12. 本当はわかってたんじゃないのか?
警備の仕事が終わりあくびをかみ殺しながら宿にもどると、出迎えたのはセレナの寝顔だった。
長いまつげに縁取られた目は閉じられ、半開きになった桜色の唇が浅い息を吐き出している。寝るために薄着をしているせいか、呼吸のたびに上下する胸の隆起が見えてしまう。
「寝るぞ、よし、すぐ寝よう」
雑念を振り払うように首を振る。セレナから無理矢理視線をはがし、眠気にまかせ自分のベッドにもぐるとすぐに深い眠りへと落ちることができた。
もしも、徹夜せずに普通に就寝したとき、はたして眠ることができたのだろうか。まあいいか、こんなことがそう度々あるわけないだろう。
起きたのは昼過ぎだった。
夜明け近くまで起きていたせいでぼんやりする頭で、となりのベッドを見るが既に空であった。
昨日のことを思い出し深くため息を吐きながら立ち上がろうとしたところで扉が開く。
「起きたか。昨日は帰りが遅かったみたいだが、どうしたんだ?」
「ああ、ちょっと、仕事でな。このあとプラコッテ商会にいってくるよ」
「それなら、ほら、これでも食べて腹ごしらえをしていくといい」
セレナが差し出した紙袋の中には、肉と野菜を挟んだサンドイッチが入っていた。香辛料のきいたにおいに、空腹が刺激される。
「いいのか? おまえさんが食べようとしてたものだろ」
「いや、そろそろライルが起きる頃だと思って買ってきたんだ。そら、お茶もあるぞ」
「そうか、それじゃあ遠慮なくもらうぞ」
うれしいことではあるが、こうして世話を焼かれることがないため、どうにも居心地の悪さを感じてしまう。
セレナと共に、プラコッテ商会に出向くと、スヴェンが出迎えに現れた。
「どうもどうも、昨日はありがとうございました」
「仕事だからな。それよりも、おまえは家に帰って休んだのか?」
スヴェンは昨日と同じ服を着たままで、目の下にはクマができ、虚ろな目をしている。
昨夜もスヴェンをすぐに連れて行けたのは、商館にひとりスヴェンが残って書類作業をしていた場面に遭遇したからであった。
「問題ありませんよ。この後、取引先との打ち合わせと、商工ギルドでの素材流通についての会議、ああ、それに今月の売り上げの帳簿付けがあるだけですから」
ケタケタと若干タガのはずれかけた笑い声をあげる様子に気圧される。
狂戦士と呼ばれたとある冒険者もこんな感じの乾いた笑い声をあげていたのを思い出してしまった。
「彼は大丈夫なのか?」
「オレたち冒険者は魔物と戦うが、商人は仕事の案件と戦っているのだろう。……そっとしといてやれ」
にごった瞳のまま先を歩くスヴェンに少しだけ距離をとりながらついていき、倉庫のなかへと入った。
空間魔術を起動し、亜空間にしまっていたロックレプタイルの素材を取り出していく。
「これで全部だ。合っているか?」
「はい、確かに。サリューシャが倉庫を荒らすこともないでしょうし、これで警備の仕事は完了です。おつかれさまでした」
スヴェンから報酬を受け取り、ふと気になったことを聞いてみることにした。
「なあ、サリューシャが犯人だって、本当はわかってたんじゃないのか?」
スヴェンが昼夜問わずほとんど商館につめているのに、盗人が来るのだろうか? 彼という人間がいることが警備員の代わりになっていたのだから。
もしかしたら、スヴェンは初めから内部の人間が犯人だと分かっていたのかもしれないという疑念がわいていた。
「はて、私にはわかりかねますね。ただ、今回のことでサリューシャはより一層仕事に励んでくれるようになったのは、不幸中の幸いでした。彼がいなくなると業務に支障がきたします」
スヴェンははっきりと答えることはせずに、表情を動かさずに口元だけを微笑みの形にしていた。
最初のギルドでの騒ぎのときから演技だったのだろうと思うと、怒りよりもその徹底さに感心してしまう。
「なるほど、上手いもんだな」
「いえいえ、とんでもありません。今後ともごひいきに」
お互いに笑みを浮かべ握手を交わすと、プラコッテ商会を後にしたのであった。




