兄と妹と招かれざる客5
兄が母の後を追い、わたくしも仕方なく応接間を出た。
窓から日の射す廊下で宰相子息が此方を見ていた。わたくしを待って居たというよりは、立ち竦んでいた。何故ならば、彼の土色の瞳は大きく見開かれて驚きに満ちていたからだ。
面白い物を見れたという喜びよりも、変な物を見てしまった……という戸惑いの方が大きく、自らを叱咤しながら落ち着くよう努めた。
「ど、どうなさいましたの」
吃ってしまった上に棒読みだったが、宰相子息は気付かなかったようだ。
というよりは、わたくしの言葉より気になる物があったようだ。
「え、いや……あいつの、あんな笑顔初めて見たから……」
宰相子息は(今見たのは幻だろうかと)首を傾げながら、心此処に在らずといった感で答えた。
兄の笑顔は、わたくしにとってはいつも通りの優し気な微笑みであったが、彼にとってはお初!という事実にわたくしは喜びを隠せず、笑ってしまった。
「ほらね、わたくしの方が信用されているでしょう?」
「……」
「何ですの?」
宰相子息が相変らず間の抜けた顔で突っ立っているから、わたくしは思わず反応を伺ってしまう。
直ぐに嫌味を返して来ないなんて気味が悪い。
紅茶やクッキーに何か不味い物でも入っていたのかしら?
「一一いや、うん」
何とも曖昧な返事……。大きな手の平で口を覆い、目はキョロキョロと落ち着きが無い。
具合を悪くさせてしまったのだろうか、わたくしのせいでは無いが北の侯爵家のせいなら問題だ。
「お腹でも痛いんですの?」
わたくしは宰相子息の腕を取った。彼が口を覆っていた方の腕だ。気持ち悪くて口を押さえているのかもしれないと思って。
「えっ!?」
喫驚して傾いた彼に腕を引っ張られた為に、わたくしの足はー、二歩彼の方へと近付いた。顔色を窺う為に見上げていたわたくしと、見下ろしていた宰相子息。
「え……」
「えっ」
近い。
近い。
めちゃくちゃ至近距離なんですけど……。
ヤバイ。
ヤバイヤバイヤバイ!
お兄さまに近付くなって言われていたのにっ!
「も、申し訳ございませんわ」
慌てて腕を離す。
慌てて顔を背ける。
慌てて後ずさる。
「妹ちゃん」
宰相子息の声にいつもの揶揄う様な響きに何故か安堵し、同時にわたくしの腕が捕らわれて背筋が震えた。
見なきゃ良いのに、思わず宰相子息を見上げてしまう。
彼は笑っていた。
先程、兄に向けていた笑みだ。
一一いじめっ子の笑みだ。
「……真っ赤、ですねぇ」
兄と妹の笑顔に呆ける招かれざる客
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