32話 襲撃①
「・・・ふあ、あぁ・・・ん?」
「すー、すー、すー」
シスターがゆっくり起き上がると、隣ではエルが静かに寝息を立てていた。
「エル・・・」
頭をなでてやる。エルの眉が心なしか上がった。
「グッサンですかね」
酔っぱらったエルが膝にすがり付いてきたところまでは覚えていたのだが、いつの間にか寝てしまったらしい。
おそらくグッサンが、酔っぱらってすっかり寝てしまった私たちをここまで運んでくれたのだろう。
「私も泣いてたのかな。ふふ」
顔に手をやると、腫れた目から流れた涙が顔中にすじをつくっていることが分かる。
思わず自嘲的に笑ってしまった。
「自分で啖呵切った癖に・・・未練たらたらじゃない」
とは言うものの、決断した時から自分の心を蝕んでいた「しこり」のようなものが解消されたような気がしていた。
「うーん」
シスターは晴れ晴れとした気分で伸びをする。
ベロベロに酔っぱらったおかげで、(酒と涙を大量に消費したものの)エルと互いの気持ちをぶつけ合うことができた。すっきりした。
もちろんいくら泣いたって、別れがさみしいことに変わりないんだけどね。少しくらいはまぎれたのかな、なんて・・・
「・・・まだ暗いのね」
てっきり日が昇るまで眠りこけてしまったかと思ったが、幸い外は未だ漆黒に包まれている。
――――いよいよ宮廷から迎えが来る日になった。なってしまったというべきか。
多分今日の昼過ぎには、重武装の宮廷騎士達がこの教会へとやってくるだろう。
「エルはまた泣くでしょうか・・・ふふ」
リリーはエルにキスをし布団をかぶせてやってから、部屋を後にした。
さて、行きますか。
最後の仕事です。
「今までの分も。これからの分も。しっかり、ね」
シスターは聖堂へ足を進める。
この教会へと、最後の祈りを捧げるために。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この聖堂は数百年前、ある高位貴族によって建設されたと伝承されている。
壁中にはめ込まれた美しいステンドグラスはその全てにきらびやかな装飾が施され、そこから漏れる月明かりがそこらじゅうを照らしている。
そんな聖堂の中心でうずくまり、両手を握り合わせる人物が一人。
「・・・」
かれこれ一時間は経っただろうか。
何か儀式を行うというわけでもなく、ひたすら祈り、祈り、そして祈る。
彼女――――シスター・リリーは考えていた。
神はなぜ、こんな自分に「祝福」を授けて下さったのだろうか、と。
「・・・なぜです」
私のため?人々のため?神自身のため?それとも――――エルのため?
いくら考えても、いくら祈っても、答えは出なかった。
そうこうしているといつの間にか矢のように時間は過ぎ去り、今日という日を迎えてしまったのであった。
「このまま永遠に答えないおつもりですか」
リリーは天を仰ぐ。
しかし、無慈悲な神は答えない――――そう。神は答えなかった。
その通り、『神だけは』いつだって答えてくれないのだ――――
――――しかし『神以外』なら話は別だ。
「簡単なことじゃないか」
その声はリリーの背後、月明かりが照らさぬ暗闇から聞こえてきた。
暗く重い、男の声だ。
「あなたが『特別』だからですよ」
――――すさまじいほどの恐怖感。
声を聞いた瞬間、リリーはまるで背筋が凍るような感覚に襲われる。
「誰です!名乗りなさい!」
すぐさま振り返り警戒心をむき出しにして警告する。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ」
そこに立っていたのは、全身黒革の服で覆われた中肉中背の男。
シスターに凄まれるとすぐに両手を挙げ、へらへらと笑う。
「聞かれたことに答えなさい」
リリーは右腕を構えた。
いつでも魔法を放てるように、魔力を込め始める。
「待って待って。今名乗りますから、ええっと・・・そうだ、ナイン。僕はナインと言います、以後お見知り置きを」
「そう・・・よろしくお願いします、ナイン。それであなたはどちらの方?」
リリーは微動だにせずに腕に魔力を込め続ける。
男が不審な動きを見せたとたん、熟練されたリリーの地属性魔法が彼の全身を砕くだろう。もちろん男もそれを理解しているはずだが、それでも尚にやけ面を顔に張り付けている。
何なんだこの余裕は・・・気味が悪い。
リリーは身震いしそうになるのを抑えながら、声を張り上げる。
「勘違いだったら申し訳ありません。しかし私の体は既に私だけのものではないのです――――ご容赦を」
「ふーん・・・じゃああなたがシスター・“ブラッディ”・リリーという訳か」
「――――その名を使うな。無礼者が」
「怒らないでくださいよぉ。僕は紳士ですから、平和にいきたいのです」
ナインと名乗る男はそう言って胸に手をやり、そのまま会釈した。その手も服と同じく漆黒の皮手袋に包まれている。
話せば話すほど、ひたすらに嫌悪感だけが増していく。
いったい何者なんだ、この人は・・・
「それで、こんな僻地まで足を運んでいただいた理由は?まさか・・・私に会いに来たの?」
「半分正解ですが半分間違いです。以外に鈍いですね、“ブラッディ”・リリー」
「その名を使うなと言っている」
「はは、楽しいですね」
冷や汗がリリーの頬を伝った。
「確かにあなたに会いに来たというのは本当ですよ。不正解の方が気になりますか?」
「・・・ええ、ぜひ教えてくれると助かります」
「そうですねぇ。例えば――――」
――――瞬間。
男はいつの間にか手に握っていた「何か」をリリーの方へと投げつけた。
「ッ・・・!」
リリーはすかさず魔法を放とうと腕を、
「――――こういうこととか」
ニヤリと笑ったナインが、リリーより一瞬早く指を鳴らす。
「!」
男の投げた「何か」が発光したと思えば、強烈な爆風がリリーを吹き飛ばした。
受け身も取れないまま背後の壁にたたきつけられる。
聖堂中に「ドゴン!」というすさまじい音が響いた。
「ぐぅぅっ・・・」
息ができない・・・
酸欠を起こしたがごとく口を開閉するリリー。
「い・・・たい・・・」
立ち上がることもままならない。
ぶつかった衝撃であばらもやられてしまったようだった。
「ははは!楽しいなぁ!」
一撃で満身創痍になってしまったリリーを眺めながら、ナインはゆっくりと近寄ってくる。
その高ぶった笑いを聞き、リリーは恐怖で手足が震えはじめていた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
グッサン・・・グリス・・・
・・・エル――――
「・・・ッ」
リリーの記憶はそこで途切れた。




