35話 反撃開始
(やべぇ・・・なんだこの状況・・・)
目の前では、黒い革ジャンのような服を着たさわやか風の男が一人、にやけた面をこちらに向けている。
そして俺の背後には金髪の少女――――エルが横たわっていた。
「エル!大丈夫か!しっかりしろ!」
「うぅ・・・」
エルを抱えてやる。
声をかけても小さくうめくだけで、意識が戻ることはない。
「・・・ダメか」
俺はエルを起こすことを諦め、改めてその革ジャン野郎に向き直った。相変わらずムカつく顔で笑ってやがる。
こいつがエルとシスターを・・・
「――――返してくれませんか?」
「は?」
「その魔石です。高価なものなので」
「そう言われて素直に返してやるほど、俺は優しくないぜ」
「そうですか。ははは」
「・・・」
自らのその余裕を見せつけるように、再びへらへらと笑う男。
さっきも相当凄んでやったんだが・・・屁でもねぇって顔してやがる。戦い慣れているのか、おそらく俺がこけおどしだということにも気づいているだろう。
「僕はえっと、ナインです。あなたはエルヴィと知り合いみたいですね、ひょっとしてリリーとも?」
「・・・だったらなんだよ」
「いえ、どうってことはないんですがね。死体が一つ増えるってだけのことです」
「・・・ッ!」
男のふざけた面の奥からは、確かな殺意を感じる。
全身の毛が逆立ち汗が噴き出した。
こいつ・・・
マジに殺る気だ。
「死ぬ前に一つ、答えてほしいことがあります」
「・・・」
「リリーをどこかへやりましたか?僕は彼女を連れて帰らねばならないのです」
「・・・なるほど」
目的はそれか――――
その時、俺の中で全てがつながった。
初めて目を覚ましたあの日。なぜエルは重症の俺をあそこまで警戒したのか――――
エルとの居候ルール。最後の項目にあった「緊急事態」――――
シスターとエルとの関係。エルがシスターに過保護だった理由――――
そして昨日初めて聞かされた、シスターの身に宿る「祝福」――――
全ての事象が今日この日、この状況に収束していた。
「『祝福者』を狙う者・・・」
それがこの革ジャンの男という訳だ。
シスターを傷つけ、あのエルをここまで追い詰めた張本人。
「・・・覚悟を決めるか」
俺の心の中には、こいつへ立ち向かう以外の選択肢は無かった。
エルとシスターは俺の家族だ。何があっても守り抜く。
やられた分の借りも、代って返してやらなくてはならない。
――――問題は、俺にそれだけの力があるか否かということだ。
「質問に答えてくれますかね。リリーをどこへやりました?」
「答えてやる義理は無い」
シスターは自室のベッドで横になっている。俺が寝かせたのだ。
本当は彼女を抱えて逃げた方が良かったのかもしれないが、追っ手にかからないとも限らない上、俺にはエルをみすみす見殺しにすることなんてできなかった。
どちらが正しかったのか、俺には分からない。馬鹿な奴だと笑ってくれても構わない。
しかし一つだけはっきりしていることがあった。
それはな・・・
「お前を一発殴ってやらなきゃ、俺の気が済まないんだよ――――」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「グッサン・・・」
かすれた声が聞こえる。
エルの声だ。
「エル!よかった、目が覚めたか!」
俺は、さっきから何か考え事をし始めて一向に襲ってこない革ジャン野郎を警戒しつつ、エルを起こしてやる。
エルは上体を起こすことは出来ても、まだ自分で歩けるほどには回復していないようだ。
「立ち上がれはしないか?」
「ああ・・・それよりも気をつけろ、奴はかなり強い。グッサンはシスターを連れて早く逃げ」
「いや、逃げたりしない。エルを置いてなんて行けないよ」
「グッサン――――最初に約束したじゃないか・・・どんな緊急事態になっても、いざとなったら自分のことだけ考えろって」
「ごめん。あのルールは破るよ。俺は今日限り、この教会の居候じゃなくなった」
「・・・馬鹿野郎が」
エルは声を震わせる。
しかし、数秒後にはその涙を振り払い、キッっと目を剥いた。
「奴は倍化魔法の使い手だ。それもかなりの熟練者・・・おそらく上級以上。使用属性は火、風、それに光。他にも使えるかもしれん」
「俺に勝ち目はあるか?」
「・・・」
俺の問いには答えず、苦い顔をするエル。
「駄目か・・・」
あのエルを昏倒させ無力化した相手である。
魔法を使いこなせないどころか、一度試して失敗したっきりの俺にどうにかなる相手でないことは――――
――――待てよ、失敗だって?
確かにあの時のアレは失敗だった。しかし今思えば・・・
「・・・アレがもう一度できれば、もしかしたら――――」
エルは俺の考えを察したようで、すぐさま口をはさんできた。
「アレは危険だ!下手すりゃグッサンもろとも・・・」
「やるしかないんだエル。覚悟はできてるさ」
「第一アレを食らわせてやるにしても、奴に近づけなきゃ意味ないだろ!」
「その点だが――――こいつで押し切る」
俺は懐から石英管を取り出した。
シスターの祝福血で満たされたその表面が鈍くきらめく。
「それはシスターの――――」
「ああ。三本一気に使えば、多少のダメージで動けなくなることはないだろ?」
菅の栓を抜き、三本同時に飲み干す。
鉄臭い味を何とか胃に押し込めると、全身に生気があふれてきた。体中の筋肉が倍に増えたような感覚がする。
・・・これならいけるかもしれない。もちろん四肢の一本や二本、もしかすると命すら失うかもしれないが――――安いもんだ。
奴に一泡吹かせてやれるならな。
「俺はやるぜ。そこで見ててくれ、エル」
「・・・分かったよ、今回は折れてやる――――最後に一つだけ忠告させてくれ。あのナインとかいう男、かなり特殊な攻撃を仕掛けて――――」
「これのことか?」
俺はさっき右手でキャッチしていた赤い宝石をエルに見せる。
前世で野球をやってた癖でとっさにつかんでしまったが、これがあいつの攻撃と何か関係があるらしかった。
「お前・・・平気なのか?」
「平気って何がだよ」
「なぜ魔石が反応してないんだ?――――まさかグッサンお前、本当にしゅ」
「もういい。お前はもうしゃべるな」
続けようとするエルを制してから俺は立ち上がった。
「グッサン!」
「――――じゃあな、エル」
そう言って、男の方へと歩き出す。
これが最期になるかもしれないのは間違いなかった。だが湿っぽいのは好きじゃない。
これでいいんだ。
せいぜい死なないよう立ち回るさ――――
「ほう、向かってきますか」
「近付かなきゃお前をぶん殴れないんでな」
俺は男と対峙し、ゆっくりと距離を詰めていった。




