29. 冒険者ギルドの受付担当です
夕方を過ぎ、夜の刻限、薄暗いギルド会館でひとつだけ明りがともっていた。
カリカリとペンを動かす音だけが聞こえ、一人の女性職員が机に向かい、その表情は疲れ気味であった。
「はぁ……」
彼女はため息をつきながらペンを置き、こった肩をほぐすように片手でもみながら、首をぐるりと回した。
わたしはリリー・マグナス。冒険者ギルドの受付担当です。
街での仕事をいくつか経験したあと、腰を落ち着けた先が冒険者ギルドの受付という仕事でした。
16歳のころに配属されてから、今年で2年目を迎え仕事にも慣れてきたところです。
冒険者ギルドでの受付という仕事柄、依頼人への対応もさることながら、冒険者の方々と接する機会が多くなってきます。
今日も一人、ギルド会館に入ってきました。
小さな体に愛嬌のある丸い顔、ぴんぴんとはねた寝癖頭が小動物のような愛らしさを感じさせる少女、オルニスさんです。
彼女は、誰かを探しているのかきょろきょろとあたりを見回している様子。
最近来たばかりの彼女だったが、その行動は目立っており、だいたいがセレナさんに関するものです。
「セレナさんはいらっしゃってませんよ」
「ちがうわよ。ライルはいないのかしら?」
あれだけライルさんのことを敵視していた彼女が、どんな用事で探しているのだろうかと興味がわいてきます。
「今日はいらっしゃっていません。何か言伝があるなら承りますよ」
「……いい」
彼女は不機嫌そうに口元をへの字にしながらギルド会館から出て行きました。
最初に会ったときは誰にでも吠え掛かる小型犬のようでしたが、最近は険がとれてきたような気がします。これも、ライルさんのパーティーに入った影響なのかもしれませんね。
次に入ってきたのは、セレナさんでした。
中性的な顔立ちと女性にしては高めの長身、そして凛とした居住まいと合わさって、冒険者というよりは王宮につとめる女騎士といったほうがしっくりときそうな方です。
今日はクエストもない日なのか、いつもの鎧姿ではなくラフな格好でした。
豊かな銀髪を背中までたらしゆるく束ね、歩くたびにゆれる姿は優美さを感じさせるものがあり、見入ってしまいます。
彼女は、他の冒険者の注目をあびながらクエスト掲示板へと近づきました。
そのままクエスト掲示板をざっとながめると、すぐに立ち去っていきました。長く冒険者をやってる方ほど、習慣のようにふらっとながめに来ることが多いようです。
夕方を過ぎるころには受付も終了し、ギルドをにぎわす冒険者の姿もなく静かなものとなります。
ですが、我々ギルド職員にとってこれからが本番です。
依頼の完了手続きや、支払った報酬の記録、さらには冒険者の方からの意見や苦情をまとめ報告するための書類をまとめます。
他の同僚たちが仕事を終え帰宅する中、わたしも早く終わらせようとするのですが、気づけば薄暗くなった部屋に残るのはわたし一人でした。
こんなときは、思わずため息の一つでも出てしまいます。
「はぁ……このままでいいのかなぁ……」
現状にはいくつか不満はある。しかし、まっとうな仕事を得て、生活も安定しています。子供のころはもっといろんなことを夢見たものでした。だけど、日々の生活に追われて、気づけば20歳近くになってしましました。
悩んでも目の前の仕事は減らないので、気を取り直して取り掛かろうとしたところで、入口のドアが静かに開いた。
「リリーか? ずいぶんと遅くまで働いているんだな」
入ってきたのはライルさんでした。その手にもつ紙包みからは香ばしい肉のやける臭いが漂っています。
そういえば、晩御飯がまだだと思ったら、とたんに空腹を感じ、きゅうと音がなってしまいました。
「ははっ、食べるか?」
目の前で空けられた包みには、狐色の焼き目がついた一口大の肉が串を通し連なっています。そんなものを目の前で見せられては我慢もできず、手を伸ばしました。
「おいしいです。何のお肉ですか?」
「これはな、この前討伐したチューブワームの肉だ」
倉庫にいったときに見た巨大なワームの姿を思い出してしまいました。ミミズや虫は苦手なため、しばらく倉庫にはよりつかないようにしていました。
しかし、こりこりとした触感は癖になりそうなもので、酒のつまみによさそうなんて考えてしまいます。
「ガンツじいさんに肉を分けてもらってな、試しに焼いてみた。味付けは適当だから勘弁してくれ」
「ライルさんは、普段は料理なさるのですか?」
「いや、台所なんて調理道具のひとつもないよ。それは、外で火炎魔術であぶって火を通してきたんだ。ガンツじいさんも食ってみたいっていってたから、おすそわけに来たんだが、……時間が遅かったみたいだな」
「豪快なバーベーキューを楽しんできたのですね」
ライルさんとの仕事上の付き合いは長い。わたしがここで勤め始めてから既に在籍していた古株の一人だった。
当事、既に彼はベテランとして他の冒険者から一目置かれる存在だった。そんな人だったので緊張しながら対応していると、「ゆっくりでいいよ」といって笑いかけてくれた。
それがきっかけとなり、受付という仕事に肩の力をぬくことができた。
ライルさんにはいまでも感謝している。
そのせいかはわからないが、ライルさんに接するときは態度が違うと、先輩からからかわれることがあった。
ライルさんはといえば、なんだか父親が子供に接するような感じで話しかけ来る。
「リリーは、ここで働きはじめて、2年ぐらいだったか?」
「ええ、そうですね。おかげさまでなんとかこなせています」
この2年間でにあったうれしかったことや、苦い経験を思い出してみる。
「働いていると時間なんてあっという間だ。オレなんていつのまにか三十路になってたし。リリーはいい人はいないのか。恋人とか」
「最近は仕事が終わると、家に帰ってもごはん食べて寝るだけですよ~」
わたしもそろそろ相手をさがさないといけない年であった。だけど、仕事優先でどうにもそういったことは考えられないでいた。
「もしも、いきおくれたらライルさんもらってくれますか?」
なんてことを冗談交じりにいってみました。
すると、ライルさんも冗談めかした口調で「考えておく」といってくれました。
「約束ですよ」
「リリーなら相手なんていくらでもいるだろ。その約束は守れないだろうなぁ」
ライルさんが軽い調子で手を振り去っていき、仕事を再開させると不思議と心が軽くなっていました。




