38話 失ったもの
「うぅいてぇ・・・俺は・・・また、死んだのか・・・?」
俺が目を覚ますと、幸運というべきか生憎というべきか、頭上にはしっかりと天井があった。
「はは・・・そうか、まだ先か」
流石に死も覚悟した。
しかしこうやって生き残ってしまうと、やはり生の喜びを実感するな。
ますます死にたくなくなったよ。
――――それにしても、
「ここは一体どこだ?」
「ウィークス医院だ!よく生きてたグッサン!」
「ぐへ」
目を覚ました途端に飛び込んで来たその人物。
見ると金髪の少女だ。ええとこの子は確か――――
「――――エル。無事だったのか」
「こっちのセリフだよバカ野郎!・・・まともに魔法使えねぇ癖に、無茶しやがって」
「済まないな。心配ばかりかけて」
「いや、今回の落ち度はこっちにある。本来シスターの護衛は私の任務だったのに、私は失敗してしまった・・・グッサンには感謝してもしきれん」
「・・・」
シスター・・・そうだ、シスター。
その言葉を聞いた途端、先の出来事が走馬灯のように頭へと流れてきた。
宴会の片付けの途中に凄まじい音が聞こえ、聖堂へと向かったこと。
エルに指示され、シスターを連れて逃げようとしたものの・・・結局エルを助けに行ったこと。
倒れるエル。そしてにやけ面の男。
その男、ナインとの戦い――――
「――――どうなった」
「?」
「あの後どうなったんだ?あれから何日たった?シスターは無事か?ナインとかいうのは――――」
「落ち着けグッサン、私もさっき目を覚まして知ったところだ」
「教えてくれ。一体あの後、何があったのか」
「――――時間がないから手短に話す。よく聞けよ」
そうやって話された内容に、俺はとても安堵などしていられなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ナインは姿を消した。
エルは開口一番、そう告げる。
「生きてるのか?・・・アレをまともに食らったのに」
「私も驚いたよ」
あの場にはナインのものと見られる大量の血痕が残されていた。
しかし肝心の死体は見つからなかったのだという。
「そしてシスターは――――無事だ」
「よかったあぁぁぁ」
「この医院の集中治療室で今も治療を受けている。意識はまだ戻っていないが・・・とにかく命は無事だ。お前のおかげだよ、グッサン・・・」
「まぁ運が良かったな!エルもよく頑張った!」
「・・・」
――――そしてもう一つ、重要な事実が一つ。
「おや。目を覚まされましたかな、グッサン」
「ウィークス二等軍医殿!ご苦労様です!」
ふいに病室に現れた大男。
その白髪交じりの巨漢に、エルはビシッと敬礼をキメる。
こらこら、ここは病院なんだから大声出しちゃいけませんよ。
「敬礼はやめたまえエルヴィ君。その呼び方もだ。我々はもう軍人同士ではないのだぞ?」
「はっ!了解致しました、元二等軍医殿!」
「やれやれ」
だから大声出すなって言ってるだろ。
全くこいつって奴は・・・
「こらエル、ご迷惑だろ。やめなさい」
「あ・・・申し訳ありません、ウィークス殿」
「いえ、良いのです。元気がある点は非常によろしい!」
そう言ってカッカと笑う彼はウィークス・ベアバルドという。
今俺たちがいるウィークス医院の医院長先生にしてエルの元上官・・・王国軍の、である。
これはマル秘情報なんだが、この二人。
実は元王国軍兵士らしいのだ。
「シスターには秘密だからな!知られたくないんだ」
「はいはい、わかってるよ」
エルはこの調子である。
まぁ誰にでも知られたくない過去くらいあるわな。
とにかくこの二人、兵士の頃から互いに知り合いだったようで、エルは今でもウィークスに会う度にこの敬礼を欠かさないのだという。
全く律儀なんだか、ただ単純なのか・・・どっちもだな。
「――――それはそうと、グッサン」
「はい」
ウィークスは改まって、ベッドの上の俺へと声をかける。
「傷の方はどうです?まだ痛みますかな」
「・・・普通、ですかね」
「そうですか・・・」
包帯に包まれたその傷を、俺は左手で優しくさすった。
「・・・」
右腕のある位置。いや、あった位置というべきか。
本来そこにあるべきはずの俺の右腕は――――失われていたのだった。
「何と言いますか。残念でしたな・・・」
「いえ。生きているだけありがたいことです」
「力及ばず・・・申し訳ない」
「とんでもありません!むしろ良く治療してくださって、ありがとうございます」
俺の右腕は、シスターの祝福血で威力を上げた「七属性反発」の衝撃に耐えられず、木っ端みじんに爆散してしまっていた。
修復は不可能。そう告げられた。
「・・・」
正直、右腕を失ったと知った時のショックは大きかった。
しかし考えてみれば、右腕を身代わりにしたおかげで、俺はエルとシスターを失わずに済んだのだ。
必要な犠牲だったのだと納得する。
――――そんなことよりも、だ。
「――――ウィークスさん」
「何でしょう」
「どうか・・・どうかシスターを頼みます」
「無論です。我々の総力を挙げて、回復に努めましょう」
「ありがとうございます――――」
シスターとエル――――この二人さえ無事なら。
俺が何を失ったところで、構うものか。
「いて・・・」
再び傷を撫でる。
失ったはずの右腕が、ひどく痛んでいた。