王都は危険っ!……それは黒い
私にしてはいつもより長め(文字数多め)です。
イリアと南の次男坊は若葉芽吹く森の中を歩いている。ジャケットのポケットから出された手ではあるが、今もそのまま繋がれている。それでも歩く速さをイリアに合わせてくれているようで先程のように小走りになる必要は無い。
二人は兄が諦めて帰宅したのを確認すると獣道から山道へと戻って来た。
あの新年の日、兄と見下ろした王都を、今何故か南の次男坊と眺めている。
刻一刻と建ち並ぶ家の壁が近付いてきて、イリアは繋がれた手を離そうと足掻いた。
「駄々を捏ねると奢ってやらねーぞ?」
イリアは片眉を歪ませて目の前の長身の男を見上げる。
「何言ってますのっ!?貴方が悪かった、奢らせてくださいって言ったんでしょう!走らせたお詫びに!」
少し前の自分で言った言葉を忘れたのか、とイリアは憤る。
「ああ、そうだ。俺の脚が長くて悪かったな。」
イリアは唇の端を上げて小さく笑う男を睨みつけた。
高身長自慢か!!イリアが男なら殴っている場面だ。
「当たり前でしょう!?わたくしと貴方、どれだけ身長差があると思ってますの!?――ええいっ!寄るなっ!!測るなっ!!!」
勢いに任して最後の方は口調が崩れてしまった……淑女らしく無かったと項垂れるイリア。まあ、今の流れでなんとか手が離れたのだから、良しとしよう。
南の次男坊が奢ると連れて来たのは、王都の中心から少し離れた通りの少し寂れた店だった。カフェというよりは、昼もランチやってますよ、な感じの居酒屋だ。
「タルトに行列が出来る程の人気店らしい」と言うだけあって、女のお客さんの方が多い。でも、食べてる人食べてる人、タルトばかりなんだが……他の料理は人気がないのだろうか。
「人気のタルト二つ、紅茶砂糖無し一つ。お前は?」
「わたくしも紅茶で……(銘柄は無い、のか)、そのタルトは甘いのですか?」
紅茶は一種類の茶葉しか用意が無いらしくイリアは一瞬気落ちしたが、タルトの糖度を確認する。
「はぁい、うちのタルトオフレーズはすっーーごく、甘いですよぉ」
店員の女は間延びする声で答えた。にへらぁと効果音のするような笑顔だ。イリアより年上だが子供っぽい……なんだか、若干……。
「では、わたくしも砂糖無しで」
イリアはそれ以上考えないようにと、ささっと注文を終え空いている席へ着いた。向かいに南の次男坊が座る。
「空いてて良かったな」
「そうですわね。……いつもは混んでますの?」
「いや?知らねえ。昼は来た事ない」
「行列の出来る人気店ですわよね?」
もしかして、人気店だというのは嘘なのか?と疑うようなイリアの視線に南の次男坊は肩を竦めた。
「人から聞いただけだからな。昼前だからまだ空いてたんだろ。そいつも三時前に買いに行ってたし」
三時は日本と同じ、おやつの時間だ。 確かに甘いタルトでは昼食になり得ないか……では、そんな時間にタルトを食そうとしているイリア達二人は一体何なんだ?と問いたい。
「夜は来た事ありますのね?タルト以外に何がお薦めですの?」
ちょっと早いが昼食も食べてしまおうと、イリアは訊ねた。因みにメニュー表は無い。
「奢らせる気だな」
「いえ、自分で出しますわ。わたくしはそこまで烏滸がましくはありませんもの」
「奢ってやる。お薦めで良いんだな」
上から目線の奢りは遠慮したい。断る前に南の次男坊は注文をしに受付まで行ってしまった。先払い式なので、イリアは後で返すことにした。
南の次男坊は両手にカップを載せて戻って来た。おい、店員……。
あの女の店員一人では手が回らないようで、忙しなく動き回っている。
「はぁ~いお待たせしましたあタルト二つぅ」
大きなトレイの上には皿皿皿、カップカップカップ。店員はぞんざいにテーブルの上にタルトを置いてさっさと行ってしまう。
イリアは目の前に置かれた黒いタルトを凝視してしまう。確かににチョコレートのタルトも売っていたが、二人が注文したのは普通の苺のタルトだった筈だ。
いやいやいや……これ、チョコレートじゃなくて『焦げ』では?
それとも、コレがこの店人気のタルトなのだろうか。
斬新だな、と思いながら顔を上げればこちらも困惑顔。
「きゃあぁ!すみませーん、コレ失敗した方、交換しますねぇ」
あの女の店員が綺麗にこんがり焼けているタルトを手に慌てて戻って来た。
(――ですよね?)とイリアはほっと一息吐く。
「ほんとぉすみませーん!私うっかり者でぇ、てへっ」
タルトを交換して裏へと戻って行くその女の背を、つい追ってしまう。
「今……てへっ、て言った、か?」
「言い……ましたわね」
先程感じたモノの正体が分かった。
イリアと南の次男坊の目がぶつかる。その瞳はどちらも同じ炎を宿している。
「やってくるな」
「ええ、やっちゃってください」
イリアも南の次男坊も互いに酷薄な笑みを浮かべて頷き合った。
一人になったイリアは焼きたてのタルトを頬張った。
店員はアレだが、タルトは美味しい。苺が甘い・・・酸味が強い。
南の次男坊は文句を言いに行ったまま未だ帰って来ない。
冷めてしまうであろう彼のタルトはイリアのお腹に収めてしまおうか。後でまた注文すれば良い。
イリアは伸ばしかけた手を引っ込めた。
知る声に名前を呼ばれたからである。
「イリアさまっ!!」
南の次男坊では無い。。王子の側近に、である。
黒いのは南の次男坊の黒い髪。
そして黒焦げのパイ!
パイをタルトに変更しました。パイは英語でタルトがフランス語なのですって・・・別のお菓子だと思ってました。ついでに苺のタルトにしました2016.9.8




