|南の次男坊《正騎士》とイリア1
正騎士視点の過去話です。
王子の章は俺が俺がでしたが、正騎士はあまり喋らせたくないので、ちょっと客観的にしてみました。上手く書けているといいのてすが。
晴れ渡り雲一つない青空の下、山の頂に程近い広場で騎士達は訓練に励んでいた。
木々は生い繁り夏の盛りを派手やかに演出する。虫達の競い奏でる音が、より夏の喧騒を盛り上げてくれる。
しかし降り注ぐ日射しは容赦なく男達のやる気と声を奪っていき、時折「暑いっ」「暑ぃ~」「死ぬ~」などの呻き声を上げさせる。
やれやれ。
これぐらいの暑さが何だってんだ。
俺の街は王都より暑いってのに。
少年は瞳を覆う程の長さの黒い前髪を無造作に掻き上げた。赤く鋭い瞳が覗く。
年の頃は十五。
この山の上の国で一番標高の低い場所にある南の街を治める、南の侯爵の次男坊だ。
南北に伸びる通りは大通りと呼ばれており、それぞれの街は東西の町より大きく発展している。
南の街から外へ伸びる道は『氷の帝国』へと続いており、北の街からの道も隣の大国『北の帝国』へと続く。東の町は厳しい崖道の先に『海の国』しかなく、西の街も高く険しい山々を越えた遥か遠く『草原の国』などがある。その為東西の街は人の出入りも少なく、同じ侯(公)爵家といえども東西の町と南北の街ではその規模に随分と差があった。
南の次男坊もさすがに暑くなり上衣を脱いだ。鍛え挙げられた筋肉が風に晒される。
頭の天辺から水を浴び、その心地良い冷たさに浸っていれば、周りの男供が俄に騒ぎ出した。訓練所の北の方、少し小高い丘の木の下に女の子がいる、と。それもどうやら美少女のようだ、と。
俄然やる気を出したのは、南の次男坊とそう大して変わらない年頃の少年達で、年をいった男達は微笑ましそうにそれを眺めている。
風に揺れた少女の髪が、一瞬日の光を反射して輝き、その色が記憶の中の色と合致する。
あの丘の向こうは北の街に続いてたな。
供も付けてないけど、あの髪の色……あいつだろうな。
とりあえず、用もないので訓練を続けることにした。
南の次男坊は微動だにせず突っ立っている少女に、暑いからもっと日影に入れ、だのとっとと座れ、などと心の中で悪態を付く。
程なくして少女は座り込んだ。
ほら見たことか、この暑さのせいだ、とぶつくさ思いながら南の次男坊は、水を足すべく空になった器を手にした。しかし、その目の端に王子が丘を登って行くのが映る。
「ちっ」
たくっ。
あの女たらっしは。
女だったら子供でもいいのかよ。
南の次男坊は無茶苦茶に素振りをして、先を越されたイライラを治めようとした。
しばらくして、 王子は青白い顔をして戻って来た。否、戻っては来なかった。そのまま王城へ行ってしまった。少女に何か言われたのだと察せられる。
「けっ」
少女の調子を見に行って自分がフラフラになってちゃ世話ねえな。
将来、己が仕える相手だというのに南の次男坊はお構い無しに罵る。
我先に少女の元へ行こうとする少年達だったが、赤い瞳に睨まれて訓練に勤しむこととなった。
油断も隙もねえなと思いながら丘を登って行くと、直ぐに少女の顔色が伺い知れた。
暑いのだろう、赤く色付いている。そして、ウンザリという表情で南の次男坊の一瞥した。
やはり、遠くからでもよく分かる銀髪の主は、北の侯爵の一人娘――イリアだった。
「おい、大丈夫なのかよ。北の」
「大丈夫ですわよ。南の」
二人は面識があった。互いに大きな街を、領民を有する侯爵家の子供としての面識があった。といっても、年に一、ニ回しか会う機会はなく、一番最近会ったのも半年前の冬の頃だ。
だから南の次男坊は少し驚いてしまった。
たった半年でこうまで変わるモノなのか、と。
きりり、とした濃い紫の瞳は冷然とした光を宿していて、固く結ばれた鴇色の唇は媚びない強さを滲ませている。相変わらず子供っぽいツインテール(以前、イリアが自らそう呼び自慢していた)ではあるものの、陽光のおかげできらきら輝きくるくる揺れる様は、見ていて飽きない。そして、半年前は厚手の生地や長袖、ブーツに覆われていたせいで気付かなかった、美しい肢体に目が留まる。
滑らかな鎖骨、そこから覗く膨らみかけた胸。白いドレスから伸びる、これまた白い手足はすらりとしてかつ柔らかそう。
子供でも、女は女ってことか。
・・・黙っていれば。
「何なんですのっ!貴方達はっ!!」
「ちっ」
舌打ちが出たのは、貴方達というのが自分と王子を指しているのが分かったからだ。
「何かされたのか?」
「はぁ?!何もされませんわよっ!ただ黙ってわたくしを見てるだけ。勿論、貴方もよっ!!ただでさえ暑いのに暑苦しいったらありゃしないわっ!!!」
暑過ぎて頭がイカれたのか、いつもより容赦ない文句だな、と南の次男坊は暢気に思った。
見ての通り二人の仲はよろしくない。
北の令嬢は(前世の影響もあってか)口調はきついし瞳もきつい。
対する南の次男坊も目付きが悪く、言葉少なめだが口を開くと険のある声音のため、怒ってなくても怒っていると思われてしまう。
自然、二人の会話は喧嘩腰になる。
南の次男坊は、それが心地良いと感じていた。
正騎士さんはまだ十五歳てで見習いなので、『南の次男坊』と 表記しルビを『正騎士』にしました。分かりにくかったら申し訳ありません。
読んでくださってありがとうございます!!励みになります!!!
町を街に、宮を城へ訂正しました。砂漠の国を北の帝国に訂正しました。2016.2.22