだから、いつまでたっても童貞なんだよ!」
などと煽られたため、意地になって誘ってしまった。
ちょっとイラっとしたのは認めるけど、少し早まったかもしれない。
なお、オットマンはきっちりと殴っておいた。
広場の噴水前で待ち合わせをした。
時間は第5の鐘が鳴り砂時計が1つ落ち切る頃。およそ17時だ。
この町では第1の鐘から第6まで約2時間おきに鐘が鳴る。
なので僕の出身地であるモンガ村とは違い、日時計よりももっと正確な時間を伝えることができる。
最も、地方から来た貴族にはあまり普及はしていないようだ。
それができる魔道具も限られているし、生産もできていない。
だからある程度は仕方ないだろう。
そして、街にある家々の壁に皇家が設置した砂時計型の魔道具は、更に細かい時間を伝えることができる。
黒い砂時計と青い砂時計が2つ並んだデザインで、それぞれの砂時計には6つのメモリが刻まれている。
これが、鐘が鳴ってから黒い方の砂時計が回り、砂が落ち始める。
そしてその砂が落ち切ったころ、青い砂時計が回り、砂が落ちる。
つまり、1時間の砂時計を2つ並べた砂時計だ。
多少の誤差はあるが、メモリを見れば、今が大体何時かということは見て取れる。
欠点としては第1の鐘が鳴るのはおよそ午前8時、そこから2時間おきに第6までなるのでこの砂時計は20時までしか対応できないことだ。
まぁ、この世界、夜はほとんど活動しないし、夜に時間を知っておく必要もないのかもしれない。
で、もう1つの欠点としては、この魔道具伝達速度が若干遅い。
皇都はとても広いので端から端まで伝達しきるには、体感で約3分ほどかかる。
なので砂時計が落ち切るまで鐘の側と、端の方では目視できる時間が6分ほど変わることになる。
まぁ、誤差の範囲だろうけど。
ちなみに、鐘は街の中に10か所ほど設置されているので、その10か所が街の中心となっている。
その辺りに近いほど、地価が高い。
例外的に、貴族街の側ではさらに地価が高くなっている。
まぁ、貴族街にも職人街にも2つずつ鐘があるし、地価の中心はやはり鐘だ。
僕としてはうるさいだけだと思うんだけど。
で、今は16時。第5の鐘が鳴ったころだ。
ちょっと早く着き過ぎた。
ギルドの完全開放時間は、第1の鐘が鳴ってから第5の鐘が鳴るまで。
つまり、8時から16時だ。
その後は、一部のみ開放となる。
まぁ、夜は併設された酒場での仕事もあるし、大変だろうな。
さて、彼女が到着するまで後、1時間。何をして過ごそうかな?
彼女へのプレゼントも買っておかないといけない。
オットマンに注意されたからな。
街を見渡すと、屋台で売り子がジュースを売っていた。
「いらっしゃいませ~。キンッキンに冷えた氷菓子はいかがですか?」
あれ?この売り子の娘、魔法使い?
って氷菓子?てことは、この棚に並べた色とりどりの液体は……、もしかして、シロップ?
いや、それ以前にまだ春の月(4月)になったばかりだぞ?
平均気温が10度くらい(体感)しかないのに氷菓子って……。
「あ、一つください。器は……、あ、これで」
僕は自分のカバンから、透明な容器を出す。
これ、結構作るのめんどくさいんだよな。
ある実の皮を丁寧に剥いて、白い実を取り出したものを、細かくすりつぶして、木の方に入れて、じっくり焼くこと、3時間。
それをしばらく自然に冷ますことによって、まるでプラスチックのような質感の透明な器……、というかコップができる。
まぁ、この製法を発見したのは偶然なんだけど、こんな感じで時間がかかるので、最近は釣りに行くときに一つ一つコツコツ作っている。
型を作るだけでも大変なので、本当に時間のある時しかできないけど。
焼くと型も焼けてしまうし、焼けないように余計に離すと火が通らない。
ほんとに大変なんだよ。これ。
なので、姫様に見つかってねだられたときにはちょっと絶望した。
「はい、お客さん。できましたよ。銅貨三枚です」
「あぁ、ありがとう」
僕は器を受け取って、お金を払う。
受け取った器を改めてみてみる。
細かく砕かれた雪のような氷、上にかかった赤いシロップ。
……うん、これやっぱりかき氷だな。
この世界にもあるんだ。かき氷。
ってあぁ、しまった。
「あの、すみません。スプーンを購入します」
「はい。ありがとうございます。銅貨一枚です」
僕はお金を払って、木のスプーンを購入する。
大体こういう店は皿が銅貨2枚、スプーンが銅貨1枚だ。
手作りの割にかなり安い気がするが、こういうのは孤児院の子供や主婦方の内職なのだ。なのでそれなりに安くできる。多分、スプーン5本で銅貨1枚くらいかな。
まぁ、金属製とは違って別に特別な技術がいるわけではないので、この辺は仕方ないかな。
スプーンを使って一口。
うん。おいしい。
僕らの世界のようにべったりとした甘さはないが、フルーツのさわやかな甘さだ。
「あの、この氷菓子……かき氷、なんでこの時期に?」
「あれ?お客さん、うちの氷菓子、ご存じでしたか?実は私達、帝国の方で冒険者してまして。向こうでも結構人気なんですよ。氷はこの時期が一番手に入りやすいので、この時期のお小遣い稼ぎなんです」
「へぇ、冒険者……」
冒険者でもたしかにこうやって、稼ぐ人たちは存在する。
流石にあのヴィゴーレ様とかはしないだろうけど。
もう一口、二口と食べる。
おぉぉぉぉぉぉぉ!!来た来た!!これこれ!!
かき氷と言ったらやっぱり、アイスクリーム現象だよな!!
もう16年ぶりのこの痛み!!
こっちじゃ、氷なんてそうそう手に入らないしね。
「そうです、お客さん。おいしいでしょ。これも、うちのリーダーが考案したんですよ」
「うん。うん。いや、久しぶりに食べたらハマるね。これ」
「ひさしぶり?」
僕は店員さんとの話もそこそこに、夢中でかき氷を食べ進めた。
「ふぅ。美味しかった。……って、もうこんな時間!?」
やばい、そろそろティナさん、来る頃かも。
その前に、プレゼント買わないといけないんだった。
「ありがとう、店員さん。美味しかったよ!じゃ、これで」
僕は近くにある小物商に走った。