13、悪役令嬢、ババ抜きをする。前編。
「そ~~れ!」とドロシーがユーリからトランプのカードを引き抜いた。「やったわ! これで8回連続わたくしの勝ちよ!」
ドロシーの弟ユーリ=リーズは不満顔を浮かべる。
「んもう……。姉上は何かズルをなさっているのではありませんか? 8回ですよ、8回! これは流石におかしいです」
「駆け引きが下手なのよ、ユーリは」とドロシーは笑った。
今、ちょうどリーズ屋敷のドロシーの部屋で、ババ抜き、をしていたのだ。
うーん。前世を思い出した今となっては本当の中世に、ババ抜き、があったとも思えないが……、まぁ深くは考えないでおきましょう。
ここの世界では当然のように、ある種の日本ナイズされた環境が唐突に現れる。
それもこれも【乙女の策略】の世界観だからかしらね。
「でも、一番強いのはケイトね」とドロシーは傍らに座るケイトを見た。「だって、ゲーム開始からまだ一回も負けてないじゃない」
ケイトは目をつぶり、しれっと「運が良いのでございます」と言った。
嘘おっしゃい。
ドロシーは……、いや、臼井詩織はケイトのスキルを知っている。
ケイトのスキルは【 天の目 】と呼ばれるスキルで、半径5m以内であれば、視点を自由自裁に動かすことができる。
だからこそ、ケイトはこういうゲームでためらいなくズルをする。
この間置いていったことに対する憂さ晴らしをこうやってしてるのだ。
配り終えたカードを各々がひき、そして四巡したあたりで、また最初にケイトが声をあげた。
「あー、また私が最初にあがってしまいましたね。今回は勝つつもりなかったのに怖いですぅ。才能かしら? いや~それとも神様が私を勝たせてくれているのでしょうか? もうぅ自分自身が怖いですぅ」
あー本当にウザイわ。三人で勝負してるのに、まだ一度も負けてない時点でおかしいでしょう。そういうわたくしも時を止めて弟のユーリのカードを確認しているのだけど……。
そんな卑怯者ばかりが幅をきかせるババ抜きに最初に音をあげたのは彼だった。
「もう嫌だ! また負けるのは嫌だ! 姉上たちで勝手にやっていればいい! ぼくは抜けた! いちぬけた!」と言ったユーリはトランプを床にたたきつけ、ドロシーの部屋から弾けるように出ていった。
残ったドロシーとケイトは顔を見合わせた。
そして、ドロシーは扉の外に向かってこえをかける。
「扉の陰にいるんでしょうデレラ。入ってらっしゃい。一緒にババ抜きしましょう?」
すると、メイド服の恰好をしたデレラシンが扉から顔をのぞかせた。
「よろしいのですか? ドロシー様、ケイト様。私のようなものがここで遊んでも」
「ええ、わたくしは問題ないわ。ケイトは問題ある?」
「……いえ……特には……、たぶんどうせ勝つのは私でしょうし」
「ふーん。すごい自信ねケイト。ああ、そうデレラシン。ババ抜きのルールはわかるかしら?」
「ええ、存じております」
「なら、はじめましょうか」
そう言って、ドロシーは弟ユーリの放り投げたカードを拾い上げ、カードを切る。
そしてデレラシンの顔を見た。
その顔はまるで従順な犬のようだった。
従順で忠実で、底意など一切抱いていない、と思わせるような顔。
恐ろしい、と思った。何も知らなければ自分だって騙されていたかもしれない。処刑されるその日まで、何一つ知らずに……。
処刑に直結する王太子レイの誕生日の晩餐会が頭にちらつく。
ゲーム中盤の大きなイベント……晩餐会……。
この晩餐会に呼ばれるためにはいくつか条件がある。
まず通常、デレラシンはただの召使いであるために晩餐会にはお呼ばれしない。
だからこそ、魔女の力を借り、魔法の力で晩餐会に赴くのだが……、そのルートは既につぶした。
だが、もう一つだけ晩餐会にいくルートが存在する。
それは、招待状が配られている貴族の“恋人”として晩餐会に参加する方法だった。
晩餐会には貴族の親類、恋人や婚約者等も呼ぶことができ、一緒に王太子の誕生日を祝うことができるのだ。
つまり、デレラシンに貴族の恋人ができれば終わり。
王太子とデレラシンは晩餐会で出会ってしまうことになる。
デレラシンはニコニコした顔を崩さずに言った。
「そういえば、ケイト様はまだ負けていらっしゃらないのですよね?」
「ええ」とケイトは答える。「まったく才能なのかしら? それとも神様のいたずらなのかしら? 困ったものだわ。神様は等しく皆を愛してくれなければ困るというのに――」
とケイトが言い終わらないうちにデレラシンはもらったカードを伏せたまま全部床に置いた。
ドロシーとケイトはそれを見て、ギョッとした。
このままではズルができない。
そして、デレラシンは微笑を崩さずに、唇だけを動かした。
「さぁ、皆さま。楽しい楽しいゲームをはじめましょう」