17、悪役令嬢、ハインリヒを誘惑する。後編。
ドロシーは無理やりユーリを外に連れ出し、そしてお使いに行かせた。
未来の当主たるもの、お使いの一つや二つできなくてどうする、という口調で。
やや、強引だったが、まぁいいでしょう。
問題はここから先。
さぁ! 出番よ! とドロシーは背後のケイトに目配せする。
ケイトは明らかに乗り気ではなかった。
ケイトは今年で22歳。ほとんど一回り歳の違う子供を誘惑するとは……思いもよらなかっただろう。
ドロシーから、ハインリヒを誘惑しろ、と言われた直後、ケイトはあの手この手でわめき倒したが、ドロシーは強引にケイトを論破した。それこそマシンガンのようなトークで。
「あなたさっき10歳下もOKだ、みたいなこと言ってたじゃない」
「大丈夫22歳と14歳なんてたった8歳差じゃない。誤差みたいなものよ」
「わたくしのむか~し読んでいた“ぼくの火星を守って”もそれぐらいの年齢差だったわ。だから全然OK。うん完璧よ」
ケイトは、ぼくの火星を守ってって、一体なんなのだろう、と思いながらドロシーにしぶしぶ従う。
結局侍女というのはそういうものなのだ。
主人には逆らえない。
ドロシーは扉の隙間からハインリヒに近づくケイトを見る。
「さて、お手並み拝見させてもらうわよ」とドロシーは微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「あれ? ユーリはどこに?」とハインリヒは突如近づいてきたケイトに声をかける。
「大丈夫すぐに戻ってくる、と言ってたわ」
「あ、そうですか」
「ええ、そうよ」とケイトが言ったところで、ケイトが無意味に腕組みしているのが分かった。
ドロシーはその狙いにすぐに気づいた。
胸だ。胸を強調しているのだ。
――ああ、そうじゃないのケイト。違う違う。そうじゃ、そうじゃない。この子はそういう子じゃないの! あーもう!
ドロシーは……、いや臼井詩織は、誰かを落とすということにかけてはこのゲームにおいて百戦錬磨の腕の持ち主であったために、ケイトのとった戦略が間違えていることをすぐに見抜いた。
この子にこういう色仕掛けは一番だめ。
包み込むような母性と、優しさで落とすの。
あーもう、だから年上のケイトを選んだのに!
ケイトの色仕掛け作戦は続く。
「もう、すっかりハインリヒ様も大人なんだから、ウフン♡」
ドロシーは血の気が引いていくのを感じた。
――なにが、ウフンよ、あの馬鹿。
ドロシーは完全に人選を誤った、と思った。
一体この木偶の棒に誰が落ちるというのか。
しかし、こうまで狙いが外れるか、と思った。ドロシーが考えていた戦略は、落とせたかどうかによって、今現在のハインリヒがデレラシンに落とされている状態か見極めるものだった。
元々デレラシンにほのかな思いを寄せていたハインリヒは、すでに操られている可能性があった。
だが、その状態なら誰にも恋心など抱くわけない。
その状態で、ハインリヒがデレラシン以外の誰かに恋をしたら、つまり、まだハインリヒは操られていない、という証明になると思ったのだ。
でも……これでは証明のしようがない……。
ハインリヒは心底冷めきった顔でケイトを眺めていた。
「あ、あのやめましょう。ケイトさん。はしたないですよ」
8歳も年下のハインリヒにそう言われたことによって、ケイトのメンタルはあえなく砕け散った。
「すすすすすすいませんでしたぁ!」
ケイトは、ちょっとはだけた衣服を急いで直し、部屋を退散した。
ドロシーはケイトを呼び止めようとしたが、涙目になったケイトはどこかに走り去っていった。
……。
作戦失敗かぁ。
うなだれて考え込んでいると、いつの間にか、ハインリヒが傍にいた。
「やっぱりドロシーさんが仕掛けたのですね」
「え?」
返答に困っていると、ハインリヒはドロシーの手首を引っ張り、二階のドロシーの部屋に入っていく。
「痛いわ。ハインリヒ」
「……」
何やら様子がおかしい。
「ハインリヒ?」とドロシーがつぶやくと、ハインリヒは自分の顔をドロシーの鼻が届きそうな距離に近づけてきた。
「そうやって僕を試しているのでしょう? 僕の気持ちを知ってるくせに!」
……。
……ん?
なんかおかしい。
デレラシンを好き、ということを知っている、ということだろうか?
あれ?
「ごめん。え~と、どういうことかしら?」
「まだとぼけるのですか!」
「え~と」
本当によく分からなかった。
「ごめんなさいハインリヒ、わたくしは――」と言いかけた時にハインリヒの唇がドロシーの唇に触れた。
突然の出来事にドロシーは驚いた目つきでハインリヒを見た。
ハインリヒも真剣な目つきでドロシーを見ているようだった。そして、まるで決壊する防波堤のように、ハインリヒの口から言葉の洪水が溢れ出た。
「僕は……、僕は……あなたのことが好きなんです!」