兄と妹と招かれざる客6
いつもよりは、少しだけ長くなりました。
クスクスと愉快そうに笑いながら「真っ赤ですねぇ」と宰相子息は言った。
…… 戻ってしまった。
具合が悪そうに見えたが、そうでなくて良かった。我が家のせいでなくて良かった。
具合が悪そうなのは可哀想であったが、元に戻った宰相子息は可哀想でも何でもない。
ただ単に『嫌な奴』なだけだ。
言葉使いが丁寧だとバカにされているように感じる。
「誰が真っ赤よ……」
なんて、反論してみたものの……自分でも赤くなっているのが分かっていたので、何とも勢いの無い台詞になってしまった。とりあえず顔を反らして捕まれた腕を離そうと試みる。
でも、宰相補佐――文官といえど、さすが兼業騎士。力では敵わない。
引いてみたり押してみたり捻ってみたりしながら「離して」なんて言ってみたりする。
「妹ちゃん」
宰相子息が言って、わたくしの腕を離した。「はい、あーん」という言葉に釣られて、わたくしは思わず顔を上げてしまった。ぽけっと開いた口に何かが放り投げられた。
「ん、むぐ……(何?虫!?)もぐもぐ」
こ、これは!
チョッ!
チョコレート!!
先日買い食いしたのより美味しいっ!!!
むぅ~!
蕩けるぅ~!!
「氷の帝国から手に入れた高級ショコラですよ」
こ、高級っ!
こ、氷の帝国!!
ショコラぁ~!!!
って、意味同じじゃんっ!!!!
「美味しいですか?美味しいですよねぇ?」
もう、わたくしは頷くしかない。
首がちょっと痛くなったけど、勢い良く二、三回縦に振った。
「まだありますよ」
ええぇぇーーーーー!!?
キラキラした目で!
期待に満ちた目で!
わたくしは宰相子息を見つめた。
あ。
先程も思ったけど。
やっぱり美形だな。
鼻梁はすらっとして土色の瞳は鋭く、艶麗な顔立ちの白い肌に群青色の前髪がさらさらと揺れている。
本当に、美形なんだな……黙っていれば。
マッチョでなければ……ずっと見ていたくなるような美しさだ。
ぽけーっと見つめていれば、口の中に甘味が拡がる。
再びのチョコレート!
「甘~い」
「餌付け完了ですねぇ」
「どっ動物じゃありませんわよっ!」
「じゃあ、残りは必要無いですねぇ」
「え?」
まだあるんですか!?
どっ、どうしよう……。
食べたい!が、しかし!!
かといって、宰相子息に頭を垂れるのは……わたくしのプライドが。今までの流れ的にも『負けちゃう』気がする。
ああ!
でもっ!
チョコレート~!!
「し、仕方ないですわねっ!餌付けされてあげてもよろしくってよ!!」
うう。
これってツンデレ?
自分て言ってて恥ずかしい~。
宰相子息がクスクス笑うから余計に恥ずかしい!
「じゃあ、どうぞ」
チョコレートが一粒、わたくしの目の前に浮かんでいる。
宰相子息の長い指先に摘まれたチョコレートは、わたくしの唇に触れるか触れないかの位置で留まっている。
えと。
これは?
も、もしや!
わたくしの口が開くのを待っているの!?
な、な、な、何てことっ!!
ぽけーっとしてたから気付かなかった!!
わたくしはチョコレートを宰相子息手ずから食べていたのかっ!!!
ま、正に餌付けてはないか。
うう。
恥ずかしい~。
わたくしが悩んている間に宰相子息の体温によって溶け始めたチョコレートは、そのまま彼の胃の中に収まった。……収まってしまった。
ああ……。
チョコレートがぁ。
うう。
恨みがましい目で宰相子息を見てしまう。
宰相子息は苦笑した。
「残り全て差し上げますよ」
「ええっ!?」
一瞬わたくしの顔は喜びに満ちた。直後、疑心に染まる。
罠ではないか?と思ったのだ。
何故、宰相子息が親切にもプレゼントをしてくれるのか分からなかったから。
彼の顔色を窺ってみるも読めない。
罠なのか……罠だとしても、チョコレートを選ぶべきか。
いや、もう答えは決まっている。
「あ、ありがとう……ございます?」
受け取った小さな箱からは甘い香りが漂って来る。
わたくしはその箱を見つめるという行為を選ぶことによって、宰相子息を見なくても良いという状況を作った。気恥ずかしいのと情けないのを隠したくて。
「ごめんなさい。……少し言い過ぎましたわ。その、兄と『友人成り立て』なら認めて上げても良いですわよ?」
沈黙……怖くて、宰相子息を見上げることが出来ない。
上から目線の物言いに怒っているのかしら……今更だけど。
ややあって。
クスクスと笑い声が落ちて来る。
でも嫌味な笑い声じゃ無い。
優しくて暖かい感じ。
「では、また遊びに来てもよろしいんですねぇ?」
「それはまた別の話ですっ!」
いやいやいや。
全く油断も隙もない。
「もう『二度と』『来るな』ですわっ!!」
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