4-2.蟻と女王蜂の蜂蜜
公爵領から正式な宣戦布告が届いた日、シャルロッテさんやじぃやさんはひどく忙しそうにしていた。
そりゃそうだ。
皇国を形成する3つの公爵領がすべて同時に敵に回ったのだ。
実質、ドリス皇国は崩壊しているとみていいだろう。
それをどうするか、ガラハドやアマンダさん達も込みで協議しているようだ。
結論、俺はとてつもなく暇である。
今は正午を少し過ぎたくらい。
1日2食か軽い間食を挟む2食1間食、または2食2間食が当たり前のこの世界では、休憩や間食が行われた後の時間帯だ。
俺は城のそばにある森の一角に来ていた。
墓場の奥にあったあの森だ。
あの熊……、ローゼシュヴァインだったけ?名前が長い。ローゼで。
その熊に用事というか、会いに来ていた。
結局、あの夜に姫さんたちを守ってもらってから、一度も会ってなかったのでお礼でもしようと思ったのだ。
まぁ、俺に出せる物なんてそうそうないんだけど、毛づくろいくらいはしてやれるしな。
魔女さんは城で魔法兵に授業をしているのは確認した。
バロンは今俺の目の前にいる。
(で、今日は何をしに来たんだ?)
「いや、ローゼシュヴァインにこの前のお礼をと思ったんだけど。バロン何してるんだ?」
(蒔き割りだな)
スパーン。スパーン。
なんていうか、漫画ではよくあるが薪を投げて剣で切ってるなんて曲芸じみた真似、本当にできる奴いたんだな。
(ローゼシュヴァインに用があるなら森の奥にいると思うぞ)
「森の奥?」
(最近、蜂の魔物が迷い込んできてな。まぁ、ここは皇都だ。人間に知らせると討伐対象になりかねんからな。その蜂の世話をしているんだ)
「蜂、蜂かぁ……」
そういえば、ここ数日結構なところを見て回ったけど、養蜂をしている人を見かけなかった。
この町は広い。流石王城のある町だと思う。
これだけ大きいと当然全部回ることはできてないんだけど、それでも農民や酪農家といった一次産業の人たちはあまり見かけてない気がする。
というか、そもそもファンタジー世界の市民って何をしている人たちなんだ?
生きていく以上、何かしらの仕事にはついているはずだが……。
産業の比率とかどうなっているのだろうか。
などと考えながら、俺は森の奥へと歩いて行った。
奥と言っても、家の裏手なのだが。
正直、少し木々の間から城や塀が見えるから森といった感じがしない。気がしなくもない。
ブブブブブブブ……
ん?
俺の耳に、羽音が届いた。
周りを見渡すと、周囲には数匹の蜂が飛んでいた。
蜂たちは3~5匹の隊列を作り、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしている。
さっきバロンは蜂の魔物と言っていたけど、魔物といっても、大きさは普通のミツバチと変わらないんだな。
ちょっと安心。
蜂たちは俺には興味ないのか、全然こちらに見向きもしていない。
まぁ、わざわざ刺激することもないのだが。
俺は辺りにローゼがいないか探す。
するとローゼは二本足で歩き、せっせと何かを運んでいた。
アレは……枯れ枝か?
少し太めの枝を木の根元まで運んでいる。
なにしてるんだ?あれは。
おーい。ローゼ!
ニャー!!
お、こっちに気づいた。
いや、ちょっと待て!?
ドタドタドタドタ!
熊の全力疾走が俺に向かってくる。
怖っ!?
慌てて姿をヴォルガモアに変える。
猫の姿で受け止めるにはローゼはでかすぎる。
げふん。
ローゼの突進でひっくり返される。
ローゼは俺の体に鼻先を近づけ、甘噛みする。
あー、これは見たことあるぞ。
動物の子供が力加減を覚えるのに兄弟や親とする遊びか。
ローゼは意外とまだ幼いのかもしれないな。
って、いやちげぇよ。
ちょっと離れろローゼ!
はぁはぁ。
疲れた。
とてつもなく疲れた。
ほとんどじゃれてただけなんだけど。
で、こいつはいったい何をやっていたんだ?
木の枝なんて運んで。
ツンツン。
ん?俺の後ろ脚がつつかれる感触。
なんだ?
振り返ってみる。
………
あ、蟻だー!?
でっかい赤い蟻がいた。
頭の高さは俺の膝(?)の上くらい。
身体の長さはローゼにも負けてない。
いや、でかすぎだろ!?
なんだこいつ!?
そんな俺の心を知ってか知らずか、蟻はこちらをちらりと見ると、ローゼのいた木の下へと移動した。
見ると彼の背中にはローゼより小さな木の枝が多数のっている。
彼?が背中の枝を下ろすと先ほどより大きい蜂達がその枝に群がっていく。
よく見ると、ローゼが持っていった枝ももう無いようだ。
蜂達がどこから来たのかと思って観察していると、木の上の方に大きな穴が空いていた。
この中が巣になっているのか、蜂達はそこから出入りしていた。
不意に蟻が木の根本付近をトントンと叩くと、先ほどの蜂より大きな蜂が出てきた。
首回りがもふもふで、サイズが他のものに比べて格段に大きい。
もしかして、女王蜂か?
何してるんだ?
疑問に思っていると、出てきた女王蜂は俺の回りを一周。満足したのか俺の背中の上でくつろぎ始めた。
いや、まぁ良いんだけどさ。
にしてもこいつらは何をしていたんだろう?
観察していると、ローゼがいつの間にかバケツのようなものを口にくわえていた。
それを木の根元……蟻のいるところに置いた。
よく見ると根元のところに細い筒のようなものがある。
筒の先にある栓をローゼが器用に取ると蜜が流れ始めた。
もしかしてアレは……
蟻とローゼがたまった蜜のようなものを舐め始めた。
俺が近くに行くと、ローゼが場所を譲ってくれた。
少しだけ舐めさせてもらう。
やっぱり。これは蜂蜜だ。
まぁ、蜂だしな。
もしかして、この木のここからあそこの穴まで全部巣なのか?
すげぇな。
もしかして、ローゼや蟻が持ってきていたのは巣の材料か?
蜂の巣って何だったか蜂蜜が原料とか聞いた気がするんだが……。
なぜに木の枝?
そう思っていると俺の上にいた蜂が木の枝を一本取った。
ガジガジガジガジ……
え、何?もしかして巣の材料じゃなくて食事か?
いや違うな。細かく切って蜂蜜で固めるのか。
(子供たちのためのエリアはこうして頑丈に作るのじゃ)
!?え?今声が……。
「もしかして、バロンが使ってるテレパシーと同じものか?」
(その通りなのじゃ。一日十回くらいしか飛ばせぬで、あまり勝手はよくないのじゃがの)
なるほど。
「で、これは何してるんだ?あとあの蟻は?」
(巣に適した木を頂いたので巣を作ったのじゃ。そやつらには巣作りの手伝いをしてもらったので、そのお礼に蜜を分けておったのじゃ。蜜を作るのに適した植物があればもっと味がよくなったのじゃがの)
へぇ。
つまり、蟻と熊が蜂蜜生産……養蜂家か。
先ほどの蜂蜜はそれなりに美味しかった。
あ、そうだ。国に言って保護してもらうのはどうだろう。
この世界は魔物と共存することに関してはそこまで忌避感はないのだろう。
馬の魔物だって使ってるし、熊の魔物だって使ってる。
俺も飼われているしな。
その辺、どうなんだろう。
中世レベルの生活感だと、砂糖の代わりになってたはずだし、蜂蜜酒なんてものも作られていたように記憶しているんだが。
そういえば、姫様たちが飲んでいるのは水とかミルクとか果汁とか、あとワインも飲んでたっけ。
あれ?やっぱり蜂蜜見た記憶がねぇな。
その日結局、ローゼにお礼をしようと思ってローゼのところに行ったことはすっかり忘れて、俺は帰宅したのであった。
記憶力が緩い?
まぁ、そういうな。って誰に言ってんだ。俺。
その日の夜、俺は自分にあてがわれた部屋で、いつもの日課をしていた。
人化の訓練だ。
シャルロッテさんはこっちに来るとき、夜半過ぎに来る。
なので、夜でも比較的早い夜の鐘が鳴った直後か、シャルロッテさんが部屋に来て寝静まった後、行うようにしている。
訓練の結果、なんとここ数日で約3分まで人化できるようになった。
正直、ちょっとペース遅くない?
この手のチートってもっと早く自然にできるもんかと思っていた。
訓練が必要とは思わなかったよ。
おっと、愚痴ってないで、訓練訓練っと。
ここ数日の研究の結果から言うと、この人化は魔法ではなく、スキルだ。
スキルによって体の骨格を作り替える。
昨日、女神と話したことによって、ある程度の仮説はできた。
恐らく、体の骨格を変える際、必要となる栄養や物質は魔力、もっと言えば魔素や魔元素で補っているのだろう。
四足歩行に適した身体から二足歩行可能な体に。
動物の身体を人の身体に近づけ、声帯も作成する。
俺の体の構造の知識は学校で習う保健体育で止まっているが、問題はない。
すべてスキルが補完してくれる。
顔は……、どうも最初に見た印象が強いのか、現代での俺の顔ではなく、こっちに来て一番初めに見た俺の顔になってしまう。
人化が終了した。
俺は鏡の前に立ち、鏡の中の自分を見つめる。
うむ!イケメンだ!
いや、違った。
人の身体だ!
人化の訓練は消費される魔力の量から1日、1回か2回しか行えない。
だんだんと魔力を消費していく量が少なくなっている気はするが。
女神は魔力が体に馴染んでいないとか言っていた。
馴染んだらもっと長時間、人化できるようになるのかな?
正直に言おう。そんなことを考えていたので、対応が遅れた。
人の姿になると鼻が利きづらくなるというのもあったのだが、思考をほとんど人化のことに回していた。
俺は現代にいたころも、集中すると周りの音が聞こえなくなるタイプだった。
なので、対応が遅れたのだ。
「アレク。今日も、一緒、に……」
ガチャリと音がしたかと思うと、扉からシャルロッテさんが入ってきた。
目を向いて驚いている。
そりゃそうだ。なんて言っても……。
今、俺は全裸の男の姿をしているのだから。
なんだか急ぎ足になってしまいました。
魔法の属性や周辺の環境、食料用の植物なんかはある程度まとめることができましたが、動物関係や鉱物関係が……。