28. 今日は、ありがとうね
解体作業の仕事を終えて、ギルド倉庫を出ると夕方近くとなっていた。
「ハァ、疲れた。でもこれで宿代はかせげたわね」
オルニスは達成感に満ちた表情で、大事そうに稼いだお金を懐にしまった。
そこにはいつものように必死に背伸びしている姿はなく、ただの年相応の少女の姿があった。
「時間もちょうどいいし、飯でも食いにいかないか?」
「いいわよ。行き先はあんたにまかせるわ」
着いた先は最近できたという店だった。
店長はとある東の国出身らしく、変わった料理を出すと他の冒険者仲間から聞いていた。
客の入りはいいようで、空いていたカウンター席にオルニスと隣り合って座る。
この店で一番うれているというメニューを頼んだところ、運ばれてきたのは大きな丼だった。
「なによこれ?」
「さあ? オレもはじめてみる」
丼の中は白濁したスープで満たされて、小麦粉を練って細く刻んだ糸のようなものが沈んでいた。
店員に聞いたところ、麺というものらしい。こちらだと、団子状にしたものや板状にしたものはあったが、始めてみるものだった。
どうやって食べたものかと思いながら、ひとまずフォークをにぎって、一番上に盛られている野菜から口に運んだ。
胡椒をきかせた味が最初に舌を刺激し、次にスープの独特な濃厚な味が野菜のしゃきしゃきした触感とともに楽しませてくれた。
次に、糸のような物体をフォークに巻きつけて口に運ぶとつるつるとした触感がまたおもしろい。
「ほう、これはうまいな」
オルニスはというと、一心不乱に野菜と麺をからめながら口に運んでいる。そのまま、スープまで全部のみほしてしまった。
「ぷはぁっ!」
一気飲みして丼から口を離した彼女のひたいは汗が伝い、白い肌に朱がさしていた。
襟元をあけて手を団扇がわりにぱたぱたと仰ぎ、ほっそりとした首筋と、鎖骨が露わになる。
「ほれ、水だ」
「ありがと。ん? これ、よく冷えてるわね」
店員から水をもらってオルニスに渡す前に、凍らせない程度に温度を下げておいた。
「ああ、冷やしておいた。そのほうがうまいだろ」
自分の分もぐびぐびと一気に水を飲みほすと、料理を食べてほてった体に冷たい水が気持ちよかった。
「あんたさぁ、なんでそんなことまでできるの? あの付与魔術といい、変よ」
「変とは失礼なヤツだな。魔術師ならだれでもやることだろ、これぐらい」
「普通は、氷結魔術でつくった氷をカップの中に落として冷やすもんよ。カップの中の水だけを冷やそうとすれば、中身全部が凍るもんなの」
「そうなのか? オレの魔術は独学だからな。できるからやってみたって感じだ」
呆れ顔のオルニスにため息をつかれる。
「混んできたし、そろそろでようか」
「わかったわ。えっと、一杯いくらだったかしら」
「おまえの分の勘定はすませておいてやる。今日はがんばったからな、ご褒美だ」
「いいの? ごちそうさま」
驚きながらも素直に礼をいってくるの姿は、かわいいと思えた。
店をでると、夕暮れ時の冷たく湿った風が頬をなで、まだ熱の残る体を冷やしていく。
「オルニス、泊まってる宿はどこだ? セレナと一緒か?」
「ちがうわよ、あっち」
あれだけセレナに懐いているというのに、意外に思いつつも隣を歩く。自称ライバルとしては、馴れ合うわけにはいかないのかもしれない。
「え? なに、なんでついてくるの? やだ、恐い」
「オレの家もこっちってのは、おまえも知ってるだろうが。人をストーカーあつかいするんじゃねえ」
「そういえば、家族は? 今朝は騒いで起こしちゃったかしら」
「一人暮らしだし、独り身だよ」
「そっかー、独身かぁ」
オルニスに悪気はないのだろうが、しみじみとつぶやかれると遅効性の毒のように心にじんわりと効いていくるものがあった。
「恋人とかは、つくらないの? あっ、でも、セレナはだめだからね」
「ばかたれ。セレナとは、パーティーメンバーとしてやっていくつもりだよ」
オルニスまでジョニーみたいなことを言ってきたため、思わず同じ言葉を返してしまった。
「ん? あれ? ライルはセレナとの結婚を申し込むために、ノースガンドに向かうつもりだって……」
「あー、あれな、あれはなぁ」
「…………」
じーっとオルニスが疑わしげなまなざしを向けてきているので、ごまかすための言葉をなんとかさがそうとする。
「……まあ、最初からわかってたしー。セレナがあんたなんかを選ぶとかありえないしー。あははー」
芝居がかった口調でオルニスが笑い声を立てる。
さてはこいつ、自分がだまされてたってことが悔しかったのだろう。
「また今度あの店でおごりなさい。寛大なわたしはそれで許してあげるわ!」
「あー、はいはい、わかったわかった」
どうやらあの店のおかげで、またノースガンドにセレナを連れて帰ると騒ぎ出さずに済んだようである。
日が没したころ、オルニスが泊まる宿へと到着した。
「そういえば、オルニス。なんで、最初にセレナのところじゃなくて、オレのところにきたんだ」
「……う、それは……ライバルにお金を借りるわけにはいかないでしょ!」
「ああ、なるほどね」
「それじゃあ、今日は、その……、あ、ありがとうね」
「ああ、今度は財布を落とすなよ」
宿から漏れ出す明りで逆光になったオルニスの表情はよくみえず、軽く手をふって別れた。




