28話 精霊の知らせ
リビングへ直行すると、髪はボサボサで目はくまに覆われた寝間着の美女が、パンをもさもさやっていた。
「・・・一体どうしたんですか」
「おや、グッサン。おはようございます」
「その恰好はなんです」
「いえね・・・昨日あまり寝れなかったもので」
まだぼんやりした様子で両の目をこする。
本当にこれがあのシスター?
ここに来て以来、こんな姿のシスターは見たことが無かった。職業柄、普段から身だしなみは整えているとは知っていたが、俺という男を住まわせることになり一層気を遣ってくれていたようで、申し訳ないなぁと思ってはいたのだが・・・
「血を抜いた翌日はこうなるんです。あの血液と引き換えの安い代償といったところでしょうか」
「体は大丈夫なんですよね?」
「ええ。すこーし頭の回転が遅くなっているだけですよ。すこーしだけね」
と、再びパンをもさもさし始めた。
こんな調子じゃ、結局買い物には連れていけなかったな。
「シスター。エルと話しました。すこーしだけ、ですが」
「・・・エルヴィはなんて?」
「直接言っていた訳ではありませんが、エルももう決めたようでした」
無言でスープを口に運ぶ。
俺も席につき、律儀に用意してある食事に手を着け始めた。
「あいつは賢い。そして何年もあなたと苦楽を共にしてきた」
「・・・」
「よそ者の私には分からない、絆から来る何かがあるのでしょう。二人にはそれを感じます」
「・・・」
「俺は確信しました。エルはきっと————」
「グッサン」
シスターは俺の話を遮り、さっきとは打って変わって鋭い目つきに変わる。
「どうかしました?」
そして何か握り込んだ手を俺に差し出してきた。
「これは?」
「私の血が入った石英管です。これは強化石英ですから、多少落としたくらいでは割れないのでそのつもりで。念のため三本ほど渡しておきます」
「えっ、は、はい!」
「それとお金もいくらか・・・五万王国銀ほど」
と追加で紙幣でぱんぱんに張った財布を渡される。
五万王国銀って、ええと・・・昨日買ったパンが一つで一王国銀位だったから、パン一つを百円と考えて・・・
ごっ五百万!?
「いざとなればその血液を売って下さい。私のものだと証明できれば一本当たり一万王国銀位で売れます」
一万・・・ということは、これ一本で百万・・・
急に持つ手が震えてきた。
無理もないさ、前世でも大金には縁が無かったんだからよ。
ただただ困惑している俺を尻目に、シスターは食事を終えて髪を結い始めた。
「どうして急にこんな」
「————精霊の知らせ、というヤツです」
「精霊の知らせ?」
確か・・・『精霊魔法を行使する者には精霊が憑く』だったか。
精霊と協調することで彼らとコミュニケーションを取れることがあるらしいのだ。つまり彼らの声を聞いたり姿を見たり出来るってことだ。
しかし滅多に無いことで、精霊魔法の使い手は皆それを「幸運の前兆」と呼んでありがたがっているんだと。
これはシスターの受け売りだが、今回はそれが叶ったということか。
「いいことじゃないですか。幸運の前兆なんでしょう?」
「本来はそうだとされています————」
「今回は違う?」
「『何か良くないこと』が起こると、そう聞きました。それで念のためにあなたへ餞別をお渡したんです。あなた一人でも何とかやっていけるように」
「それはありがたいんですが・・・」
良くないこと?
なんか引っかかるな。抽象的過ぎる。
「・・・」
シスターのこの感じはもしや————
「シスター、これは単純な興味からなんですが」
「何でしょう」
「心当たりがあるんですか?その・・・『良くないこと』ってのに」
しばしの沈黙の後。
シスターが大きなため息をつく。
「今は言えません。もし何事も起こらず、この心配が杞憂に終わってくれたなら・・・きっとエルが教えてくれるはずです」
「そうですか。分かりました」
踏み込み過ぎるのは良くないか。あくまでもこれはシスターの問題だからな。
「これ、ありがとうございます」
「ええ。好きなように使って下さい。あぁ、無駄遣いは駄目ですよ?」
「了解です————よし!」
俺は両手で自らの頬を叩いた。
気合を入れるためだ。
「張り切ってますね」
「はい!今日は楽しみましょう、シスター!」
「そうですね」
ニコっと笑う。
よかった。いつものシスターだ。
「俺が買い出しに行ってくるんで、シスターとエルで会場をつくってくれると助かります」
「お一人で大丈夫ですか?」
「はい。それに」
最後に二人だけの時間を————
「・・・全くおせかっいな人ですね。エルとは話がついてると言ったでしょう?」
「すみません」
「でも————ありがとうございます」
やっぱりそうだよな。
「とんでもありません。それじゃ、行ってきます」
「くれぐれも気を付けて下さい。何が起こるか分かりませんから」
「了解です!」
俺は財布と血液をしっかり懐へしまってから、教会を出た。




