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3-6.皇国の産業

 戻ってきた俺たちは、そのままシャルロッテさんの執務室へと通された。

 ちなみに俺の体は脇の所でシャルロッテさんに腕で抱かれ、足がプラプラ状態で移動されている。

 すでに俺の体は自由の身ではない。


 シャルロッテさんが執務室の一席に腰掛けるとドラディオに声をかけた。

「ドラディオ。まずはご苦労様でした。そちらの席にでも座ってください」

「ありがとうございます。ですが、私はこのままで」

「そうですか?……ではドラディオ、早速ですが、聞きたいことがあります」

「は。それではご報告いたします。無事任務は成功いたしました。……幸いにも、門外でローティホースを調達することができ、予想をはるかに上回る速度で……」

「そこではありません」

 シャルロッテさんが唐突に口をはさんだ。

 ドラディオをすごいにらみつけている。

「は?あ、あの?殿下?」

 ほら、ドラディオも困惑してるじゃん。

「……言わねばわかりませんか?」

 魔王さえも睨み殺せそうな顔と声でシャルロッテさんがドラディオに質問した。

 いや、こえぇよ。

 何を言いたいのか俺にはさっぱりなんだが。いったい何にそんなに怒っているのか。

「……申し訳ございません。私には殿下のおっしゃりたいことが見当がつきません。よろしければ、浅学のわが身にお教えいただけないでしょうか?」

 シャルロッテさんが大きくわざとらしいため息をついた。

 そしてたっぷりと為を作った後口を開く。

「わかりました。では率直に伺います」

 ゴクリと俺とドラディオの喉が鳴る。いったい何を言うというのか。緊張感が俺とドラディオに流れた。

「私の聞きたいこと、それは……」

 ガタっとシャルロッテさんが席を立った。




「どうやってアレクシスを手懐けたのですか!!」




 シャルロッテさんが俺をガッと前に突き出してドラディオに迫った。

「「……は?」」

 俺とドラディオは完全に頭がハテナ状態だ。

「あの?殿下いったい何のことで……」

「誤魔化さないでください!この数日!私がどんなにご飯を用意しても!お世話しても!帰宅してすぐお会いするどころか、どこにいるかもわからなかったアレクシスが!帰ってすぐお迎えに来るなんて!嫉まし……、いえ、羨ましすぎます!さあ!その秘訣を教えてください!」



 ……何を言っているのだろうか。この娘は。

 なんだか一気に気が抜けてしまった。

 ちょっと前にお姫様然とした姿はどこへ消えてしまったのか。

 ドラディオも同じ気持ちなんじゃないだろうか。

 あと、ご飯を用意したってあれ多分メイド……っていうか料理人が用意してるでしょ。しかもただ焼いただけの肉じゃん。



 しかし、まぁ。なんというか。

 シャルロッテさんのポンコツっぷりがわかった気がする。

 この娘、あれだ。子煩悩ならぬペット煩悩。うちの子超かわいいを地でいくタイプだ。

 まぁ、気持ちはわからんでもないがな。

 俺も実家にいたころはそうだったし。

 ちなみに俺の携帯の待ち受けは当時の家のペットの猫だった。

 なんだか愛着があって、変えられなかったんだよなぁ。


「さぁ!さぁさぁさぁ!ドラディオ!早くその秘訣を!!」


 いつの間にかシャルロッテさんがドラディオに詰め寄っていた。

 ということは当然、俺の体もドラディオに近づいてしまっているわけだ。

 つまり、俺の目の前にはドラディオの顔があるわけなのだが。

 おっさんの顔面が本当に息のかかる目の前にある。

 正直、割ときっつい状況だ。

 とりあえず、にこりと笑っておこう。

 俺も元は日本人として籍を置くもの。日本の社会人必殺の社交辞令スマイルだ。

 にゃー。

 声を上げると、ドラディオも緊張がほぐれたのか、少し微笑んだように見えた。


「ほら、やっぱり!ズルいです!ドラディオ!」

 せっかくドラディオの緊張をほぐしたのに、シャルロッテさんが蒸し返してくる。


「姫様!」

 バタンと勢いよく扉が開く。

「何やら!大きい声が!聞こえたもので!失礼ながら!部屋に!入らせていただきました!」

 この声は……。アドマか。

「あ、アドマ……」

「いったい!何かあるのかと!慌てて来てみれば!これはこれは、ドラディオ殿!こんなに早くご帰還されるとは!さすがは、エルダードワーフ殿!いやはや、この速度!まるで時を超えたようではありませんか!」

 相変わらずテンション高いな。この人。

 しかし、時を超えたようか。地味に的を射たような意見を言うんだな。

 まぁ、空間を操れるなら他人からみたら時を操るようなものか。

「……アドマ殿。お久しぶりでございます。ですがここは皇女殿下の執務室。少々マナーから外れてはございませんか?」

 ドラディオからチクリと一言。

「んん~!これは大変失礼!ですが、このアドマ!姫様を心配してのこと!少々の不作法は!ご容赦いただきたい!」

「しかし……!」

「そんなことよりも!姫様!勉学の!お時間ですぞ!」

「あ、アドマ殿……」

「さぁ!参りましょう!」

「えっ?きゃっ!!」

 アドマがシャルロッテさんの手を取り、そのまま踵を返して出ていく。

 シャルロッテさんに脇を抱えられた俺は当然それについていかざるを得ない。

 視界の端に、呆然としたドラディオの姿が映ったが、ここは誤魔化す手間が省けたと思っておこう。

 すまん、ドラディオ。




 アドマに連れられたシャルロッテさんの勉強に連れ添って、俺もシャルロッテさんの膝の上で寝ながら聞いている。

 よくもまぁ、こんなにいろいろと勉強しているものだ。

 どうも、ここ数日の様子を観察していると、どうもカリキュラム的なものがしっかりと組まれているようだ。

 だが、明らかに急ぎ足で学んでいるということはわかる。

 とりあえず、毎日のようにある授業は、「数学」もとい「算数」と「世界史」といったところか。

「算数」に関してはほぼ反復練習の意味合いが強いみたいだ。

 まぁ、なんせこの世界の数字、俺の翻訳では英語の文章のような形で翻訳される。

 例えば、今、目の前にある問題集から抜粋させてもらうと、「3853+4597=」という問題を見てみると、

 three thousand eight hundred fifty-three add four thousand five hundred ninety-three.

 のような形で表示される。

 数字ですらない。

 というか、俺の頭の中ではそのあと、3853+4597=と再翻訳されるんだが、文章の長さから見てみるに、多分本当に文章で書かれているんだろう。

 しかもこれが4桁の10項目近くあるもんだから文字だけだと、数の大きさが全くわからん。

 こりゃ、この世界の人は大変だわ。

 そういえばいつだったか、アラビア数字がヨーロッパに入ってきて算術が発達したのは、13世紀だか16世紀だかって記述を見た気がする。

 そう考えると、もしかして俺のいた世界の昔の人たちも、こんな感じで文章から数字を読み取っていたのかもしれない。

 たった、4桁の数字を表示するのにいちいちこれだけ書いていたら大変だろうし、暗算をするにも数字の大まかなイメージがつかめないから大変だ。

 ちなみに関数みたいなものもやっていたが、翻訳があったおかげでかろうじて俺にも関数とわかっただけで、素の文は完全な文章だった。

 これもしかして、俺の翻訳能力は文章を図形化することもできるかもしれない。

 三角を二つ上下逆さまに重ねて、現した図形という文章を六芒星としてみる、みたいな。


 対して「世界史」とも呼べる授業。

 これは世界史というには少々幅が広い。

 歴史に始まり経済、産業、法律、発明に至るまで、さまざまなものを学んでいるようだ。

 もしかしたら、アドマが教える内容を適当に選んでいるのかもしれないが。

 ちなみに今日の内容は産業のようだ。


「で!あるからして!我が国の産業、領土ともには衰退の一途をたどり!現在ではその経済力は500年前の半分程度とされております!」

「かつて、領土だったオルシス台地を失ったことで、皇国の食糧事情もかなり逼迫しているんですよね」

「その通りです!さすがは姫様!しっかりと予習なさっておいでです!しかし!その説明は!30点といったところでしょう!」

「なるほど、つまり他にも経済的・供給量的に逼迫した原因があると?」

「はい!こちらをご覧ください!」

 アドマが、懐から地図をぬっと出した。

 おい、どこにしまわれていたその地図。

「これは!現在のドリス皇国!その版図の地図になります!」

「やはり、それなりには広いですね。しかしこの山脈と森が障害になり、実際に人が住める場所はあまり広くありませんね」

「その通りです!さらに現在三公爵の反乱で!我々の経済範囲はかなり狭まっております!幸い!シャトワの街とその近辺にある!侯爵領そして!伯爵や男爵達の領内から食料品の供給の算段を取り付けてありますが!このままであれば!3年以内に!食糧の供給が乏しくなることは必至となります!」

「それほどですか…」

 意外と深刻そうな状況みたいだ。

「今から開発を行うにしても、食糧を安定供給する為にはどのくらいの時間が必要ですか?」

「他の全ての産業をなげうって!食料の生産に!すべての資金を投入したとして!おおよその試算では!5年~7年!といったところでしょうか!」

 短い沈黙が流れる。

 勉強の家庭教師のはずが、完全な政治の話になってしまっているが、まぁ、れが話しているわけではないので気にしない。

 しかし、そこまでまずい状況なら、何かしら手を打たねばまずいだろうな。

 俺が考えることでもないけど。


 それから永遠とアドマとシャルロッテさんの産業論争が続いた。

 大まかな皇国の産業は次の通りだった。

 鉱山・採石、それなり。ただし今はほとんどの鉱山がなにかしらの事情で閉鎖している。現状、三公爵領を含めず、稼働している鉱山は小規模金山1つ、小規模銀山2つ、鉄鉱山4つ、大規模な鉄鉱山1つ。銅の産出は割とまちまち。比較的どこでも取れる。

 農業、土地が足りない。なぜか開発禁止の区画があるため、開発も遅々として進まない。

 畜産、ウーマを中心に鶏、羊が多いが食料の一助になるには数と土地が足りない。

 鍛冶業、一部の町にいるドワーフのおかげで一部の地域では盛ん。兵士たちの武具を賄うには十分。ただし、全体的に鉄不足は否めない。

 工業、機織り機、木工製品を中心にそれなりに安定。森林開発でさらに安定できる可能性あり。

 林業、数年で木材として使用できる「ロマノマ」という木材、建築に適した広葉樹、針葉樹が手に入り、種類が豊富。ただし、開発には人手と資金が足らない。驚くことに有限資源との認識があり、狩場、漁業への影響を考慮し開発されているらしい。

 漁業、特に皇都下流の町で盛ん。ただし、領土全域に食料を配るには鮮度が問題。皇都のそばまで1mクラスのサケのような魚「ガートラウト」が遡上してくる。またスズキによく似た「ラバーニャ」がシャトワの町でとれる。シャトワから皇都は水運業が荷運びをするため、比較的魚が容易に手に入る。

 運送業、皇都では水運、陸運共に頻繁に荷運びをしてくれるため、比較的安価に様々なものが手に入る。


 ということらしい。特産、という意味では結構いっぱいありそうな印象だが、問題は貿易相手だろう。

 というのも、ドリス皇国の友好国である国、カムイ神国・イルムランド王国・クレアナ聖国は現状船で行き来するしかなく、商工連合王国は内陸にあるため、陸路で通らなければならないのだが、三公爵領はドリス皇国の外縁部に存在しているため、そこを通らなければならない。つまり反乱中の公爵領を通らなければならないため、貿易を期待できない。

 船で行き来する各国のうち、カムイ神国は最近、貿易相手だった大名(つまりはファンタジー名物、和風国家だ)が謀反により滅亡。代わりに台頭した大名は貿易の縮小を決定したそうだ。

 ほかの二国に関しても、今は国内のごたごたで貿易船を減らしているそうだ。

 じゃぁ、別の貿易相手を見つければいいと素人目には思うのだが、それはそれで国の事情やらなんやらあるらしい。候補のうちの一つだった小国では、最近大規模な銀山が見つかったとかで銀の価値が大暴落を起こし、貨幣価値が激変したらしい。大変だな。



 まさに八方ふさがり。これは、本当に大変なことになりそうだ。




 がんばれ、姫さん。

アドマの呼び方がアドマさん→アドマになっていますが、数日たって慣れて呼び捨てに変化したということにしておいてください。

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